192 どんな容姿?
「目の敵?それはそうだろう?アンジュは昔からリュミエール神父を特別視していただろう?」
ある意味特別視というか、要注意人物だということは昔から言っているよ。
「リュミエール神父の言うことは素直に聞くし」
いや、そこはあの教会で一番偉くて強い人物に逆らおうという気は普通はおきない。
「いつもとは違う、可愛らしい感じで話だすし」
可愛らしい?馬鹿っぽい子供のように話すことはあっても、媚を売ったことは一度もない。
「アンジュと何度もデートしたと聞くと腹立たしいことこの上ない」
デートじゃないからね!ただのご褒美を買ってもらっただけだからね。
「それに、何度も人からお菓子をもらうなと言っても、昨日リュミエール神父から躊躇なく受け取ってしまっただろう?」
躊躇なくと言われても、情報料としてお菓子をもらうのはいつものことだから、気にするほどのことじゃなかったよ。
それが、聖騎士の誓約に引っかかるなんて思ってもみなかった。だって習ったのは聖女と聖騎士の間で行われる決まった文言を言うことだったのだから。
「ルディ。誓約のことは知らなかったのだから仕方がないよ。それから、毎回同じことを言うけど、神父様は怒らせたらいけない要注意人物なだけで、あとはご褒美を受け取っただとか、情報料として受け取っただけで他意はないよ」
私は今まで何度も言ってきた言葉を繰り返す。しかし、お腹が空いた。お昼にはここを出ないといけないのなら、準備を急がないといけない。
そう言えば、詳しい話を聞いていなかった。辺境の方だと一日では行けないから、宿泊の準備もしておかないといけない。
私は勇気を振り絞って、魔王様の顔を覗い見てへらりと笑う。うっ!瞳孔が開いた目と合ってしまった。
「ルディ。アンジュはお腹がすいたから、そろそろご飯たべたいなぁ。それから神父様が言っていた任務に私もいくのなら、詳しい話を聞いておきたいなぁ」
いつまでもここでルディの神父様に対する愚痴を聞いているわけにはいかない。いや、私への愚痴と言い換えた方がいいのかな?
するとルディは溜息を吐いて、私を抱きかかえたまま移動して、そのままダイニングの席に着いた。
ということは私はそのままルディの膝の上に座っていることに変わりはない。隣の空いている席でいいのだけど……。
そして、先程から一人黙々と一人朝食を食べ、我関せずを通しているファルは私とルディに呆れた視線を向けてきた。きっと懲りずによく同じことを繰り返すものだと思っているのだろう。
口には出さないけど、これはルディが毎回神父様に対する愚痴を言っているだけだからね。私は悪くない……はず。
ルディから餌付けのようにスープを掬ったスプーンを差し出されている私の向かい側で、食後のお茶を一人飲んでいるファルが口を開いた。
「今回の問題になっているところは、第9部隊が担当している東の辺境地区になる」
今回、問題になっている場所はどうやら、東の辺境領のようだ。今日の昼に出発ということは、一日ではいけないため、途中で一泊する予定になるのだろう。
「その第9部隊は壊滅だと言っていい状態らしい。何とか部隊長と副部隊長、そして数人の将校でなんとか持ちこたえている状態だ」
「え?それもう完璧に駄目な感じじゃない?」
思わず心の声が出てしまった。だって数人の将校と言っても、一部隊で部隊長と副部隊長を除いた将校なんて5人から2人だけだ。その片手しかいない状態で持ちこたえているという言葉を使う自体がおかしい。
「その中には駆けつけた第4部隊が混じっている」
ファルが補足するように付け足したけれど、それでも大して人数が増えるわけではない。
「敵は人の首だけの異形らしい。それもその首が人を食らうと報告がある。それが複数存在していると」
首の話は神父様に聞いていたけど、複数存在している?それは将校数人だけでは対処しきれないのではないのだろうか。
「普通であれば、早急に駆けつけるべきところだが、その人の首の異形は夜にしか現れないことから、なんとか持ちこたえていると報告されている」
ん?夜だけしか活動していない?妖怪だから?それとも昼間は元の身体に戻っている?
「ファル様。その首だけの異形てどんな顔?」
私はその容姿を確認するために聞いてみた。だけど、ファルは私に呆れたような視線を向けてくる。
「アンジュ。この報告を聞いて何故一番始めの質問がどんな顔っていうことになるのだ?そこ気にするところか?」
え?そこって大事じゃない?
「ファル様。その異形って常闇から現れたってことだよね。人の首と言っているってことは、人と認識されたんだぁと思っただけ。だって、朧が人かって聞かれたら、きっとそれは違うって否定するよね。じゃ、その容姿ってどんな姿?」
恐らく黒髪の人であるなら、この世界の人々は人と認識しないと思う。だって、ルディがここまで歪んでしまっているのだから、人の首と認識された存在に私は疑問に感じてしまったのだった。