173 配下はいらないよー!
「それで、その芋む……黒狼の人と話をしたいのだけど、大人しくしてくれる?」
血の海の中で蠢いている芋虫に声を掛ける。するとピタリを動きを止め、私の方を伺い見る。
大人しくなったので、茨の鎖を解くと黒い外套をまとい黒い仮面をかぶった者はその身を起こし、こちらに向かって跪いた。
この分だと成人しているだろうということは伺い知ることはできるが。男性か女性かすらわからない。
「ねぇ。その外套と仮面をとってみて」
すると身体を大きく揺らし戸惑っているような雰囲気が伺い知れる。なんだろうか。酷い傷があるとか痣があるとかなのだろうか。
「アンジュ。黒狼達の姿は異形だ。見ない方がいい」
ルディがそう言うけど、異形と言われてしまうと気になってしまうが、あの偽物の王様は普通に王様の姿をしていた。何が異形なのだろう。
「良いから取ってみて、話はそれから」
私の言葉におずおずという感じで、黒い仮面をはずず黒狼という者の素顔は普通にイケメンだった。ただ、肌が浅黒くミステリアスな金の瞳が何かの力を帯びているのか揺らめいている。
そして、その身にまとった外套を外すと……
「は?」
え?あれ?どういう事?この世界って獣人設定ってあったの?目の前の人物の黒髪の隙間から大きな三角のもふもふの耳が見えており、背後にはふかふかの黒いしっぽと思える物体が見えるのだ。
いや、ちょっと待って、よく考えてみよう。なんか記憶の隅にチラチラと何かが映り込む。そう、前世の妹のスマホ画面だ。この目の前の人物と同じスチルはないが、別のスチルが引っ張り出される。
「玉藻御前だ」
九尾の狐の玉藻御前。人に化けるのが得意であり、雑魚妖怪に白狐と黒狐がいた。
私一人では確証が取れないため、他の人の意見を聞きたい。いや、人ではなかった鬼だった。
「酒呑!茨木!ちょっとこっちに来てくれる?」
私は大声で二人にダイニングの方に来るように言う。今日は外に出ないはずだから、このぽつんと一軒家の中にいるはずだ。
しばし待つと、ドスドスという足音が聞こえ、勢いよく扉が開けられた。
「何だ!アマテラス!」
「何かありましたか?」
二人の鬼が来てくれたので、私はルディの膝の上から飛び降りて、黒狐の側に行く。血の海の中に入るのは勇気がいるが、あの偽物の王様のように色々なモノが浮いてはいないので、まだマシだ。
「この人って黒狐で合ってる?」
私は怯えるように三角の耳を垂れ下げた者を指して言った。
「お!珍しい黒狐じゃないか」
「黒狐ですね。それも二尾ですか」
酒呑が珍しい黒狐と言った。確かに稲荷神社の殆どは白いお稲荷様だ。茨木は彼を見て二尾の黒狐と言ったので、思わず彼の後ろを見ると大きなもふもふのしっぽと思っていたら、2つに別れていた。
「だよね。黒狼って言うから、狼かと思ったら、狐だよね」
私はうんうんと納得したように頷く。そして、茨木は何か興味を持ったのか、黒狐の彼に近づいていく。
「しかし、葦原中国の者とは少し違いますね。何か別の力が混じっているようですし、怨呪の呪いに似た呪いにかかっていますね」
恐らく彼の祖は何百年か前にこの地にきた妖怪の生き残りの子孫なのだろう。そして、何かしらの呪いによって王家に囚われている。
「茨木。怨呪の呪いって何?」
「それは、元々は呪詛された貴族の代わりにその身に呪いを受けるというものですね。ですが、これはどうもそれとは少し違うようです」
なんか、陰陽師っぽいことを言い出した茨木。
まぁ、そんな呪いを代々受け継ぐということに対して、抵抗を試みようとした結果、歪んでしまったものなのかもしれない。
「それでお狐さんはなんという名前?」
途中から呆然と私達の話を聞いていた黒狐に名前を聞いてみたけど、聞こえていないみたいだ。
「私達一族が何者かを知っているのですか?」
「何者って野狐に妖力が宿った気狐だろう?」
酒呑が何を言っているんだという呆れた声を出す。
「我々は鬼で、そこまで仲が良い者たちではありませんが、数は多い者たちでしたので、よく見かけましたね」
「オニ?」
「ええ、鬼ですよ」
鬼がどういうものかわからない黒狐は茨木を不思議そうに見ていたが、『鬼』だと言った瞬間変化を解いた茨木に、同じ様に鬼の姿になった酒呑。
「俺たちは先日、葦原中国から来た鬼だが、アマテラスの軍門に下ったんだよ」
赤い髪に赤い角が生えた異形なる姿の酒呑が両腕を組んで堂々と言った。私は軍なんて築いていないよ!
「貴方もアンジュ様の配下になりますか?」
水色の髪に氷の様な角が生えた茨木は黒狐に手を差し出しながら言った。配下じゃないし!配下はいらないよー!




