191 まさかそれが誓約だったなんて!
「あの?神父様、何かありました?」
私は恐る恐る聞いてみる。はっきり言って神父様が人を嫌っているところなんて見たことがない。
あの人買いの貴族共にでも、いつも通りのニコニコとした笑顔で応対していたし、出来の悪い子……特に私なんかにも普通に接してくれていた。
誰かをえこ贔屓するところも見たことも無かったし、嫌厭することも見られ無かった。そう、誰にでも平等だった。
それが、聖女の彼女を『あの者』と言ったのだ。これは何かあったに違いない。
「何か?ですか?」
神父様はとぼけたように言った。曖昧な聞き方では駄目なようだ。
「聖女シェーンに何か気に障る事を言われたのですか?」
「ああ、あの者にですか……アンジュが気にすることではありませんよ」
神父様はそう言いながら立ち上がる。
気にするなと言われても、気になるよ。あの者ってまた言ったし、顔は笑顔だけど、目が全然笑っていない。怖すぎる。
そして、神父様は未だに四つん這いになっている私に手を差し伸べてきた。その手を取って立ち上がり、ふと神父様の背後を見れば、そこには胡散臭い笑顔を浮かべた魔王様が降臨していた。
え?ルディはファルと一緒に何処かに行ったはず。なんでここにいるわけ?
「おや?シュレイン。今回の概要は聞きましたか?」
神父様は驚いた様子もなくルディに話しかける。
「はい。聞きましたが、リュミエール神父まで、戦地に赴かなくてもいいのではないのでしょうか」
ルディは神父様に問いかけながら近づいて来た。そして、神父様に差し出した私の手をもぎ取るように握り、私の背後に立った。これは私の命など、いつでも取れるのだという、行動なのだろうか。
「シュレイン。私の剣はアンジュに捧げました。この意味はわかりますよね?」
神父様の言葉に、私からは表情が伺いしれないルディから歯軋りの音が漏れ出てくる。
この状況、私はいつルディに命を刈り取られるかビクビクしておかないといけない。
「聖騎士」
聖女だけの為に存在する騎士。そうルディの低い声が答えた。
ん?あれ?私、神父様には聖騎士として認めるとは言っていないよ?
「そう聖騎士です。聖女に忠誠を誓う。聖女から言葉をいただくことでも成立しますが、騎士から贈り物を差し出し、聖女が受け取ることでも成立する。誓約」
「は?」
思わず声が出てしまった。え?どういうこと?私は第12部隊長さんには聖騎士として認めると言った。だけど、神父様には言っていない。
その代わり、神父様から交換条件としてお菓子の詰め合わせをもらった……もらっちゃってるよ!返品しようにも、既に私のお腹の中で、血肉になっている。どうしようもない状況だ。
もしかして、ルディがお菓子の紙袋をガン見していたのは、お菓子が欲しかったわけではなく、神父様が私に剣を捧げると宣言した後に、贈り物を差し出して私が受け取ったからだったの?!
「知らないけど?それって騙し討ではないのですか?」
「失礼ですね。アンジュ、この事はライドラ王の時代の聖女の歴史に書かれてありますよ」
私にはそのような記憶はない。恐らくどこぞかで、その記憶は落してきたのだろう。
「出立は本日正午ですから、準備をしてきなさい」
神父様は連絡事項を言って片手を太陽が昇り切った空へ伸ばし、金色の魔鳥を白群色をした冬の空へ解き放った。そして、天高く飛び立つ魔鳥に目をとらわれている隙に、神父様の姿は消えてしまっていた。
まさか問題のウキョー鳥は飼育されているわけでなく、野生化したものが毎朝嫌がらせのように鳴いていたのだ。その事実に私は内心頭を抱える。
確かに雨の日は鳴き声がしなかったよ。
そして、私はルディに抱えられ、私の部屋に戻って来た。今の現状は視界の端に用意された朝食を捉えながら、ソファに座るルディの膝の上に抱えられている。
「アンジュ。何故、リュミエール神父と密会していた?」
密会!!密会じゃないからね。ウキョー鳥を始末しようと屋根の上に行ったら、神父様がいただけだからね!
「やはりアンジュは俺よりもリュミエール神父の方がいいのか?」
だから、何故そういう感じに捉えられるのかわからないのだけど?ルディは神父様の事を嫌っているのだろうか。私は何度も言っているはずだよ?
神父様を怒らすと恐いと直感的に感じているから怒らせないようにしているって。
「ルディ。いつも思うけど何で神父様をそんなに目の敵にしているの?私はいつも言っているよ?神父様を怒らせないようにしているだけだって」
そう、神父様は聖女シェーンのことをかなり怒っていた。
何を彼女はしでかしたのかは知らないけれど、私なら神父様の何か癪に障る事を口にしてしまったのなら、即座に土下座して謝ることだからだった。
補足
アンジュはリュミエール神父に、かなりえこ贔屓されていたことには、気がついていません。