150 勿論デートですよね?
「さて、アンジュの聞きたい話は話せたと思いますが、他に何かありますか?」
「聞きたかったのは太陽の聖女のことで、王家と高位貴族の確執の話はいらなかったと思います」
神父様の言葉に私ははっきりと言った。胸くそが悪くなるだけの話は必要無かった。
「おや?アンジュはシュレインと婚約しているのですから、必要だと思ったのですけどね」
····ん?これは私が王族に入ると言われている?いやいやながら、婚約は認めた。けれど結婚となると···ちょっと待って!怪しい後付の誓約書があったよね!あれは私が王族になるという事も含まれている?いや、婚姻しなければならないということだけで、王族云々の記載は無かった。···はず。
「ねぇ。私って王族に入ることになるの?」
私を抱きかかえているルディに···振り返れないので、顔を上に向けて上目遣いぎみに聞いてみた。
「そうですね」
その言葉を聞いた瞬間、思わずルディから距離を取ろうとしてみたけれど、ガッチリと抱え込まれて身動きを取ることができなかった。
そして、余計にルディの力が増していく。ヤバいこのままだと絞め殺させる。
「アンジュ。王族は嫌だなぁ。自由がなさそうだもの」
そう言って上目遣いにへろりと笑ってみた。
すると、神父様から『今とあまり変わりませんよ』と突っ込まれてしまった。その言葉にどの口がいうのかっという意味を込めて神父様を睨みつける。教会に来てからというもの監視される環境だったよね!
「アンジュはかわいいですね。王都に戻ったらデートに行きましょうか」
ルディからデートに行こうかと誘われたけれど、そういうことじゃない。もう少し自由に···いや、そもそもルディと結婚をする時点で自由がないような気がしてきた。ルディと結婚しなければならないのだろうか。
私が遠い目をしているとルディから私に追い打ちをかける言葉が出てきた。
「先日、兄上に王族から退く許可を願い出ましたが、断られてしまいました。兄上が大分粛清をされたので、王族と呼ばれる者が3人しかいない状態では、アンジュのお願いは叶えられないのが現状ですね」
白銀の王様!!殺しすぎ!その3人の内二人はこの場にいる神父様とルディってことだよね!侍従は王家の直系の血が入っていないからはずされているのだろう。
でも、ルディは王族から抜ける気があったんだ。それがわかっただけでもよしとしますか。私が王位が欲しいと言い出さない限り、兄弟で争うことはなさそう。もしそんなことになれば、本当に血の雨が降ってきそうだよね。
「ああ、それからアンジュ。帰りに第12部隊の駐屯地に寄ると思いますが···」
神父様がニコニコとした笑顔で話を変えてきた。
確かにワイバーンを預けているので、第12部隊の駐屯地には寄るよね。
「ギルフォードが文句を言いたいそうですから、第一副部隊長室に出頭しろと言っていましたよ」
「誰ですか?ギルって」
神父様が名前を言っているということは、この教会の出の人なのだろうけど、第12部隊に文句を言われる筋合いはない!
「アンジュ、俺たちの同期のギルフォードだ」
ファルはそう言うけれど、あまり接点がなかった人は記憶していない。首を傾げていると、何故か背後から不穏な空気が!!
「よくアンジュとリュミエール神父が出掛けているのを目にしていたようですよ。二人でどこに出掛けていたのですかね」
ルディのイライラが伝わって来るように、背中にルディの魔力が突き刺さってくる。ルディ、魔力循環が滞っているよ。
「それは勿論デートですよね?アンジュ」
「ふぉっ!!」
神父様からとんでも無い言葉が出てきた。あれは決してデートというものではない。ご褒美にケーキを奢ってくれるという言葉を舌が乾かぬうちに、『今から午後の指導があるのでまた次回ですね』と言い切った神父様の腕を捕獲して、無理やり連れ出してケーキを奢らせたことの何処がデートだと!!
「私にはアンジュは死んだと言っておいて、御自分はアンジュとデートしていたのですか」
うおぉぉぉぉ!背中からなんとも言えない恐怖感が迫ってくる!横目でファルに助けを求めようとも、その姿を確認することはできず、空気の様に存在感を消していた酒吞と茨木の姿も消えていた。
私だけ取り残された!!
「シュレイン。デートと言っても、二人でケーキ屋に行ってケーキを半分にして交換して食べたり···」
それは私があれもこれも食べたいと言い続けたことで、店のおやじが神父様が注文したケーキと私が注文したケーキを半分ずつにして出してくれただけで、初々しいデートみたいな状況じゃなかった。
「門限になっても帰ってこないアンジュを迎えに行ったこともありましたし」
あ、うん。それは色々問題があって門限に間に合わないことがあった。死屍累々が横たわる地面をニコニコとした笑顔で踏みつけて来る神父様に脱兎のごとく逃げるのは本能というものでしょ!
「雨の中で泣いているアンジュを慰めたこともありますよ」
「あれは泣いてないって言ったよね!」
まさかドラゴンの魔石が高額すぎて取り引き不可能と冒険者ギルドからの言葉に、怒りのまま雨の森の中で叫んでいたら、神父様に見つかってしまって、ドラゴンを倒したことへの説教が始まってしまった。子供を助けたのに怒られるのは理不尽だと泣きながら叫んだの····いや、あれは雨。そう、雨だったよ?
「アンジュとリュミエール神父は楽しそうに過ごしていたのですね。私があんなに苦しんでいたというのに」
ヤバい。ヤバすぎる。後ろを振り向くのが恐ろしいぐらいの圧迫感と憎悪と怒りをヒシヒシと感じる。
神父様!なんでルディの機嫌を損ねるような事を言ったの!
くっ!ここは心を無にして挑まなければならない。
「るでぃ。アンジュと一緒にケーキ屋さんに行こう」
振り向いて言っているものの私の目は何も映さないように細めておく。私には魔王様を目に映す勇気が無かった。
「好きなだけ買ってあげよう。店のもの全部でもいい」
「そんなに食べれないから」
機嫌が戻ったルディは私を抱えたまま立ち上がって、サッサと出口に向かって行く。神父様に帰るって言ってないよ···無視ですか。
ルディ越しに神父様を伺い見ると、いつも通りの胡散臭い笑顔で手を振っていた。あの笑顔の下にはどれ程の感情を押し殺しているのだろう。
そして、私は育った教会を後にしたのだった。