142 神父様を籠絡?!え?無理
私とルディは教会の子供たちに混じってせっせと聖水作りに励んでいた。そして、時々ノルマが終わった下の子達が近寄って···いや、微妙に距離をとって話かけてきた。皆一様に『どうして生きているのか』と聞いてきたのだ。失敬な子たちだ。
そして、また私に近づいてくる人物がいる。
「アンジュ!どうやってリュミエール神父様を籠絡したの?」
そう声を掛けてきたのは、私と同い年の子だけれど、何かと私に突っかかってくるセレーネだ。彼女も親に売られてきた子だったけれど、彼女は普通とは違い10歳の時に親を亡くして親戚の人に連れられて来た子だった。だから、世間というものを知っている子だ。
貴族の子供達に媚を売って、身なりを整え自分の美というものに気を使っている。朝早く水汲みという重労働をしたあとに、訓練をしなければならないというのに、金色の髪を綺麗に巻いて、化粧までしているのだ。
そんなセレーネからとても恐ろしい言葉が聞こえてきた。籠絡って何!そんな事が神父様に通じるはずないじゃない!
「してないけど?」
私は真顔で答える。しかし、セレーネからは私の言葉を否定する言葉が出てきた。
「そんなわけないじゃない!あのあとベントが聖水の儀式に選ばれたけど、教会の祭壇前で血を吐いて倒れていたのよ!」
ああ、きっと彼は誓約の何かに障って、死を与えられたのだろう。例えば、夕刻に出て行くということを反故したとか。
「それは神父様は関係ないから、そのベントが愚かだっただけ」
「そうやって、アンジュはいつも上から目線で言うのね」
上から目線?私は本当のことしか言っていない。あー。何だか隣から不穏な空気が感じられるよ。
隣に気を取られていたら、結い忘れた長い髪をセレーネに掴まれてしまった。
「小汚い格好していた、あんたがさぁ。聖騎士になったからと言っていい気になって、一番弱いアンジュの癖に····ヒィッ!」
隣から刀を抜く音が聞こえたために、その右手を押さえ、刀を抜くことを阻止したのに、左手がセレーネの整えられた髪を掴み地面に押し付けていた。
「ルディ。こんなのいつものことだから、構わなくていいよ」
セレーネの頭を地面に押し付けているルディに言う。いちいちこんなことで相手にしていたら、きりが無いので受け流すのが一番いいのだ。それにセレーネがこんなに強気に出られるのは、名前は忘れたけど、公爵家の坊っちゃんのお気に入りだからだ。
ほら、偉そうな坊っちゃんがやってきた。ああ、面倒くさい。
金髪をふさっとなびかせて、背後に取り巻きを引き連れ、キラキラした衣服を着た同じ歳の公爵家の坊っちゃんだ。何かと俺は公爵家の人間だ!と偉そうに周りに言っているのだ。
「貴様!その汚い手をセレーネから放せ!」
え?それをルディに言うわけ?てっきり私に突っかかってくると思っていたのに、白い隊服を着ているルディに?こいつ馬鹿なの?いや、以前から馬鹿だと思っていたけど、ここまでとは···。
「小汚い黒色なんて、聖騎士は魔物でもなれるのだな」
はぁ?!
私はカツカツと踵を鳴らして歩いて行き、公爵家のお坊っちゃんの頬に向かって裏拳をかます。
「ぐほっ!」
そんな声を漏らしながら、横に飛んでいくお坊ちゃん。地面に横たわったお坊っちゃんの背中を足で踏みつける。
「ゼクトも馬鹿だったけど、あんたも馬鹿だね。誰に暴言を吐いたかわかっているわけ?私に言うならまだしも、ルデ「アンジュ!お前ら何をしているんだ!」···」
水汲みから戻ってきたファルが慌ててやってきた。言い足りないけど、仕方がなくお坊っちゃんの背中から足を下ろす。
「そこのお前、よく止めてくれた」
右頬を押さえながらお坊っちゃんはファルに向かって言ったのだ。私は今度は左頬に裏拳をかます。
「貴様!何をする!」
私の行動をファルが止めるかと思いきや、ファルはルディの側に寄って、落ち着くように説得をしている。どうやら、坊っちゃんは見捨てられたようだ。
「何って?馬鹿は叩いたら治るかと思って」
「馬鹿とは何だ!俺はアンドレイヤー公爵家の者だぞ!平民の癖に公爵家の者に歯向かって、ただで済むと思っているのか!」
あ、うん。アンド公爵家ね。わかったけど、多分忘れると思う。私はルディを説得し続けているファルの元に行って、腕を引っ張っていく。
そっちが身分を出してくるなら、誰に偉そうに言ったのか理解してもらおうじゃないか。
「ファル様、自己紹介お願いします」
「え?いや、一度しているし、アンドレイヤー家の5男だろう?」
5男···微妙だ。5男ともなると、自分で生計を立てないといけないのではないのだろうか。だから、聖騎士志望なのか。
「自己紹介しているのに、ファル様に偉そうな態度をとったの?」
この坊っちゃん、マジで駄目な奴だった。いやでも、ファル様にも問題があるのでは?
私はジッとファル様を眺める。
「なんだ?」
「ファル様が公爵らしくないのも悪いのかと」
「アンジュ!お前なぁ····それよりも、シュレインを止めてくれ、あの少女はもう意識を失っている」
ああ、きっとルディの暴力的な魔力に耐えきれなかったのだろう。ここに居てもヒシヒシと感じている。
ここは私の家でもあるけれど、いい思い出ばかりではなく、この国の縮図のような空間で、貴族の者たちとなるべく関わり合うことがないように過ごした場所でもあった。