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閑話 ある日の教会の朝 1

 凍りつくような冷たい風が吹き荒ぶ中、教会の裏の森の中を流れている小川から子供たちが手を赤くしながら水を汲み上げている。桶の取り手を持ち桶いっぱいに水を入れ、それを何処かに運んでいる。

 年齢はさまざまだが、皆一様に灰色の衣服を身にまとっている。まだ、日が昇り切っていない時間だというのにだ。


「アンジュ。それ何回目?」


 濃いピンクの髪を頭の横で、2つに結った少女が銀髪の幼女に声をかけた。4、5歳程だろうか。そんな幼い子供までもが、桶いっぱいの水を汲んで運んでいるのだ。


「13回目だよ」


 銀髪の幼女は鼻の頭を赤くしながら右の指を3本立てた。しかし、この作業を幼子が13回とはキツくないだろうか。


「で、昨日は何をしでかしたわけ?」


「冒険者ギルドで乱闘騒ぎがあった」


 これは冒険者ギルドでの乱闘騒ぎに巻き込まれたということだろうか。


「ふーん。で、リュミエール神父様に連れ戻されて、お仕置きで水汲みは何回になったの」


 お仕置き。これはどういうことだろうか。


「20回だね」


 アンジュは水がいっぱい入ったの桶の取っ手を持って、まるで空の桶を持っているかのようにスタスタと歩き始めた。


「ちょっと待って!」


「ロゼ姉、まだ何かよう?朝食の時間までに後7回汲みに来ないといけないのだけど?」


 呼び止められたアンジュは不機嫌そうにロゼと呼んだ者を振り返って見る。


「なんで、そんなに軽そうに持てるの?それも水もこぼれていない」


 確かに疑問に思うことだ。あまりにも不自然な動き。まさか、水を汲んだ振りでもしていたのだろうか。


「結界を作って、その上を滑べらせていってるだけ」


 アンジュの説明にロゼは首を傾げている。その姿にアンジュはため息を吐きながら、下に落ちていた小石を拾い、桶の近くに落としたのだった。するどうだろう。地面に落ちるはずの小石が空中で転がり出したではないか。そして、ある一定のところまで転がると地面にポトリと落ちた。


「桶の蓋の結界と桶を滑らす結界。それを動きに合わせて張り続ければいいの」


「ごめん。わかんない。でも、相変わらずアンジュがおかしいってことだけわかった」


 酷い言われようだが、アンジュにとっては大した言葉ではなかったのだろう。ロゼが理解できないことがわかったので、そのままスタスタと歩いていく。教会の裏側まで歩いて行った先では、そこにも多くの子供たちがいた。しかし、水を汲んでいた子供たちより見ただけでも分厚い生地に立派な刺繍が施された外套を着ている子供たちが多くいる。

 灰色の衣服の子供たちが孤児で、見るからに裕福そうな衣服を着ている子供たちが貴族の子供なのだろうか。あまりにも着ている衣服に差がありすぎる。


 そして、アンジュは25mプールの横にある浅瀬の子供用のプールの様な水場に桶の水を流し込む。桶一杯分の水など、広い水場に入れても何も変化が無いに等しい。

アンジュはあと7回分の水を運ぶために踵を返す。

 しかし、またそのアンジュを引き止めるモノがいる。


「アンジュ。朝食を一緒に食べよう」


アンジュはため息を吐きながら声をかけた人物を振り返る。そこには黒髪黒目の15歳ぐらいの少年が立っていた。


「るでぃ兄。先に食べているといいよ。私はあと7回水汲みにいかないと駄目だから」


「え?もう13回は汲みに行っていたよな」


 ルディ兄と呼ばれ者はアンジュが何回行ったか数えていたようだ。幼い子が水汲みをしていたので目に付いてしまっただけだろうか。


「昨日の事で、神父様に追加されたの」


「昨日のあれは、アイツらがアンジュに突っかかって来ただけで、アンジュは悪くないよな!リュミエール神父にちょっと言ってくる」


 どうやらお仕置きとしては過分だとルディは感じたようだ。そう言葉を残してアンジュの側を離れて行き、アンジュは再び小川に向かって歩きだす。

 そのアンジュの横に同じ灰色の衣服を着た少女が寄って来る。鮮やかなオレンジの髪が目を引く12歳程の少女だ。


「アンジュちゃん。昨日のあれって、また、色々言われたから手を出しちゃったって感じなの?」


「リザ姉。あの場に居たから知っているよね」


「かなり騒ぎになって、リュミエール神父様の後に付いて行っただけよ。敵わないってわかってるのにリュミエール神父様に蹴り入れているアンジュちゃんしか見てないわ」


 リザの話からすると、冒険者ギルドの乱闘騒ぎを収めたのはここの教会の神父のようだ。


 しかし、なんだか話が食い違っている感じがする。ロゼとリザの話から神父が止めに入ったことは事実として受け止められ、アンジュはお仕置きをされるほど暴れたように感じ取れる。だが、ルディの話だとアンジュは悪くない言い方だった。


「で、結局何があったの?」


「んー。王都から『ろ··ろあの?』···『ロベル?』忘れたけどAランクの冒険者が来ていてね」


「『ロザーンジュ』ね。相変わらず、名前を覚えられないのね。かなり有名な4人組の冒険者の名前ぐらい覚えておいたほうがいいわよ」


 王都より南側にあるキルクスでは真冬でもあまり雪が降らず、雪で埋まる王都よりは幾分冒険者として仕事があるであろう、南側のキルクスに有名なAランクの冒険者が足を運んだのだろう。

 そして、アンジュとそのAランクの冒険者たちと揉め事を起こしたという話だと····いや、ここでおかしいことに気が付かないのだろうか。リザは冒険者のチーム名のことにはアンジュに対して苦言を呈しているが、アンジュは乱闘騒ぎと最初に言っていた。

 5歳ほどにしか見えないアンジュとAランクの冒険者との間で乱闘騒ぎなど起きる要素は皆無だ。だが、最初に話をしたロゼにしろリザにしろ、乱闘騒ぎのおかしさには突っ込まないのだった。



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