163 逃げ遅れたのは私だけ!!
お昼ごはんを作ろうとルディから離れようとしたけど、中々離してもらえず、私に食事をさせないとは何事かっと喧嘩腰に睨みつけてやっと解放されたところに、ファルが駆け込んできた。
もしかして、酒吞と茨木が問題でも起こした?
「シュレイン。最悪な事が起こった」
やはり、酒吞と茨木は辞退させた方がよかったのではないのだろうか。その肝心の酒吞と茨木の姿がない。あの二人は何をおこしたのだろうか。
「優勝者がシュレインを指名してきた」
ん?指名?『ご指名入りましたー!』の指名?
「第6部隊長が説得したが、優勝者はあのプルエルト公爵の孫だ」
ブタ貴族の孫が新人個人戦の優勝者だって?公爵の孫かー。
「それって八百長?」
私は思わず聞いてしまった。だっておかしすぎる。ゼクトなんたらかんたらは問題を起こしたから出ないかもしれないけれど、ゼクトにつけられたザインも出場したはずだ。はっきり言って、ゼクトもザインも教会にいた頃から普通にその辺にいる騎士よりも実力がある。だから、第1部隊に配属されたのだろう。
「アンジュ。八百長ってなんだ?」
あ。八百長も通じないのか。ファルがお前何を言っているのかという顔をしている。
「組み合わせが事前に決まっているのなら、前もって負けるように脅すことも可能だと思って、だってブタ貴族の孫だし」
「ぐふっ!ブタ貴族!」
ファルの笑いのツボが刺激されたらしい。
「そのブタ貴族の孫って人を見たことないけど、私がここに来る前に聖騎士団に入ったゼクトとザインって同期でも一位二位を争う二人だったから、私はてっきりザインが優勝すると思っていた」
流石のザインでも酒吞と茨木には勝てないと思うけどね。しかし、酒吞と茨木はどうしたのだろう。
「ツクヨミの旦那。客を連れてきた」
部屋の入り口にはその酒吞が立っていた。そして、酒吞は何故かルディのことをツクヨミの旦那と呼んでいる。理由を聞けば、怒らすと厄介だからだと言われた。そこは否定しない。
大柄な酒吞の後ろから、春の新緑を思わせる萌葱色の髪のほっそりとした女性が白い隊服を身につけた出てきた。
あれ?
その女性はにこりと笑ってこちらに近づいてくる。
「トーリ姉、生きていたんだ」
思わず声に出して言ってしまった。トーリは部屋は違っていたけど、ロゼと仲良くしていたので、よく声をかけてもらっていた。
だけど、聖水の儀式を行ったあと戻ってこなかった一人だった。
「アンジュ。久しぶりだね。噂は色々聞いているよ」
トーリはそう言いながらクスクスと笑っている。色々な噂って何!そして、少し離れたところでピタリと止まり、姿勢を正して敬礼をする。
「普通であれば、ありえないことなのですが、騎士ユーリスデイカー・プルエルトにより、第13部隊長への対戦が申し込まれました。優勝直後にユーリスデイカーから公の場で発言がされましたので撤回もできず、誠に申し訳ありませんが、ユーリスデイカーにご指導をよろしくお願いします」
トーリは発言のあと腰を90度に曲げてルディに頭を下げた。
「お断りします」
私からはルディの表情は見えないけれど、きっと胡散臭い笑顔で断っているのだろう。
「第13部隊は存在しない部隊ですから、私が公の場に出ることはありません」
すると、トーリは頭を上げて、困ったような顔をした。そして、ポケットから一枚の封筒を取り出す。
「私も隊長もそう説得したのですが、これを第13部隊長に渡すようにと公爵の押印がされた封筒を渡されたのです」
真っ白な封筒に赤い蝋で封蝋されたものを差し出してきた。恐らく封蝋された印が公爵の印なのだろう。
その怪しい封筒をルディは受け取り、私からは見えないが、中を読んでいるルディからは、なんとも言えない雰囲気が醸し出されている。逃げようにも私のお腹にルディの左手が回されているため、動くことができない。
そして、いつの間にか酒吞の姿が消えていた。周りを見渡すと隊員の4人の姿もいつの間にか消えていた。さっきまでいたじゃない!逃げ遅れたのは私だけ!!
トーリはこれを渡した張本人だから、耐えようとしているけれど、段々と息苦しくなる空気に、足が徐々に移動して行っている。そして、今は完全にファルを盾にしていた。
ああ、ブタ貴族は何を書いてきたのだろう。完全に魔王様が降臨されてしまった。しかし、これは八百長が確実に行われたようだ。ブタ貴族は何かの意図があって孫とルディを対戦させる構図を作りたかったのだろう。
「そうですか。そういうことですか。これは流石に駄目ですよね」
言葉は丁寧だけど、魔王様のお言葉は黄泉の国に引きずり込むぞと言っているように聞こえてしまう。
「仕方がありませんから、申し出を受けますよ」
私はここで魔王様のご出立をお見送りさせていただきます。そして、今日一日が無事でありますようにと、心から願うことにした。