271 赤い指輪は地雷だった
「なぜファル様が居るわけ?」
私は思わず聞いてしまった。
「アンジュ。それはどういう意味だ?」
不機嫌そうなファルの声が返ってきた。いや、だってさぁ。今日は王城の地下のダンジョンに入るから、朝の0600に聖騎士団の正門前に集合と神父様から言われたので、ルディに連行という名の手を繋がれて、正門前にたどり着いたところだ。
現在の時刻は午前5時30分。
いったいいつから正門前に居たのかという意味と、今回のダンジョン探索に参加するのかという意味を込めて聞いてしまったのだ。
まぁ、ルディのお目付け役だから一緒に行くのだろうとは思っていたけど、ファルは王様が言っていた条件には当てはまらないと思う。
「だってダンジョンに入るのには条件があるって聞いたから」
するとファルは右手を出して私に手の甲を見せつけた。白い手袋だね。私は面倒だからしないけど、聖騎士として仕事をするときには普通はしている。
聖痕が手に広がっている人は特に気を使っていると聞いたこともあるけどね。
「で、手袋がどうしたわけ?」
「あ……したままだった」
そう言ってファルは右手の白い手袋をはずした。赤い石の指輪が中指にはめられていたけど、似合っていない。よく見るとリングの方に赤い何かで描かれた複雑な紋様がある。
これは秘密通路の鍵と言いつつ、ダンジョンに入ることのできる通行手形。しかし……
「なぜ、赤色なわけ?ファル様に似合ってないけど」
すると慌ててファルが口元に手を持っていって人差し指を一本立てた。ん?黙っていろってこと?
意味がわからず首を傾げていると、ルディから手を引っ張られ、後ろを向くように促された。
そこには気配を感じなかったにも関わらず、にこやかな笑顔の神父様が立っていた。いや、そこにいるのは悪魔神父だ。
この笑顔に騙されてはならない。きっと腹の中では良くないことを、企んでいるとヒシヒシと感じる。
「赤色はシュレインの母親が王族に入った時に与えた色で、その指輪は前王太子妃殿下の物ですよ」
ふぉっ!もしかして私思いっきり神父様の地雷を踏んでしまった?
「ファルークスは彼女の甥に当たりますから、シュレインの側仕えに任命された時に下賜されたものです」
あ……うん。従兄弟だからね。王族から新たに指輪をおくることはないけど、王族の親族として前王妃……じゃなかった。王太子妃の指輪を下げ渡されたということか。
くっ!なんだか、神父様からの視線が痛い。
「そう言えば、私だけ聖剣に名前を贈られていないのは何故なのでしょうね」
やっぱり、言われてしまった。ルディの後にリザ姉とロゼの聖剣(?)に名前を付けた。これは後になると面倒になって私が付けなさそうだと、思ってさっさと付けたのだ。
リザ姉の槍は『颶風』と名付けた。四方八方から吹く風のことだ。いわゆる台風。リザ姉は補助の役割だから台風の目となって欲しいという願いを込めて付けた名だ。まぁ案の定、槍から凄い風が巻き起こったけどね。
ロゼの矢も弦もない弓には『驟雨』と名付けた。これは急に降り出す雨のこと。夕立だね。
弓って結局一矢ずつしか打てない武器だ。私はこれを効率が悪いと思ってしまうたちで、それが『一矢当千』に繋がったのだ。
だから、ロゼの弓もそうしてあげた。
リザ姉の槍と合わせれば、嵐だって作れるよって教えてあげたら、凶悪な聖剣になってしまったと、なぜかロゼから怒られてしまった。絶対にいいと思ったのだけどなぁ。
という感じで、神父様の聖剣にはまだ名前を付けていなかったりする。
「神父様。ファル様の聖剣もまだなので、神父様だけではありません」
そう、聖剣がかっこいいという理由だけで、私の聖騎士になることを决めたファルの聖剣にも、まだ名前は付けられていない。これは付けなくて良いとすら私は思っているけどね。
「ファルークスは個人的に聖騎士とは認めていません。せめてシスター・マリアから名付けてもらっていいという許可が得られるまでは、聖騎士として扱いません」
「ぐふっ!」
神父様の言葉を聞いてファルは心臓を押さえるようにして、俯いてしまった。叔母が二人いる内、一人は月の聖女で、もう一人は聖騎士というのは、凄い家系だと言える。だけど、ファルだしなぁ。笑い上戸だしなぁ。
「ということで、私以外の聖騎士に剣の名を与えているにも関わらず。育ての親と言っても過言ではない私の聖剣に名を付けないのはどういうことですかね」
育ての親?まぁ、言えなくもないけど、どちらかと言えば、その権利はシスター・マリアに譲渡して欲しい。育ての親が悪魔神父だなんて嫌過ぎる。
「そもそも、訓練を免除されているし、ルディが中々部屋から出してくれない状況で、神父様と顔を合わす機会があまりないからですね」
私は笑顔で言いきった。私が悪いわけではないと。




