145 第一王子と王太子とその婚約者
「私の義兄といっても、母親の身分は低く、庶子として扱われていたのです」
これは、貴族あるあるのメイドに手をしてしまったら、できてしまったというパターンということだろうね。
「王位継承権は、義兄よりアイレイーリス公爵の方が上でしたから、義兄が王位に付く可能性は皆無でした。だからでしょうね。立ち場として自由であり、身分も母親の実家と同じ男爵位が与えられることが決まっていた義兄を泣き落として、王城から抜け出したのですよ」
おお!公爵令嬢はすごく大胆な行動に出たみたいだけど、本当にそれは成功したのだろうか。私が言うのもなんだけど、この世界で何もない状態で生きていくのは、かなり厳しい。だから、私は知識と力を得ようとしたのだけど。
「アイレイーリス公爵令嬢は北の帝国に逃げようとしていたようですが、忍びながらの行動には限界がありますからね。2ヶ月後に王城で発見されました」
「早っ!それも王城から出てない!え?そもそも逃亡していないよね」
それは城の中で潜伏していたと言い換えたほうがいいと思う。確かに外から見た王城は大きいので隠れ住む場所ぐらいはあるかもしれない。
なんでそのまま王都の外に行かなかったのだろう。居なくなったことがバレてからの方が行動が取りにくいはず。
「アンジュ、人の話はきちんと聞きなさい。王城から抜け出したと言いましたよ」
はい、言っていました。ごめんなさい。
「その日はエスタニア帝国の使者が訪問していくる日だったのです···」
まぁ、神父様の話を要約すると、この訪問に合わせて、公爵令嬢は帝国と密約を交わしていたらしい。庶子である第一王子と駆け落ちをするために手を貸してほしいと。その代償として、『常春の弓』を渡すと条件をだした。
『常春の弓』とは弓の弦を鳴らすことで、春を呼び込むと言われている魔道具だ。しかし、一部地域しか春を呼び込めない魔道具であり、その反動が周りに大きな影響が出る魔道具だったために、王城の宝物庫に厳重に管理されているものだった。
公爵令嬢と第一王子は王都の下町に潜伏していたらしい。それは公爵令嬢の使用人の勧めで、2ヶ月の間は見つからずにいた。そして、その『常春の弓』を手に入れるために王城に忍び込み、宝物庫から盗んで帝国の使者と合流して、そのまま帝国の団体に紛れて帝国に向かおうという計画だったらしい。
そんなもの厳戒態勢が敷かれている王城に忍び込んだ時点で捕まるに決まっている。本来であれば、その場で二人共処刑をされていてもおかしくはない状況だった。しかし、一人は王の血を引いた第一王子であり、もう一人は月の聖痕を発現した公爵令嬢だ。第一王子は放逐して、国王と王妃の子であった第二王子の婚約者といて元の鞘に収めようとしたところで、更に問題が発覚したのだ。
なんと公爵令嬢は第一王子の子を身ごもっていたというのだ。そして、生まれてきた子供があの白銀の王だったのだが、これもまた問題を起こしたのだ。
そう、200年前の聖女と同じ白銀の髪の子が生まれてきたしまったことで、何が起こったか。
公爵令嬢の本来の婚約者であった神父様は王太子の地位から降ろされ、庶子であった第一王子が王太子となり、その妃として公爵令嬢が充てられた。いや、公爵令嬢と第一王子との血で白銀の子が生まれてきてしまったために、新たに子を作るために充てがわれた婚姻だった。
そこに愛があれば良かったのだろうが、公爵令嬢は第一王子を利用しようとしていただけだったので、そこに愛情というものは無かった。そして、第一王子も今の庶子としての肩身の狭い状況から解放されるのであればと、公爵令嬢の愚策に乗っただけだった。
そう愚策。冷静に考えれば、その計画は破綻することが目に見えていた。だが、公爵令嬢は天使の聖痕が現れてしまったことで冷静さを失い、第一王子はいつも余裕な顔でいる第二王子に一泡吹かせることが出来ればという浅はかな考えがあったからだ。その延長上で二人は身体を重ねてしまったらしい。
そして、王太子となった第一王子と月の聖女との間に生まれた第二子が、ルディだった。これは王城を揺るがす大事件だった。そう、漆黒をまとっていたからだ。
月の聖女はルディを見た瞬間に半狂乱になってしまった。だから、月の聖女はルディに触れることは、ただ一度さえなかったという。
この事でまた高位の貴族共が動き出してしまった。己たちの血と月の聖女の血を混ぜようとしたのだ。
神父様は言葉を濁したが、毎夜月の聖女の元に高位貴族共が押しかけてきたということだ。
そして、生まれてきたのが、あの澄ました顔の侍従だった。
ここで第一王子が王太子としか語られていないことに気づいているだろうか。彼は庶子だったが故に、高位貴族共に王位に立つことが認められなかったのだ。王太子であるにも関わらず。
だから、王位には先代の父王がそのまま王位についており、20年前に王が崩御されたときに、王位についたのはわずか8歳の白銀の王だった。
父親の王太子と月の聖女はどうしたかというと、白銀の王の戴冠式の式典の時に大勢の貴族の前で毒杯をあおり自決した。なんとも身勝手なと人々は言ったが、それは彼らなりの高位貴族に対する抵抗だったのだろう。
庶子であるが故に、王族としての力は乏しく、高位貴族の言いなりになってしまった第一王子。月の聖痕が発現してしまった所為で人生を狂わされてしまった公爵令嬢。
自決した彼らは王族から抹消され、王家の霊廟に入ることができずに、その死体は無縁墓地に打ち捨てられたということだ。
なんと貴族の者たちは身勝手なのだろうか。
きっかけは公爵令嬢に現れた天使の聖痕だったが、なぜそこまで高位貴族たちが口を出し、横暴な権力というものを振りかざすのだろうか。本当に聖女という偶像物に狂信しているようだ。いや、聖女という者を壊したいのだろうか。




