162 袖の下
結局ルディは王様が置いていった魔石の山から選ぶことはなかった。今度、討伐命令が出たときに、私が討伐した魔物の魔石で作って欲しいと言われた。そこ私が討伐したっている?
そして、今日は公開演習がある当日。けれど、第13部隊はいつもと変わらず、ぽつんと一軒家に出勤だ。
ファルから聞き出したところ、午前中は部隊対部隊の集団訓練のパフォーマンスがあるらしい。こっそり見に行こうかとしたのだけど、ルディに捕獲されてしまったので、それは叶わなかった。
その後に今年入った者たちの個人戦があって、昼からが一番盛り上がる騎士の個人戦がある。因みに将校の個人戦は無いらしい。色々問題があるからだと言われているけど、駐屯地を空にするわけにはいかないので、半数の将校を常駐しておくためらしい。
「いいか。お前ら絶対に適当に負けろよ」
ファルにそう言われているのは、先日見習い騎士として、第13部隊に配属された酒吞と茨木だ。そう、本当に数日前に見習い騎士に登録された彼らも今年入った者の枠組みに入るらしく、個人戦に出なければならないらしい。
「え?負けるって癪なんだが?」
そう答えるのは、大太刀を片手に肩で担いでいる酒吞だ。
「そうですよ。意味がわかりませんね」
笑顔で意味がわからないと言っているのは茨木だ。それは、彼らにとって楽しいことではないからだろう。人であれば豪に入れば郷に従えと言えるだろうが、彼らは鬼だ。そもそも人ではないのに、人としての暮らしを強要している時点でかなり無理をしているのではないのだろうか。
言うことを聞かない二人の前で項垂れるファル。このやり取りはこれで5回目。
遠くの方から歓声が聞こえてくる。訓練場の中でも入り口に近い、コロッセオのような形の観覧席がある建物と第13部隊のぽつんと一軒家の間はかなり距離があるのに聞こえてくるというのは、大いに盛り上がっているようだ。
しかし、ここで攻防を繰り返していては、個人戦に間に合わなくなってしまう。要は二人をぶつけ合わせて引き分けにすればいいだけだ。
「ファル様。対戦相手っていじれないの?」
「無理に決まっているだろ!」
ファルからお前馬鹿かっていう表情をされながら言われてしまった。
「団長に袖の下を渡して、途中で酒吞と茨木を対戦させて引き分けにすればいいと思う」
「袖の下ってなんだ?」
おっ!ファルが乗ってきた?袖の下ってもちろん。
「甘いお菓子を渡すってこと」
「もしかして賄賂を送れって意味か!それは駄目だろ!」
あれ?袖の下って言い回しが分からなかっただけ?そうか、賄賂は駄目なのか。
「じゃ、参加しなければいいと思う」
そもそも、鬼の二人を参加させようとするからややこしいのだ。いっそのこと参加させなければいい。
「そうもいかないのですよ」
おや?私を抱えたルディから、駄目だという言葉が出てきた。
「これは伝統行事というものですから、よっぽどのことがない限り、不参加は認められません」
え?第13部隊は不参加なのに?私も骨折という理由で不参加なのに?
「ですが、フリーデンハイドに問題が起きそうだからと組み合わせの変更を願いましょうか」
おお!この聖騎士団の影の支配者に声を掛けると。確かにそちらの方がいいかも。絶対にあの侍従、団長を顎で使っているよね。
そして、ファルを保護者として鬼の二人は濃い灰色の隊服を着て出ていった。ファルの背中から俺が侍従に言うのか?という声が聞こえそうなほど肩を落として出ていったけど、ルディは今日は公開演習が終わるまで絶対に外には出ないと朝から宣言していたので、ぽつんと一軒家から外に出る気はないのだろう。
ルディに与えられた二つ名事件の被害に遭った貴族達がここに来るからかなぁと私は予想してみる。恐らくその事件後にルディが怪しい人に見えるような姿で外に出なければならない何かがあったのだろう。
そう、キルクスの街の中を歩いているときは黒髪のルディのままだったのだ。キルクスはよくて、他の場所はだめな理由。
逆に言えば、神父様がいるキルクスではルディが不安に思っていることが起きないと無意識に思っているということ。
それが、何かは私にはわからないけれど、何も無ければそれでいい。
相変わらず、第13部隊は暇だね。周りを見渡すとヴィオが怪しい毒を作り出そうとしているのが視界に入ってきた。今日もヴィオの弟が宿舎に来たらしい。
私はふと思った。これは来るなと言いながらも姉に構ってほしい素直になれない弟なのではないのだろうかと。
いや、貴族に関わるとろくなことが無いのでそっとしておこう。