182 なぜ、ここに?
ルディに言われ姿を現した私と朧を振り返って見た彼女は驚いた顔をしていた。まさか抜け出したのがバレて尾行しされていたとは思っても見なかったことだったのだろう。
「ぃやだ!シュレインさま、私ストーカーされてたのですか?」
ストーカーと言えばそうかも知れないけれど、誰かしらは常時彼女の事を見張っているのだろう。
私はルディの前に立ち敬礼をする。
「侍従のご命令通り、聖女の護衛を完遂いたしました」
私はあの侍従のよくわからないジェスチャーを微妙に捻じ曲げて上官に報告した。まぁ、仕事していましたよアピールだ。
「中で報告を聞きましょう」
胡散臭い笑顔で言われた言葉を意訳すると、道草をくっていた理由を吐け、ということに違いない。
「いいえ、私は詰め所の方に戻ります」
仕事が終わったから帰るよと言ってみたものの、そのようなことを許してくれるはずもなく。肩をガシリと掴まれ、勝手に開いたように見えた騎士団本部の扉の奥に行くように促されてしまった。
「あっ!シュレイン様!私もご一緒しても……」
私の後ろから聖女の声が聞こえたけれど、その声は途中で途切れてしまった。気になって振り返ろうにも、ルディの手が私の肩を掴んでいるため、私は前方に進むしか選択肢がないのが現状だ。
「貴女は与えられた部屋に戻りなさい」
温度のない冷たい声が耳に刺さってきた。
「そこの者。脱走者を部屋に戻してきなさい。オボロはついてくるように」
ルディはそう言って私の肩を押し、歩くように促す。扉が勝手に開いたと思ったのは、中から誰かが開けたからだった。
私は全く気が付かなかったけど、誰かいるの?しかし、前を向いて進むしかない私はその事を確認することはできず、聖女の彼女のすがるような声が後ろから響いてくるだけだった。
まぁ、犯罪者扱いされれば、違うと否定したくなる気持ちもわかるけど、私には彼女に差し伸べる手は持っていない。今の私の心境は連行されている犯罪者の気分なのだから。
無言のまま歩かされ、建物の3階の扉の前で立ち止まった。ここは2度来たことがある会議室がある階だけれど、この扉の向こうには何があるかは私にはわからない。
ルディが扉をノックすると、返事がないまま中から扉が開けられた。その開けられた先に広がっている光景を見て私は現実逃避をしたくなってしまった。
神父様がなんでここにいるの!それに白銀の王様までいるし、さっき会った偽物の王様までいる。恐ろしい。ここでいったい何が話し合われていたのだろう。
ルディに背中を押され、足が沈み込みそうな絨毯の上を歩き、一人掛け用の革張りのソファの横までくれば、ルディに抱えられソファに座るルディの膝の上に鎮座することになってしまった。
いつもと一緒だし!
で、私はこの場で断裁されるということ?
それよりも気になったことが……。
「神父様がなぜここにいるのですか?それから、そろそろウキョー鳥を始末していい許可を出してくれませんか?」
「許可は出しませんよ。それに、私がここに居る理由は言わなくても、アンジュならわかりますよね」
やはり許可は出ないのか。神父様がここに居る理由は見当はついているけれど、現実を認めたく無かった。キルクスに居るはずの神父様が、目の前に居るという現実を。
そして、恐ろしいことにこの場には、王家の人達が揃っているという現実。
四人がけのソファに座ってニコニコと笑顔を浮かべている白銀の王様。その後ろにドッペルゲンガーのように存在している色んなモノを背負った偽物の王様。
向かい側のソファには、人が良さそうな笑みを浮かべた神父様。
ルディと向かい合って座っているのは侍従で、その後ろに護衛のように控えているガタイの良い団長。
なに?この異様な雰囲気。ここじゃなくて、普通は王城で集まるべきでしょ!
「わかりたくないので、詰め所に戻っていいですか?」
「駄目ですよ」
「何故に!」
私が神父様と話しているだけというのに、徐々にお腹に回されている腕の圧迫感が増してきている。普通に話しているだけなのに!
「駄目に決まっています。将校アンジュ。私は別のモノを付ける様にと指示したはずです」
そこに澄ました顔でダメ出しをしてきたのは侍従だ。いや、私は口頭では指示を受けてはいない。
「よくわからないジェスチャーされても、困るし」
「まぁ、良いでしょう。では、報告してください」
ん?あの聖女の行動を報告すれば良いってことかな?
私は聖女の彼女が行った場所を順番に説明していった。いわゆる、明確な目的があっただろうけど、全てが空振りに終わった散歩の話をしたのだ。
すると侍従はメモを取りながら一言呟く。
「相変わらずよくわからない行動ですね。ここに来てから繰り返し行っているようですし、まるで敷地内を把握しているかのように思えますね。それに一人でいる時は理解不能な言語で独り言を言っているようですし……」
「え?」
私の上げた疑問の声に視線が集まってしまう。侍従から言われて今更気がついたけど、彼女が喋っていた独り言は日本語だったよ!