269 聖剣の名
「だからね。最悪、聖騎士たちだけで、戦わないといけないだろうね」
私は初めからそのつもりだったから、貴族の手を借りようとは思っていなかったよ。
「貴族の馬鹿どもが減ると思ったのに残念だね」
違っていた!防波堤の末に貴族を間引くつもりだったらしい。王様の貴族嫌いは相当なものだ。
「あの報告書は、誰かに見られても良いようにしか、書かれていないよね。影のモノたちからの報告と齟齬があるから、私は彼女の言葉を聞きたいね」
誰が報告書を書いたのかわからないけど、真実ではない真実を作り出すために、書かれた報告書だったようだ。
「そうですね。問題を起こしていた異形は三体です」
「はぁ、もうそこから違うじゃないか。詳しく話して……」
そうして、私は白銀の王様にことの顛末を話したのだった。
「流石聖女ともなると、戦い方に興味がそそられるね。巨大な霊獣を押さえ込んでいた木の枝で、神殺しをするなんて」
いや、私は殺してはいない。木の枝を突き刺しはしたけど、龍神の女将さんはピンピンしていた。
「殺したのは、世界です」
「そう!その世界っていう存在!とうとう聖女の前に姿を顕すまでに至ったんだね」
黒い手だけね。それも獲物を逃さないために出てきただけだからね。
「それに聖剣。叔母上の剣を幼い頃に見せてもらったことがあるけど、叔母上の聖剣は変幻自在らしいから、流石聖剣という感じだったね」
シスター・マリアの聖剣が変幻自在?っていうことは、空間から取り出したショートソードもファルを押さえ込んでいたランスも同じものだったってこと?
「シュレインの聖剣は結局、何と名付けられたのかな?」
「……」
「……」
実はまだ名付けていない。何もまだ浮かんで来ないと言って言い逃れている。
だってさぁ。もう『魔王の残滓』だとか『悪魔の偽装』という名しか出てこない。
「そうか。まだなんだね」
白銀の王様。そうやって私にプレッシャーを与えないでほしい。
「アンドレイヤー家の者には名付けたんだよね。なんていう名だったかな?」
え?今ここで私が言わないといけない?微妙に私を抱えているルディの力が強まっていって、お腹がギリギリと絞められているのだけど。
「『暁の明星』」
「それってどういう意味?」
意味?意味なんてない。ただ単に第12部隊長さんの持っている色を表しただけ。
「夜明けの東の空に光る一等星っていう意味」
「夜明けの東の空にそんな星あったかな?」
ないよ。この世界には。
「しかし、いい言葉だね。世界に夜明けをもたらす星。そのとき名付けたときのように、他のも名付ければいいと思うよ」
その時名付けたときのようにって言われても、あれはシスター・マリアから、おかしなところはないかという質問に答えていただけで、名付けようとはしていなかった。
白銀の王様から言われて、私を抱えているルディを仰ぎ見る。
ルディとの付き合いは長いようで短い。
最初は可哀想な子だと思った。理不尽な理由で、皆から強く当たられていた可哀想な子。親が褒めてあげないのであれば、私が褒めてあげようと思った。それが駄目だったのだけど。
黒をまとうが故に、人から忌み嫌われてしまった可哀想なルディ。
闇の色は怖くも恐ろしくもない。何故なら空には月が地上を照らしているのだから。
「『十六夜』」
私は月の名を言った。
満月と比べれば月の出は遅く、その姿は欠けているものの、地上を照らす光は満月とは遜色ない。夜道を歩くには十分な明るさだ。そんな光がルディの行く先を照らせば、何かを恐れるように私を側に置いておくこともなくなるだろう。
そんな願いを思っていると『ドクン』と何かが鼓動している音が室内に響いた。
何の音?その鼓動の音が徐々に早まっていっている。
「おめでとう。シュレイン。君の剣はどんな能力を持っているか楽しみだね」
王様が拍手をしながら、祝の言葉を述べた。
剣?ルディの剣?
視線を斜め下に向けると、黒いモヤが怪しく出ている物体が見える。どうも、鼓動の音もその怪しい物体から出ているように聞こえる。
思わず距離を取ろうと立ち上がろうにも、ルディに捕獲されているため、ルディの膝の上から逃亡することができない。
いや、本当にこの怪しい黒いモヤは常闇並みの量が出ているよ。これは気を使わずに『魔王の残滓』という名で良かったのかもしれない。
「くくくっ。リュミエール神父に名をもらったことを告げておこう」
魔王様。神父様にそんなことを言ったりしたら、今度は悪魔神父の剣の名を与えなければならないから、黙っていて欲しい。
そして、いい加減に私を解放して欲しい。
その剣、絶対に聖剣じゃなくて魔剣だよね!
次回火曜日です




