186 普通はしないね
「えっと、まだ彼女を殺さないで欲しいのだけど。私が言いたいことは、彼女は起こり得たかもしれない未来を知っていると思うのです」
私の発言にこの場にいるすべての視線が突き刺さる。それは彼女が未来視ができるということと同意義と捉えられたかもしれない。だけど、そうではない。
「でも、それは私は10年前に死んでおり、ファル様が一月前に、神父様が先日、そして王様がいずれ命を落す未来のことです」
そう、ゲームで起こったであろうできごとの世界。今の現状とは全く違う世界。
「彼女はその知っていることと違っているので、おかしな食い違いに戸惑っているのではないのでしょうか?」
ゲームの世界では現時点でどのような感じになっていたのかはわからないけれど、かなり緊迫した状況になっていたのではないのだろうか。
ファルという存在が居なくなったルディは恐らく魔王化一歩手前になっていてもおかしくはない。
それが、この国を統べる王?危険な香りしかしない。
「そうですか。一度、事情聴取をする必要がありますね」
侍従がそう言いながら、何かをメモをしている。
「疑問なのだけど……」
白銀の王様が私の方に向いて話しかけていた。
「なぜ、君は聖女の言葉が理解できるのかな?誰にも理解できなかったと報告を受けているよ」
そこはスルーしてほしかった。言えるわけないし、実は私は別の世界の記憶を持っているのですなんて言った日には、事情聴取という名の監禁をされるじゃないの。
「秘密です」
私はへらりと笑って答える。すると、王様の背後に立っているドッペルゲンガーもどきが殺気立つ。
「お前、陛下に隠し事をするのか!」
うーん。普通に隠し事をするけど?そんなに殺気立って言うほどのことなのかな?別に嘘をついたわけではないのに、ファルといい偽物の王様といい、白銀の王様に狂酔しすぎるところがあると思う。
「隠し事ぐらいしますよ。私は好きでこの聖騎士団にいるわけではないので、保身のためには、言えないことぐらいたくさんありますよ」
そう言って、私はルディの手をのけて、膝から降りる。
「私は報告義務を果たしましたので、詰め所に戻ります」
私が背を向けて出ていこうとすると、ルディも王様に退出の言葉を言って私についてきた。
ルディはまだ、あそこにいてもよかったと思うよ?
私が逃げ出さないようにか、右手を握ってきたルディの表情はいつもの胡散臭い笑顔ではなく、不機嫌そうな表情をしている。
ああ、きっと私は今からぐちぐちと約束を破ったことを言われるのだろうと、内心うなだれてしまった。
◆
一方その頃、アンジュが去っていった部屋では、なんとも言えない雰囲気が漂っていた。
スラヴァール王は表面的にはにこにこと笑顔を浮かべてはいるが、怒っているようなピリピリとした雰囲気が醸し出されている。
その背後に立っている国王とそっくりな容姿をした影の者はスラヴァール王の雰囲気に当てられてか、機嫌が悪いことを隠そうともせずに、苛立ちを顕わにしている。
向かい側に座るリュミエール神父は、いつも通り人の良さそうな顔を浮かべ、平常運転だ。
そして、アンジュの言葉をすべてメモに取っていた侍従フリーデンハイドが、そのメモを見ながら言葉にした。
「どう思われますか?話の内容的には辻褄は合いますが、あまりにも滑稽な内容にしか私には思えません」
確かにアンジュの話であると、既に起こってしまった過去を、実はこうだったのだと面白おかしく騒ぎ立てていることに等しい。そして、目の前に生きている人に向かって、”貴方は実は死んでいたのですよ”と言ったことに等しいのだ。
しかし、その言葉にリュミエール神父が否定をした。
「フリーデンハイド。アンジュという存在がアンジュで無かった場合の話と考えてみなさい。そうすれば、滑稽だと言えなくなりますよ」
いや、リュミエール神父はおかしなことを言い出した。アンジュがアンジュでないとは、どういうことだろうか。
フリーデンハイドもリュミエール神父の言葉の意味が分からず首を傾げている。
「あの子は教会に来た時から、子供ではありませんでした。子供のフリをした大人と言えばわかりますか?時々聖女の方々の中に存在したと記録に残っていますね。何かしらの記憶を持って生まれてくると」
「ああ、そういう事」
スラヴァール王はその言葉に納得したようだ。そして、目の前にいるリュミエール神父に向かって言う。
「その知識を引き出せないかな?」
「無理でしょう。アンジュは馬鹿ではありませんよ。無理強いするとスラヴァール、貴方など簡単に命を落しますよ」
「流石太陽の天使というわけだね。その肝心の天に掲げる日を、僕は目にしたことはないけれどね」
「そういうところがアンジュが馬鹿ではないという証拠ですね。誰が、力の塊である太陽を隠そうとする発想が出てくるのでしょう」
「いや、普通はしないね」
そう言って、スラヴァール王は肩をすくめるのだった。