231 悪寒!
茨木が酒吞の後ろで納得できると首を縦に振った。その前にいる酒吞はニヤニヤしながら、お酒を飲んでいる。なぜ、誰も職務中にお酒を飲んでいることに何も言わないのだろう。
「その玄武とはなんですか?」
神父様が玄武とは何かと聞いてきたけど、亀でいいのだろうか。
「一般的に言うなら、北方を守護する水神かなぁ。実物なんて見たことないし、そう言われているとしか知らないよ」
「龍神に水神ですか。それでこの数日の大雨」
神父様は天井で見えない空を見上げるように視線を上に上げた。そして、誰ともなく声をかける。
「アンジュに付いていたモノ。お前はその話を聞いてどう思いましたか」
え?それは私の話を信用していないってこと?まぁ、信用するにはあまりにも普通から逸脱した話だけれども。突然、王都が水没すると言われても、誰も信じてくれないだろう。
神父様の問いかけに、神父様が座っているソファの背後に朧の気配が突然現れた。姿は神父様とソファの影に隠れて見えないけれど、神父様の言葉に答えるために朧がきたのだろう。
「正直に答えますと、お二人の会話の意味は、自分には半分ほどしか理解できませんでした。しかし、ご主人さまと聖女の者は会話が成り立っておりました。ご主人さまは聖女の者の言葉に何も疑問を思うことなく信じているような感じに見受けられましたので、少し危うい気が致します」
何?それって私が馬鹿正直に聖女の彼女の言葉を信じているように聞こえるけど?私はそこまで馬鹿じゃないよ?
「と、この者は言っていますが、アンジュこの話を信用するには、些か現実離れしすぎていると思いませんか?」
神父様の言いたいこともわかる。人々を脅威に叩き落とす異形が神という存在だなんて、現実離れしすぎている。神が敵だなんて認めたくない。普通であれば、信じるに値しない話だ。
ゲームの世界だということを私が知っている以前に今まで聞いた話から、この状態も理解出来るというもの。ただ、これは私の予想でしかない。確証めいた何かがあるのかと問われれば、それは恐らく王城のダンジョンにある可能性があるとしか言えない。
「確かに現実離れをしてるでしょうね。でも神父様。今の現状が普通ですか?キルクスで顕れた大天狗。その周りにいた烏天狗が大天狗の羽だったなんて、今までの常識では有り得ないこと。有り得ないという常識に囚われていれば、我々は世界に殺されるだけですよ」
「何物騒なことを言っているんだ?アンジュ」
私の言葉にファルが突っ込んできた。しかし、ファルの隣りにいる神父様はいつもの胡散臭い笑顔ではなく、顔を歪めた悪どい笑みを浮かべている。
その姿を正面で見てしまったヒューとアストがビクッと肩を揺らし、『なんか悪寒が』とか『暖炉に火が入っているのに寒い』とか言っていた。
「アンジュはどこでそれを知り得たのですか?」
直にいつもの胡散臭い笑顔に戻った神父様が私に聞いてくる。世界が世界の為に異形を呼び込んでいるという事実を。
「知ってはいませんよ。でも、わかるではないですか。世界は飢えているって」
「流石、太陽の聖女さまですね」
うおぉぉぉぉ!神父様から敬称を付けられたことに、悪寒を感じた。ヒューとアストではないけれど、暖炉に火が入っているのに寒気がする。
「それで太陽の聖女さまはどのようにして、龍神と水神を倒すつもりなのです?」
「神父様。私はアンジュだけど?」
私を敬称付きで呼ぶ神父様に訂正を求める。私はそんな偉そうな人物ではないし、聖女とかという者はやりたい者がやればいい。
「そうですね。アンジュ。では私の事も名で呼んでもらっていいですよ」
……神父様はとんでもない要求をしてきた。リュミしか聞き取れない私に名前を呼べと?
「ラディでいいですよ」
ふおぉ‼背後からものすごい殺気が!どこに名前にラディが入っていたわけ?それもルディとラディって被っていない?
もしかしてあれか!このルディの怒りようはミドルネームという可能性がある。ルディのサインには名前の中程にルディウスと書かれていたからね。
「リュミエール神父。アンジュは私のモノですよ」
「ルディ。私は誰かのモノじゃないからね」
直ぐ様ルディの言葉を訂正する。それから、私が神父様を名前で呼ぶことはない。神父様は神父様なのだ。
それから、ルディ。お腹をギュウギュウに締めないで欲しい。私はルディの手をバシバシと叩く。
「神父様。私が神父様に勝てる日が来たら、名前で呼んでもいいです。それで、神と戦うのに必要な人材がヒュー様とアスト様です」
「アンジュがリュミエール神父に勝てる日は一生来ないだろうな。で、俺達は何を求められているんだ?」
「アンジュは神殺しを僕たちに押し付けようとしているんだね」
ヒュー、勝てるように作戦を考えているけど、神父様の方が一枚上だってことだよ。それからアスト!私は別に二人に押し付けようだなんて思っていないからね!




