277 父親殺し
これはどうすればいいのだろう?
私は暗闇の中立ち止まって問題のブツに視線を向ける。
いや、先に入ったはずのファルがいる。そのファルが頭を抱えて暗闇の中うずくまっているのだ。
……光源の手持ちランプの魔道具はどこに置いていったんだ?お陰で暗闇の中ブツブツと言っている怖い人扱いしそうになったじゃないか。
ファルだとわかって声をかけたものの私の声が聞こえていないのか、ずっとごめんなさいと誰かに謝っている。
殴って正気に戻せばいいのだろうけど、身体強化が使えない私が殴れば、私が痛いだけで済まされそうで嫌だ。
「ファル樣?ファル様?」
全然私の声に反応しない。これがダンジョンの……いや、妹もどきに化けていた存在の仕業か。
これで一定時間をすぎると入口に戻されるってことかな?
仕方がないから重力の聖痕をつかうか。何やら、力が強まるっていうからまずは私で試す。
ほんの少し身体を浮かす程度。
「『重力軽減』ふわっ!」
思わずバランスを崩して前のめりになって顔面を地面に打ちそうになった。いつもなら地面スレスレに浮くはずが、膝の高さまで浮き上がったのだ。両手を前に出さなければ、顔面強打していたことだろう。
まぁ、だいたいわかった。ファルの首元を後から掴んで、重力の聖痕の力を使う。
「『重力軽減』」
ファルの身体が浮いたため、私はそのまま宙を滑るように移動する……とその時背後からとてつもない殺気が!
……この感じはルディか。
うん。魔術が使えない理由がわかったよ。暴れ出したら、このダンジョンもただでは済まないってことだ。
で、なんとなくわかったけど、聖痕の力はここでは不安定。波のように増減がある。正確には聖痕の力というべき世界の力が、この空間に満ちている。だけど、力を使おうとすれば、抜けていくというおかしな減少が起きている。
だから、最初は強烈に力を発揮するも、その力は徐々に弱くなり、弱くなったところで、また世界の力を取り込むそんな感じがする。
だから、私の身体は微妙に上下に動いている。しかし、ファルを置いていくわけにも行かず、ファルを浮かしながら運搬し、もと来た道を戻っていく。
戻る気はあるけど、私の本能がこれ以上進むのを拒んでいる。絶対にこの先には魔王様が降臨されていると思われる。
「うぁ?なんだ?」
私の背後からファルの声が聞こえた。きっとこの禍々しい力に当てたれて、ファルが何かしらのトラウマから解放されたのだろう。
「ファル様。正気に戻りました?」
私はファルを浮かせている聖痕の力を解いた。すると、よたりとしながらも、地面に落ち立ち、私に視線を向ける。
「あ?アンジュか?」
「ここは?」
「まだ、第一層内」
「は?第一層内でアンジュは囚われなかったのか?」
「あれね。話をしたら動揺して、どっか行っちゃった」
「いったい何をしたのか……で、これはシュレインだな」
ファルも禍々しい力をルディの力と認識した。やはり、この先にルディがいる。
「ファル様は何に囚われていたのですか?」
「……言いたくない」
「私、ここまでファル様を引っ張ってきたのに?ごめんなさいってずっと謝っているファル様をね」
「……はぁ。王家を弑逆しようとしていた父を殺したときのことを繰り返していただけだ」
ん?王家への反乱?
それって、白銀の王様が毒殺されたときの話だよね。死んでいないけど。
いや、ちょっと待ってよ。確かファルの父親の公爵って、普通ならばルディの父親だった王太子より、王位継承順位が上だったという話だったよね。
だけど、聖女だったファルの叔母と王太子が婚姻して、生まれた子供が白銀の王様だったから、子供にも関わらず王位につかせた。
これはもしかして、本当であれば、王位は自分の巡ってくるはずだったと、ファルの父親の公爵は考えていたということだろうか。
それで、白銀の王様を殺す算段をしていた父親をファルが殺したと。
「それでファル様は後悔しているわけ?」
「父は俺にとっては手本になるような人だった。まさか陛下を殺そうとしているなんて」
父親を殺してしまった罪に耐えられないというかんじか。確かに親を殺すことになったのは、辛いだろうね。
「私はファル様の選択肢は間違ってないと思うよ。だって、白銀の王様の家臣としての行動だったのなら、それは正しい」
ファルは私の言葉に何も返さずに、ただ私に視線を向けている。
「いつそれが起こったのか知らないけど、子供の時に王様になったのなら、普通なら公爵が後ろ盾にいなければならないよね」
聖女の兄として、甥の後ろ盾に公爵は付くべきだった。
「だけど、それを放棄して白銀の王様に成り代わろうとしているのなら、職務放棄と捉えていいんじゃない?ならば、何かしらの処罰はあるべき」
それが、死だったということ。
「その処罰に対しての責任を負うのは白銀の王様であって、ファル様じゃない。ファル様は白銀の王様の剣として忠義を尽くしただけだからね」
ファルの大好きな白銀の王様のことだからね。ファルは何も気に病む必要はない。いや、身内としては、心を痛めるべきだけど、白銀の王様に忠義を尽くすと決めたのであれば、ファルは王の剣として、振り下ろしただけにすぎない。




