196 超上空の飛行は厳しい
結局、第9部隊に連絡を取って、聖女を連れて行く了承をもらい、彼女を連れて行くことになってしまった。現地に着けば、第9部隊の者が護衛につくけど、それまではリザ姉が彼女を見ることになった。
そして、冬が迫る白群色の空には8頭のワイバーンが飛行している。それも空を飛ぶ他の障害物を避ける為にかなり高度を取っている。
今回は8時間で辺境まで行かなければならないので、ワイバーンに身体強化を神父様が掛けた為に皮膚に当たる風は切り裂くように痛い……らしい。
私をはじめ将校は鎧を身に着けている。それも耐衝撃、耐攻撃の魔術が掛けられたものなので、風如きで困ることはない。後は酒吞と茨木と朧なのだけど、彼らは鬼と黒狐のため、上空でも平然としてる。
問題はただ一人。純白のヒラヒラしたドレスの上に外套をまとっただけの聖女シェーンが死にかけている。
いや、正確に言えば、超上空の空気の薄さと寒さとワイバーンの飛行による狂気的な風を受けて顔面が蒼白になっている。ただ、ここで死なれては困るので、リザ姉はほんのりとした結界を彼女に施していた。……ほんのり。それは息をするのに困らないよ、というぐらいの効果の結界なので、彼女の唇が紫から改善することはない。
きっともう少し強固な結界張らないのは、上空に行くまでに散々文句を言っていたので、黙らすためだと思う。
ちなみに私は相変わらずルディと二人乗りをしている。しかし、本格的な仕事は初めてのような気がする。
え?今までの仕事はなんだったのかって?
確かに第13部隊に振り分けられた仕事は、仕事に間違いはないのだけど、ここまでの緊張感を皆が持っていなかった。ルディにしろファルにしろ姿は今と変わらず完全装備の様相だった。だけど、散歩の延長上のような気軽な雰囲気だったのだ。
こんなにピリピリとした感じではない。ん?もしかして神父様がいるから?それは有り得そうだ。
「ルディ。本当に彼女を連れてきてよかったのかな?」
私はただ座っているだけなので、とてつもなく暇だ。なのでルディに今回の選択はよかったのだろうかということを聞いてみる。
「これだけ弱らせておけば、いらないことはしないだろう」
弱らせておく?これってそういう意味だったの?
ちなみに私とルディの周りには快適な空間を作るために、強固な結界を張っている。なので、空気も地上と変わらない濃度であり、気温も春のような暖かさだ。そして、結界により突き刺さるような風も防げている。
どちらかと言えば、眠さに誘われる空間が出来上がっていた。
「王都を立つ直前にファルークスの方に第9部隊から連絡があった。重傷者等に確認をとったところ、己の剣を向けている存在が家族であったり、恋人の顔に見えたそうだ。だから動揺したと」
これは確実に幻覚を見せられていたと思っていいだろうね。
「今回の敵は一筋縄ではいかないだろう。だから、アンジュ無茶な行動は控えるように」
あれ?何故か私が釘を刺されているのだけど、どこからそんな話に置き換わったわけ?
「うーん?時と場合によるかな?」
私は絶対に守るとは言わない。私が動いた方がいいのであれば、きっと私は行動を起こすだろう。
「オボロに今度はきっちり見張るようにいっているからな」
見張り!!いや、逆に言えば朧を丸め込めば私の行動は自由だ。
「わかった」
私はおなざりに答えておく。しかし、少し寝ていいかなぁ。この空間が心地よすぎて眠くなってきた。
「じゃ、少し寝るよ……はふっ」
私はひとつあくびをして、目を閉じた。どこでも眠れるのは、もしかしたら得意技の一つかもしれないとくだらないことを思いながら、眠りの海に沈んでいった。
◆
「おとなしいと思えば寝ているのですか?」
銀色の鎧を身にまとった者から呆れたような声が出てきた。それに対しワイバーンに二人乗りをしている鈍色の鎧をまとった者の内一人が答える。
「いつものことですよ」
上空で飛行するワイバーンの上で会話が成り立っていることにも疑問に思うところだが、答えた者の前で微動だにせずに器用に寝ている人物にも関心する。
「いつもですか。シュレイン。あまりアンジュの行動を制限すると、その反動で何処かに飛んでいきますよ」
まるで暴走する者に対する言葉のようだ。
「私がアンジュに掛けた誓約は『聖騎士であること』その本当の意味に気づけば、どこにでも行けるのですよ」
銀色の騎士は何を言っているのだろうか。聖騎士であることの誓約の真の意味とは……。
「わかっています。ですが、気がつく隙は与えません」
鈍色の鎧の者は理解していると答える。そして、銀色の鎧の者は同じ様に意識がないが厚手の外套に身を包みぐったりとしている者に視線を向けた。
「月の聖女とはもっと崇高な存在なのですよ。エリスを貶したことを後悔して欲しいものですね」
銀色の鎧をまとった者の声が、突き刺さるような風の中でも、よく通った。その言葉に3人の鎧をまとった者の肩が大きく揺れたのだった。




