233 5本の矢が引き起こす天の災い
目の前が真っ白だった。そして、とても寒い。
ここは王都の北側にある第1部隊の駐屯地だ。駐屯地と言ってもほぼ雪に埋まってしまっている。それを見習い騎士たちだろうか、必死に雪かきをしているけれど、次々と雪が降り積もって、ほどんど意味をなしていない。
中核都市の中にある駐屯地だけれども、その街も真っ白で街が埋まらないように人々が雪かきをしている。
これは終わりなき戦いだよね。
王都は土砂降りの雨だったけれど、その雨と同じ水量の雪が降ってるとすれば殺人的な雪だろう。
空を見上げれば厚い雲に覆われており、昼間だというのに薄暗い。
「これは予想以上の状態ですね」
毛皮の厚手のコートをまとった神父様が辺りを見渡して言った。そう、今回は鎧を身に着けずにここまで来たのだ。これはミレーがその方がいいと助言してきたので、今回は鎧は用意してきてはいない。ミレー曰くこの雪は人を殺すものらしい。
確かに現地にいけば、その言葉の意味もわかった。鎧で足を取られてしまえば、身動きもできず、そのまま雪の中に埋もれてしまうことだろう。だから、なるべく身軽にして、素早く行動をすることを優先させたのだった。
雪かぁ。雪雲に必要なのは水分と冷たい空気。いや、上空に行くための上昇気流。普通であれば、高い山にぶつかる上昇気流によって雪雲ができるはずなのに、王都までの間に山は存在しなかった。
なのにここには雪が降り、王都には雨が降っている。ということはこの不可解な現象を起こしているモノがいてもおかしくはない。
しかし、聖女の彼女からはそのような情報はなかった。これはどう考えるべきだろうか?
私は厚い雲を見上げて考える。ミレーたちが行っていた場所はここよりも更に北側。第1部隊の駐屯地と第7部隊の駐屯地の間くらいが、問題が起こっている中心らしい。そこはミレーが言っていたように視界不良になるほどの吹雪らしい。
「アンジュ?どうかしたのか?ここは冷えるから建物の中に早く入ろう」
立ち止まってしまった私の肩を押して進むように促すルディだけど、私は北の空を見上げる。結局のところ、この雪をどうにかしないと、駄目なのだ。
「リュミエール神父に来ていただけるとは、思ってもいませんでした」
私が立ち止まってしまった所為で、皆の足を止めてしまったため、第1部隊長が迎えに来てしまった。
大柄の人物が頭まですっぽりとフードを被り、水色の目を私達に向けている。この人物にあのブタ貴族の血が入っているとは思えない。
「それにヴァルトルクス第12部隊長にヒューゲルボルカ第6副部隊長、アストヴィエント第6副部隊長……これはいったいどういう事なのでしょうか?」
第1部隊長は別部隊の混成チームに戸惑いをみせている。その困惑の目を神父様に向けているけど、神父様はいつもと変わらないニコニコと笑みを浮かべているのみ。
ん?これはもしかして神父様以外がここに来るとは聞いていなかったということ?
第1部隊長は神父様に向けていた視線をこちらに向けてきた。
「シュレイン第13部隊長。これはどういうことだ?他の部隊の……それも部隊長と副部隊長が共に行動するなど処罰対象になることだ。いや、先に室内に入ってくれ、このことも、現状の説明もそれからだ。こちらだ」
第1部隊長はそう言って背を向けて、歩きだす。確かに少し立ち止まっただけで、雪は身体に降り積もり、この身を重くさせる。それに死ぬほど寒い。
だけど、背を向けた第1部隊長に誰もついて行かない……あれ?これは一種のイジメである総無視?なんと、第1部隊長はイジメを受けていた!
「アンジュ。雪が積もってきているから、中に入ろう」
そう言って、ルディが私の頭に積もっている雪を払い除けてくれた。ああ、私が動かないから、みんな動かないわけね。でも、その前に。
私は左手を握り込み、空へを突きだす。そして、光の弓を作り出し、番える矢は5本。雷、風、炎、水、風。
「嵐の矢よ。天風に乗りて標的に天誅を《一矢当千!》」
先ずは雷と風の矢を放つ。二本だけが厚い雲に向かって飛んで行った。そして、少し間を置いて残りの三本の矢を放つ。
「融爆の矢よ。天風に乗りて標的に天誅を《一矢当千!》」
最初の二本を追いかける様に厚い雲に向かう三本の矢。
「アンジュ。事を起こす前に一言あっても良いのではないのか?」
頭上からルディの呆れた声が降ってきた。その言葉に私はへロリと笑う。しかし、視線は空を見上げたまま逸らさない。
ゴロゴロっと頭上で雷が鳴る音が響いてきた。まるで冬の嵐の到来の雰囲気を醸し、雲の中からはいくつもの閃光が見え隠れしている。雲の中では千に別れた雷の矢と風の矢が荒れ狂う嵐を起こしていることだろう。
そして、私は耳を両手で塞ぐ。と、同時に起こる大地を揺るがすほどの爆音。次いで身体を大地に叩きつけられるような衝撃が襲ってきた。
だけど、私の目は空を見上げたまま視線は逸らなかった。




