153 恋心
私が跪いている第12部隊長さんに、本当にこれで良かったのかと尋ねようとすれば。ルディに子供のように抱えられ、そそくさと足早にその場を離れようとする。
「ルディ。ちょっと待って!」
「アンジュ。長いしすぎても、王都に戻るのが遅くなるだけですから、早くここを出ましょう」
そうなんだけどね。あまり長いしすぎても遅くなるのはわかるけど····第12部隊長さんに本当に良かったのかという確認を取っておきたいのに!
サクサクと歩くルディの後ろからはファルがついて来ているだけで、他の人達の姿はない。
「ねぇ、本当にあれで良かったの?」
私はルディとファルの二人に聞いてみた。ロゼもリザ姉も口パクで『聖騎士に認めるって言うのよ』と言っていたけど、相手は部隊長だ。これは私の指揮下に第12部隊が入ってしまうと捉えかねない。絶対に駄目だと思ったのに····なんでロゼもリザ姉もあんなことを言ったのだろう。
「あれでいい」
ルディが即答してくれたけど、なんで?絶対に駄目だと思うのに。
「なんだ?アンジュ。納得していないのか?」
ルディの後ろを歩いているファルの言葉に私はルディ越しに頷く。納得だなんてできるはずもない。
「いいか?本来なら国に上げるべき案件だってことはわかっているのか?」
まぁ、わかっているよ?太陽の聖女だからね。
「今回はヴァルトルクス第12部隊長の個人の判断で、口封じが行われた」
それは、助かったと思っている。監禁されるのは絶対に駄目だ。
「全ての責任は己が負うという意味だろう?」
ん?ちょっと意味がよくわからない。口封じの責任を負うことが、聖女の聖騎士になること?
「ヴァルトルクスもアンドレイヤー家の者として思うことがあるのかもしれないが、今回発生した常闇の大規模な拡大に、異形なる者の出現。それに対処しきれなかったことに対しての責任と、普段は聖女の聖痕は存在していないが、王族の婚約者としているアンジュに忠誠を誓うという立場を通すという意味合いだろう」
え?全く意味がわからない。どうしてそうなるわけ?アンド家が関係する?あれ?アンド家って、さっき聞いた名前。
あ!王様を暗殺した公爵家!
ということは、私のことを黙っておいてやるから、王様の暗殺の件はチャラにして、第12部隊長が王家に忠誠を誓うことで、その責任を第12部隊長が背負うってこと?それは何か違うと思う。
一方、第一副部隊長室にて
「隊長!やりましたね!」
ローズ色の髪と目を持った20歳ぐらいの女性が床に跪いたまま動かなくなったは紺青色の髪の男性に話しかけている。しかし、男性はピクリとも動かず、返答もしない。
「あら?感動のあまり固まってしまったのかしら?」
鮮やかなオレンジ色の髪の女性が夏の空のような色の瞳を細め、動かなくなった男性に向けている。
その後ろでは、なぜこのようなことになったのかと、淡い金髪の頭を抱えている男性がいる。
「隊長。アンジュは甘いものが好きだから、餌付けするといいですよ」
「そうね。キルクスの『レメリーゼ』はアンジュちゃんのお気に入りの店ですよ」
二人の女性は動かなくなった男性に、指定した店の物を買って、餌付けをすればいいと言っている。彼女たちはその男性に何を求めているのだろうか。
「ちょっと待て!お前ら、隊長を殺す気か?そんな事をすれば、シュレインに殺されるだろう!」
金髪の男性はそんな二人を止める言葉を言っているが、その内容は物騒過ぎる言葉だった。それは、甘い物を贈るだけで、隊長は殺されると言っているのだ。
「あらあら、大丈夫よ。ギルフォード」
「大丈夫。大丈夫」
ギルフォードと呼ばれた男の言葉に二人の女性はそうとはならないと言う。ただ、他人事にも聞こえてしまう。
「何が大丈夫だ!お前ら!シュレインを甘く見過ぎだ!隊長!この二人の言ったことを実行しないでくださいよ!隊長もシュレインの逸脱した力を知っていますよね!」
ギルフォードは軽く考えている女性二人よりも、己の上官を説得したほうが早いと思い、固まって動かない男の元に足を進め、尋ねてみた。
しかし、反応がない。
「ギルフォード副部隊長。第13部隊長がヤバイっていうぐらいは知っていますよ。でも大丈夫です」
ローズ色の女性は堂々と言い切った。そして、その言葉に擁護するかのように、オレンジ色の髪の女性も言い切る。
「そうよ。ギルフォード副部隊長。誰も隊長がアンジュちゃんに恋心を抱いているなんて考えないわよ?」
「こ···恋心?」
ギルフォードは思っても見なかった言葉を耳にした。自分達の隊長がアンジュに恋心を?確かに陥落したとは聞いていたが恋心とは····と、ギルフォードの顔色がだんだん青くなってきた。これは本当にただでは済まないと。
「大丈夫。だって隊長には私とロゼがついているのよ?今回のお礼だって、アンジュちゃんの好きな甘い物で釣ればピヨピヨ付いてくるわよ?」
「ピヨピヨ···」
「第13部隊長って無意識にアンジュちゃんと同じ部屋だった子達を敵視していないのよねー。甘いわね」
第13部隊長の敵は案外近くにいたようだ。アンジュに魔王と揶揄されている第13部隊長でも隙をつかれることはあるだろう。
「恋心ではない」
復活した紺青色の髪の男性が立ち上がった。それも今までの会話は全部の聞こえていたようだ。
「あら?隊長、またアンジュちゃんに名前を呼ばれたいでしょ?」
その言葉に隊長と呼ばれた男性は、耳まで赤くし片手で顔を覆ってしまった。男性は恋心を否定はしたものの、この国で神聖視される銀髪の少女から名を呼ばれることは否定しないのであった。




