268 よくも悪くも、全て解決されている
「面白いことがあったんだってね」
第一声にそう言ってきたのは、もちろん暇人の王様だ。あれから3日が経ち、毎朝日の出前から訓練の掛け声とウキョー鳥の鳴き声がコラボする朝を迎えている。
訓練の掛け声は、まだ遠くの方から聞こえるので、まだいい。しかし、真上から聞こえるウキョー鳥の声には耐え難いのだ。何か罠でも仕掛けておくべきかもしれない。
「何も面白いことはありませんよ」
私を膝の上に乗せたルディが答える。今日は神父様の姿はなく、侍従の姿もない。これは二人共訓練に参加しているからだ。……ちょっと違った。神父様は訓練の総監督として、高みの見物をしているらしい。これは、ロゼから教えてもらった。
そして、いつもドッペルゲンガーのように背後に控えている偽物の王様もおらず、今日はその代わりに隻眼の団長が背後に控えていた。
いつも思うけど、団長の立ち位置っておかしくない?
「今日は、第1部隊と第7部隊が苦戦していた異形の話を聞きにきたのに、面白いことがないってことはありえないよね!」
「報告書は上げているはずですよ。兄上」
やはり、王様は暇らしい。報告書を渡されたにも関わらず、聖騎士団に遊びに来ているのだ。
「じゃ、こちらから質問してもいいかな?」
「どうぞ」
王様は報告書の中で疑問を感じたところがあったらしい。
「第1部隊の駐屯地に着いた早々に、暴れたんだって?その理由はなにかな?」
ふぁっ!それは私への質問だ。私は私を抱えているルディを覗うように、首を上げて視線でどうするか問う。
「はぁ。アンジュ」
あの時私は怒りを顕にして文句を言ったけれど、そのことをルディから説明するより、私の口から言った方がいいと判断したらしい。
「騎士たちの在り方に、腹が立ったからですよ」
「詳しく話して」
「あの時は重い湿った雪が次々と降り続いている状態でした。ということは、雪の重みに家屋が倒れる可能性があったのです」
「え?そうなの?」
……ちょっと待って!もしかして、サラサラの雪しか降らないっていうことは、そこまで雪は積もらなかったりするの?
雪国に住んでいたわけじゃないから、詳しいことはわからない。だけど、テレビのニュースで何メートル積もったとか、雪かきが大変だと言っていたと、記憶している。
それに、キルクスは冬でも雪は降らなかったので、雪の大変さは知らない。
「あの……この辺りの雪って積もって、どれぐらいなのですか?キルクスでは、雪が降らなかったのでわからないのです」
「これぐらいかなぁ」
王様が指を広げた長さは親指と人差指の間だった。王都でもそこまで降ってはいなかった!
「山の方に行けば、もっと降るらしいけどね」
それは山に雪雲がぶつかって、雪を降らすのだろう。しかし、王都までは雪雲はそこまでやってこないと。うん。周りに水辺が多いからね。湿地帯だから大きな山の場所は限られて来る。
「そうですか。私は理不尽なことを怒っていなのですね。しかし、人々の生活を守るのも騎士団の役目だと思います」
聖騎士がすべきことかと問われれば、否という。なぜなら、一般の騎士が人々の安全を守るという役目を担っているからだ。
しかし、騎士団と聖騎士団の仲が悪く、聖騎士団が駐屯している地域には一般の騎士団が居ないことのほうが多い。だから、人々の生活を守るのは聖騎士団の役目だと言わざる得ない。
「うん。それもまた必要なことだね。それで、神相手にどうやって戦ったのかな?」
ん?この辺りって、普通は報告書に書かれていると思うのだけど?
「アンジュの作戦で「シュレイン」……」
王様の質問にルディが答えようとしたところで、王様が名前を呼んで止めた。
「僕は太陽の聖女の考えを聞きたい」
王様は強い口調で言い切った。これは完璧に聖女として扱われている?
「あと半年。あと半年続くんだよ。貴族共はそこまで重要視していない。なぜだか分かるか?シュレイン」
「被害がそこまで表面化されていないからです」
ん?表面化されていない?どういうこと?
「そう、よくも悪くも、全て解決されている」
王様はおかしな言葉を言った。『よくも悪くも』と。解決されているのであれば、なにも問題はないはず。
「これも全て太陽の聖女のお陰だね。でも、貴族共のケツに火をつけるのであれば、残しておいてもらっても良かったと思う」
ああ、これは私が全て解決してしまったから、貴族たちが動き出すきっかけが無くなってしまったと言っているんだね。
「貴族は少なからず、聖術が使えるから、土手の役割ぐらいしてもらいたかったのだけど、今は聖女のお披露目パーティーのことで頭が湧いているらしいね。今日はそのことで会議が開かれている。本当に馬鹿どもの集まりだね」
口調は優しいものの、言葉にトゲがある。王様が貴族を防波堤代わりに使うだとか、『ケツ』なんて言葉を言ってはいけないと思うよ。




