193 普通に人
「悪いがそこまでの情報はもらってきてない。誰がそんな容姿なんて気にするんだ?」
ファルが呆れたように答える。だけど、これって大事なことだと思う。この世界の人が異形ではなく、人と判断した人の首。人を食らうという異形。第9部隊以外にも第4部隊が討伐しても彼らの方が分が悪いとう報告にも引っかかる。力任せのゴリ押しで勝てないとなると、その存在は普通ではない予想ができる。
敵はいったい何なのか、今の現状では想像がつかない。そもそも飛頭蛮って身体があってこその飛頭蛮だと思ったのだけど?
「ファル様。言っておくけど、無駄な死人を増やしていない?っていうこと。妖怪は人を騙す。人が慌てふためく様を面白がると言われている。だから私は聞いたの。その人の顔はどんな容姿って」
「ヨーカイ?」
「言い間違えた異形ね」
変な顔をして私の言葉を繰り返したファルに慌てて訂正を入れた。
しかし、こうなってくると、本当に陰陽師の方が良かったと思う。安倍晴明でもここに召喚できないだろうか。私の知識は妖怪専門にはできてはいない。
「アンジュ。それが宴なのか?」
ルディの声が私の上から降ってきた。宴の本当の意味なんて私は知らない。ただ、それは神父様を動かしたくて言った言葉だった。
「さぁ、私は異形ではないので、宴がどういうものかは知らない。酒呑と茨木に聞いたほうが早いと思う。あっ!その辺境に行くときは酒吞と茨木も連れて行ってね。異形の事は異形に聞いた方が一番いいから」
私がいた世界線と彼らがいた世界線が必ずしも同じとはかぎらない。ならば、確実に正しい情報を得られる彼らを連れて行ったほうがいいに決まっている。
「ああ、それは決めている。人の姿をしていても彼らは異形だ。こちらの監視下に入れていたほうが一番無難だ」
異形は所詮異形だという冷たい声でルディが答えた。そんなルディを仰ぎ見る。
人と異形は違うのだと。だけど、彼らは第13部隊では差別されることなく過ごしている。
酒吞によく手合わせをするようにつっかかっているティオ。茨木とよくボードゲームをしているシャール。彼らは目の前の者たちを異形とは思いもせずに、普通の人として接しているのだ。それはルディがそうあることを許していることに他ならない。
「ありがとう。ルディ」
笑顔で言葉を返す。すると、ルディから何故か口づけをされてしまった。何故に!
「アンジュ。他の奴にそんな可愛い顔をするなよ」
「いや、普通にお礼を言っただけだし」
普通にお礼を言っただけで、なぜ可愛い顔という話になるのだろうか。それに私の顔は何も変わりはしない。いつも同じだ。
そして、何かを考えるようにファルは険しい表情をして、首元から何かを取り出した。
「『第13部隊。副部隊長ファルークスより、第9副部隊長ディネーロに応答を願う』」
おお!これが未だに私が貰っていない聖騎士団に所属した者が身につける通信機!あっ違った身分証だった。
『こちら第9部隊、副部隊長ディネーロだが、なんだ?今忙しいのだが?』
凄い!本当に繋がっている。やはり、普段は部隊同士で連絡は取り合わなくても、王都で共に生活していれば、仲のいい友と呼べる者ができるのだろう。
私には一生、友達というものはできないだろうけど、主にルディの所為で。
「すまないが、一つ聞きたい。人の首という異形はどんな容姿だ?」
『は?なんだ?それは?』
ファルとの通信相手は何言っているんだコイツという雰囲気が声から漏れ出ている。
「聞いているのはアンジュだ。人の首は異形なのか?それとも普通に人の首なのかと」
ファル!なんでそこに私の名前を出すわけ?そこは知り合いであるファルが知りたいということにしておいてよ!
『あ゛?アンジュだって?また、おかしなことを言い出したな』
通信相手が誰かは知らないけれど、私はそんなにおかしなことは言ってはいない。
『普通に人だ』
普通に人?
「髪の色はなに?金髪?白髪?黒?茶色?知り合いに似てるとかない?」
私は通信相手に聞こえているかはわからないけど、捲し立てるように質問をした。
『なんだ?そこにいるのか。そう言われてみれば……昔近所にいた爺さんに似ていたような?……ちょっとまってくれ!おい!首の異形で知り合いに似ていたとかあるか?「……」「……」「……」』
通信の向こう側で何か声が聞こえるが、通信機が拾うほどの音量ではないようなので、遠くから何か言っているような音が聞こえて来るだけだ。
『あー。思い出せば、知っている人に似ているようなという曖昧な感じだな。戦っているときにそんな事を思い出して剣を振う馬鹿なん……て、いるかもしれない。これはどういうことだ!アンジュ!』
「いや、私が実際に見てないから聞いただけで、どういう事と問われても知らないとしか言えない」
私に責任転嫁をされてしまっては適わない。知り合いの顔に似ているかもという戸惑いが隙を生み戦闘不能となる騎士がいるのであれば、それは正に敵の罠に嵌ったとしか言いようがない。