280 所詮目眩まし
「おや?なぜ3人で出てきたのですか?」
一番突き当りの扉を開けると、そこには神父様と酒吞と茨木が待っていた。
「何故って、途中でファル様がうずくまっていたから引っ張って行っていたら、後から凄い殺気が飛んできたからルディを回収してきただけ」
私は端的に状況説明をした。すると神父様は驚いたように目を見開いて私を見てきた。
「アンジュは、ダンジョンに過去を見せられなかったのですか?」
「見たよ。でも話をしていると動揺してどっか行っちゃった」
私の言葉に反応したのは神父様ではなく、私を抱えたままのルディだった。
「誰と話していたんだ?」
……これは言っても大丈夫なのかな?大丈夫なはず。この世界にも私の妹って……いないな。兄弟っていう感じで濁そう。
「私の兄弟」
「夢で泣かされたという兄弟か?」
「ん?泣かされてはないよ。雪が降る日に私が人さらいに攫われないように、家の中に軟禁されていたことが気に入らなくて、外に放り出されて水を掛けられただけだからね」
あの時泣いていたのは、子供であった私自身に対して、もどかしいという悔し涙だ。
「それは三歳のアンジュにか?」
「正確には二歳半だね」
すると、隣から不穏な気配を感じ始めた。これはいけない。話を続けよう。
「でもさぁ。私の兄弟にしては不可解なところがあったから、ちょっと色々話してみたんだよ」
「動揺していたとアンジュは言っていましたね。何を話していたのですか?」
聞かれた神父様の方に視線を向けて答える。
「聖女という者の役割。真実は私が知っていることと全く違ったんだけど、知っていたの?」
時々神父様が月の聖女のことに対して、意味深なつぶやきを言っていたことがある。だから、神父様は知っていたのだろう。月の聖女の役目を。
「どういう事をですかね?」
人の良さそうな顔をして平気で人を騙そうとする神父様。
「聖女とは重しだって言われたね。それも聖女とは一人だけだって。いつから月の聖女と太陽の聖女って言われるようになったのかなぁ?」
「え?」
「それはどういうことだ?アンジュ」
ファルとルディは知らなかったようだ。しかし、神父様の表情に変化はない。
「少し休憩をしましょうか。シュテンとイバラキに準備をしてもらっていたので、何か食べましょうか」
これは話が長くなるから、休憩をしながら話そうということか。
いや、神父様は扉の前にいたけれど、酒吞と茨木はその奥で何か作業をしていたので休憩はするつもりだったのだろう。まぁ、ファルもルディも精神的疲れていそうだし、私も妹もどきに晩御飯がシチューだと聞かされたので、小腹がすいてきた。
酒吞と茨木のところに行くと、明かり取りの大きめのランプを中心に、腰掛ける用の椅子が置かれ、魔道式コンロでお湯が沸かされていた。
あれ?酒吞が抱えていた荷物は大きかったけれど、椅子まで入れる余裕があると思わなかった。だって、5日分の食料だけでも相当な量になると思ったからだ。
「酒吞と茨木は何も問題はなかったの?」
何故か私の分の椅子も用意してあるというのに、ルディの膝の上に座らされ、茨木からコップを受け取る。中には温かいお茶が入っていた。
「ええ、あんな目眩まし、引っかかることはないですね」
「雑魚妖怪なみにお粗末だったな」
鬼である彼らにとって、ダンジョンが見せたものは、引っかかる方が馬鹿だと言うような、拙いものだったようだ。
その言葉に、お茶を飲もうとしていたファルがムセている。思いっきり引っかかっていたからね。
「どの辺りが目眩ましと感じたんだ」
茨木からコッブを受け取っているルディが質問する。まぁ、ルディも相当やばい状態だったからね。
「ふふふっ。滑稽だったからですね。あの頼光が……ふふふっ……すみません。ちょっとおかしくて……思い出しただけで……」
茨木は違和感に満ちた幻影が、ツボにはまったらしく、話すこともままならないほど、クツクツと笑い出した。
「俺の配下に腰抜けは居ないっていうのに、逃げようって言い出したヤローが居たからな、クソだと思ったな」
まぁ、二人共何かしらの違和感を感じたということだね。
「では、アンジュはその兄弟に、何を違和感として感じたのですか?」
おお!今度は私にふられてしまった。
「え?まぁ、犬猿の仲と言って良いマロと仲良くしていたからだね」
「アンジュ。マロとは兄弟のことだったのか?」
「え?犬」
「いぬ?」
私の頭上から疑問が投げかけられた。犬って居るよね。私見たことないけど。……あれ?もしかして、青龍をペットにするぐらいなのだから、居ないかもしれない




