206 今日は厄日に違いない(第9副部隊長ディネーロ)
第9部隊 Side1
(第9副部隊長ディネーロ)
今日は厄日に違いない。ここ連日の夜の戦闘から戻ってクタクタの身体に朝食と言うなの、夜食を突っ込んでいたところに、突然ファルークス第13副部隊長から連絡が入ってきたのだ。
『すまないが、一つ聞きたい。人の首という異形はどんな容姿だ?』
「は?なんだ?それは?」
異形の容姿ってなんだと、何を言っているのかと疑問に思っても仕方がない質問だった。俺の近くで食事をしていた者も同じ様に思ったのだろう。変な顔をして固まっていた。
それもあのアンジュが言い出したと言われたら、納得のいくことだった。また、おかしなことを言い出したのだろうと。
昔はよくそんなことがあった。自分が気に入らないことを持論を展開して、相手に正義感を押し付けてくることが。で、最後にはまだ訓練も受けていないクソガキに動けない程にしてやられるのだ。
そのアンジュが異形の容姿が知っている人に似ていなかったのかと聞いてきたのだ。
確かに言われてみれば、心当たりも無くはない。目の前のヤツもそれを聞いて考え深げな表情をして段々と顔色が青ざめていっていた。
この場にいる他の者たちにも聞いてみると。
アレ?
確かに……。
言われてみれば。
という感じだった。
そう、こういうところがアンジュの恐ろしいところだ。過程をすっ飛ばして、核心をついてくる。それも何も知らないのに『そういえば……』と言ってズバッと言い当てるのだ。本当にどういう思考を持っているのか。
ただ、この時点では俺自身なにも思ってはいなかった。いや、薄々は感じていた。第13部隊が動くということはアンジュがこの第9部隊の駐屯地に来るということだ。それで、何事もなく終わると思っていた俺が浅はかだったのだ。
そもそもだ。第13部隊が来るとは報告を受けていた。直前になって聖女様が駄々をこねて、付いてくることになったというのも夕方の出撃前に報告を受けた。
だが、あの鎧のサーコートの紋章は第12部隊の紋章で、何もかもを砂塵にしてしまう聖痕はヴァルトルクス第12部隊長以外ありえない。
そして、見習いの隊服を着ているにも関わらず、部下の騎士たちよりも強力な聖痕の力を使う赤髪の大男と水色の髪の優男の二人の存在だ。最近第13部隊に配属になった他国の者とは彼らのことだと思うが、将校と同等の力があるように思われた。
その後撤退命令が出たが、その事には内心ホッとしてた。連日の夜戦はかなり精神を消耗していたから、今夜はゆっくりと休めると思うとありがたかった。
と、思っていた自分自身を呪いたい。第12部隊長が居る時点でおかしいと思うべきだったのだ。なぜ、ここにいるのかと。
俺は目の前の光景に頭を抱えたかった。駐屯地に戻ってみると何かが起こったのか騒ぎが起きていた。
訓練場に人が集まっているから何事だと思って足を運んで見れば、第12副部隊長のリザネイエが俺たちの隊長から抜き身の剣を向けられているじゃないか。それも将校ロゼもおり、ロゼは気を失っているであろう聖女様を麦袋のように肩で担いでいた。
「リザネイエ第12副部隊長!これはなんのマネだ?」
隊長が更に剣をリザネイエに突きつけて聞いている。俺はその場に居なかったので予想でしかないが、恐らく気を失っている聖女様の事を言っているのだろう。
はっきり言って、俺は先程までいた方向に目を向けるのを避けたいほど、恐ろしい状況になっている。あの空と地を繋ぐように黒い物体は何なのか知りたくもないが、恐らく現場ではとてつもない状況に陥っていると思われる。その上常闇が開いた時に現れる黒いモヤまで見えるのだ。それを見た聖女様が常闇を閉じようとしたのだと推測はできる。
しかし、リザネイエが邪魔する理由はないはずだ。
「聖女シェーンの拘束命令が出されました」
拘束命令?誰が?
いやわかっている。シュレイン第13部隊長が出したのだろうが、その意図が全くわからない。
「この状況をわかって言っているのか?」
それは俺も隊長と同意見だ。
「状況は理解しておりますが、現地にいる第13部隊長の命令で拘束します」
「いいや、貴殿はなにもわかっていない。この絶望に光を差すことができるのは聖女様だけだ」
「我々は命令に従っているだけです」
「ふん。黒持ちの言葉に聞く耳など持たん」
隊長の言葉に思わず肩が揺れ、急いで辺りを見渡してアンジュの姿がないことにホッと、ため息を吐き出した。
アンジュはそういう人を人として見ない偏見を嫌っていた。隊長のような言葉を言った者たちが、年端も行かないアンジュにボコボコにされていたが、アンジュの酷いところは周りにも被害を与えるということだ。
この疲れている状況でアンジュの被害を受けなくて良かったと思っていたところで、ロゼが叫びだした。
「光雨警報発令!!光雨警報発令!!」
俺はその言葉に思わず空を見上げた。……オワッタ。




