168 シュレイン、落ち着くんだ
私の目の前には薄墨色の髪に薄紫の瞳を不機嫌そうに細めた長身の男性がいる。彼が第6部隊長だ。因みに彼をここに呼びつけたのは、私の事を知っているらしい第4部隊長と名乗った男性だ。
「私に何の用がある」
挨拶もしたことがない他部隊の下っ端が用があると呼びつけたのだ。それは不機嫌にもなるだろう。
その両脇には金髪金眼の双子が控えている。なんか、圧迫感があるなぁ。
普通なら上官から私の紹介があるだろうが、肝心のルディが殺気だっており、ファルは団長に報告に行くと言ってこの場にはいなかった。
「第13部隊、新米将校アンジュです。あ、副部隊長だった」
「新米って普通いれるか?」
「副部隊長って自覚もとうね」
私の言葉にヒューとアストが突っ込んできた。私はルディの暴走を押さえる要因で、副部隊長は侍従によってつけられたオプションみたいなものだから、そこまで重要視はしていない。だって、隊員4人+鬼2人しか居ないのに、部隊長と副部隊長がいて私いる?って感じだよね。
私は双子の言葉を無視して、そのまま用件を告げる。
「実は第6部隊長が問題が起こった時に一番近くにいたと聞きましたので、何が原因でこのような状態になったのかご存知かと思ったのです。聖女様?は何を言ってルディ···部隊長を怒らせたのですか?」
そう言いながら私はちらりと聖女がいたところに視線を向けてみたけど、彼女の姿はそこには無かった。どこに行ったのだろう?
すると、第6部隊長は大きくため息を吐いて、ルディの様子を伺い見る。そして、とても嫌そうな顔をして言葉を紡いだ。
「俺と同じことを言われていた。それも確信的に言い切っていた·····」
そこで言葉を止めてしまった。だから何!そこを聞きたいのにルディの前で言うのが嫌だってこと?
長い沈黙の後、思ってもみない声が聞こえてきた。
「私が言ったことが気にさわったのですか?」
桜色の髪に桜色の瞳を潤ませ、上目遣いにこちらの様子を伺っている頭の上に皿を乗せた聖女シェーンが少し離れたところにいた。
ルディの右手が動き出そうとするので、慌てて右側に回りその手を両手で押さえる。
「でも、亡くなった方は戻ってきませんから」
ん?なんの話?
「お兄様の国王様のこともご心配でしょうが、次の国王になられるのはシュレイン様でしょ?」
は?何を言っているの?私の顔は恐らく青ざめていることだろう。そして、第6部隊長も双子の兄弟の顔色も悪く、ヒューとアストは『これは殺されるやつだ』とある意味納得している。
「シュレイン様が殺してしまった女の子は可哀想だったかもしれませんが、シュレイン様はこの国には必要な方ですから」
この言葉にヒューとアストが慌てて近寄ってきた。
「シュレイン、落ち着くんだ。いいか、シュレインは殺していないからな」
「そうだよ。ちゃんとここにいるからね」
ルディが殺してしまった女の子?そんな子いたんだ。
それはトラウマに····あれ?もしかして、私の事!!
ルディの聖痕の発現の暴走に巻き込まれた私は確かに重傷だった。長い間ベッドの住人だったことは認めよう。しかし、私は神父様の画策によって、聖騎士団にいる。
ワタシ、ココニイルヨ?
第6部隊長は頭が痛いのか、右手を頭に当てて、眉間に深々とシワが入り顔をしかめている。
そして、私の両腕がプルプルしてきた。これはどうすればいい?このまま手を離すと確実にルディの刀は聖女の首を切り落とすだろう。
ああ、足元から闇がジワジワと侵食してきている。あの聖女、なんていう事を口にしてくれたわけ?あの王様の事は絶対にトップシークレットのはずだ。
「従兄弟の方が亡くなったことは仕方がないと思います。だって、この世ならざるモノが相手だったのですから」
従兄弟?ルディの従兄弟ってファルの事?
「ファル様以外に従兄弟がいるの?」
思わず声に出してしまった。その私の言葉に答えたのはルディではなく、もう白色と言っていい顔色で双子の兄弟が首を横に振って答えてくれた。
「シュレイン様には聖女の私がついているのですから、何も悲観するとこはないと思います」
「え?その妄想で何を悲観するわけ?はっきり言って怒りしかないと思うよ?」
怒りというか、殺意しかないと思う。もう殺気を振りまいているルディから逃げたい。だけど、私がこの手を離せば、私の代わりに喜々として聖女の役目を担ってくれている彼女の死は確実だ。それは避けなければならない。
そう聖女という役目を喜んでできる人にやってもらわないといけない。
「貴女、突然現れて何?その方はこの国の王になる方なのです。貴女如きが軽々しく触れていい方ではありません」
「さっきから聖女様はおかしな事を言っているけど、この国の王様はスラ···白銀の王様なのに、次の国王の話をしていることが国から危険視されるって気がついている?」
すると聖女シェーンは私の言葉など意味がないと言わんばかりに朗らかに笑みを浮かべた。
「お城にいる国王は偽物でしょ?」
あ、詰んだ。