136 「え?私、殺される?」
今、神父様からおかしな言葉が聞こえた。しししし神父様が私に命と剣を!!!
「え?私、殺される?」
「なぜ、そうなるのですか?」
顔は笑っているけれど、呆れたような声で言われてしまった。そして、すっと立ち上がって、流れるような動きで私から距離を取った。私の右手の先には片刃の刃が存在している。その持ち主は魔王様降臨一歩前のルディだった。
これはもしかしなくても、神父様の腕を切ろうとしていた?
『うぉぉぉぉぉぉぉ』
攻撃が止んだため大天狗が体制を立て直そうとしてるのだろう。再び叫声が耳を塞いだ。しかし、死の鎖が巻き付いていることには変わりない。
「神父様。さっきの言葉を後で詳しく教えてください。多分、常闇を閉じたら私は眠りにつくから」
これは先程言っていた言葉に由来するのだろう。そして、刀を鞘に戻しているルディに尋ねる。
「今日の彼女は何処の管轄だった?」
「第6部隊の担当です」
第6部隊の駐屯地はここから北西にある。ならば…。
「帰りはそっち経由で帰ろう」
確認はしておかないといけない。私は巻き付いた木を···いや、私の目には死の鎖を断ち切ろうとしているように見える大天狗に手を掲げる。
世界に囚われる前に元いたところに還れ。
大天狗がいるところを中心に足元の奥深く広大に広がる常闇をこの世界から排除するように闇を光で満たしていくように、狭めていく。
頭上の聖痕が熱を帯びて光が強くなってくる。神父様はソールのスティグマと言った。太陽の聖痕。天使の聖痕ではなく。太陽と言ったのだ。
これは恐らく聖女のあの少女の聖痕は月の聖痕と呼ばれるのだろう。月は太陽の光を受けなければ輝かない。だから彼女の天使の聖痕は光っていなかったのだ。私が太陽の聖痕を隠していたから。
太陽の光を受けて輝く月のように、彼女は私の魔力を使って力を振るう。最低だ。
きっと今の彼女は大いに輝いていることだろう。私の力を受け、力を行使する聖女シェーン。ならば、彼女自身の力はどのようなものなのだろうか。いや、私には関係のない話だ。私は必要としない限り天使の聖痕を表に出すことはない。
それは彼女自身が努力して身につけていかなければならない話だからだ。
足元の常闇が渦を巻きながら徐々に狭くなってきている。それに伴い地面に沈み込んでいく大天狗。
その状況に慌てだしたのは勿論、地面に沈んで行っている大天狗だ。無理矢理にでも巻き付いた木々を引き離そうとしている。
暴れられるのは困るな。このまま元の場所に帰って欲しいものだけど。
「ねぇ、意識だけ刈り取れないかなぁ。飛び立たれると困る」
カラス天狗だったモノは酒吞と茨木に駆逐されたけれど、大天狗の背には再び大きな黒い翼が生えており、バタバタをもがいている。
「じゃ、これでも投げてみるか」
どこからともなく酒吞は以前私が渡したままだった巨大な斧であるバットルアックスを取り出していた。
え?何処から取り出したの?
いや、今はそんなことより大天狗にそのままお帰り願うことが先決だ。
「それでいい!」
私は視線だけを酒吞に向けてお願いをした。その言葉を受けた酒吞は勢いよくバットルアックスを投げつける。すると回転しながらバットルアックスは大天狗の脳天に直撃した。いや、私は殺して欲しいとは言っていない。
あの可愛らしい牛若丸(仮)の後悔して泣いている姿が目に浮かぶ。くー!手が離せないというのに!
左手で巨大な水球を作り、その中に毒の聖痕で作った回復薬もどきを入れ、頭に斧が突き刺さってピクピクしている大天狗に投げつける。
大天狗の頭上で水球を割る。滝のように流れ落ちる水に押し流されるように地面に沈み込んていく大天狗。意識を失った大天狗は抵抗することもなく常闇に飲まれて行った。そして、後は一気に力を叩きつけるように常闇を光で満たし、閉じていく。そして、パシュンという音と共に黒い霧が溢れていた空間が閉じていった。
「ふぅー」
大きく息をはき出す。きっとあの大天狗は牛若丸(仮)と会えることだろう。私は天使の聖痕に手をかける。
あ、その前に言っておかないと。
「さっきも言ったけど、私は今からぶっ倒れるから、その間ファル様に森を元通りにしておいて欲しいのだけど、回復薬いる?」
ファルがいたところに視線を向けて聞いてみたけど、肝心のファルの姿が見当たらない。視線を下に向けてみると、頭を下げて跪いているファルがいた。
「ご命令とあらば、拝命いたします」
あ、いつかのルディと同じでファルも壊れた。
「いや、命令じゃないし」
天使の聖痕を持っているとわかれば態度を変えるのをやめてほしい。本当にこの聖痕は邪魔だと、私は右目に聖痕を隠した。
ガクリと膝が崩れる。が、誰かに支えられた。はぁ、またしても私が使った以上の魔力が無くなっている。根こそぎ持っていかれてしまった感じだ。
誰か、彼女に魔力の使い方を教えてあげてよ。