130 黒髪の美少年
「いいかアンジュ。ここから絶対に動くなよ。絶対にだ!」
私はルディに念押しをさせるように、大木の側に立たされた。わかっているよ。だから、瞳孔が開いた目で念押ししなくてもいいよ。
この先には、騎士とカラス天狗が戦ってはいるが、私から見ればどちらかというとカラス天狗にもてあそばれている感が否めない。
空を飛ぶカラス天狗に剣が届かないので、魔術を用いて戦っているが、軽くあしらわれている。いや、馬鹿にされている?日本語で『アホー』と鳴いているのは気の所為だと思いたい。
「わかった。この木の側から動かない」
「空を飛ばない。剣を振り回さない。攻撃しない」
えーそれはちょっと行き過ぎだと思う。
「自己防衛は認められるべきだと思う」
「····無闇矢鱈に攻撃しない。何かあれば転移の腕輪で転移をしてくること」
「わかった」
ルディは微妙に納得していない感じで、ファルを連れて、騎士たちがいる方に向かっていった。
ルディは私を戦わせたくないようだ。まぁ、今までに色々やらかしてしまった感はあるので、仕方がないか。
私は先程神父様からもらった紙袋を取り出し、焼き菓子を一枚口の中に放り込む。うん、レメリーゼの親父の腕もここ数年でかなり上がった。最初はボソボソの自然の味クッキーしか商品がなかったお店だ。自由に街の中を行動できるようになってから、散々通って親父をビシバシ鍛えた甲斐があり、豊富な商品が陳列するまでになった。元々の才能があったのだろう。今では商品開発に意欲的でキルクスで一番有名な菓子屋までになった。
このお菓子も秋の新商品としてイチオシで売り出したのだろう。ん?私はふとお菓子を頬張りながら大木を見上げた。
···何かがよだれを垂らして、木の上から私の方を見ている。目を凝らしてよく見ると····牛若丸がいるし!!黒髪の美少年が髪を一つに結い、恐らく水干と呼ばれる衣装を着ているように見える。ここにはカラスの姿をしたカラス天狗だけで、牛若丸はいないと思っていたら、木の上で高みの見物をしていた!
「『食べる?』」
私は焼き菓子を一枚取り出して聞いてみる。すると牛若丸は素直に木の上から降りてきて、よだれを拭いながら手を差し出してきた。その手に1枚の焼き菓子を置く。その焼き菓子を両手で持って、ポリポリと食べだす牛若丸(仮)。
か··かわいい。
しかし、スチルには黒い翼があったけれど、目の前の美少年は普通の牛若丸と言っていい姿だ。
その牛若丸(仮)は食べ終わって、口をモゴモゴさせながら両手を差し出してきた。その上に2枚の焼き菓子を置いてみる。両手に一枚ずつ持って食べ始める。どうやら、お腹が空いているようだ。
「『なぜ、ここにいるの?』」
酒吞と茨木はいつの間にかこちらの世界に来ていたと言っていたけれど、牛若丸(仮)はどうなのだろう。
『大じいと喧嘩した』
誰だよ。おおじいって!感じ的にはカラス天狗の長老か何かだろうか?
「『仲直りしに戻らないの?』」
『ふん!大じいが謝ってくれるまで帰らない!』
子供の癇癪的な喧嘩かな?
「『ここは日ノ本じゃないから、おおじいって言う知り合いが迎えに来ることはないよ』」
『え?』
「『戻るなら、黒い霧が出ているところから早く戻った方がいいよ。私達から言えば君たちは世界の異物だから排除されてしまうよ』」
『ここは鞍馬山じゃないの?』
「『違う。違う。このお菓子の残りをあげるから、早く帰った方がいいよ。それからおおじいに心配かけてごめんなさいって謝った方がいいからね。君がいなくなって心配しているよ』」
私は押し付けるように紙袋を牛若丸(仮)に渡し、黒髪を優しく撫ぜてあげた。
『うっ。ありがとう』
顔を真赤にしてかわいいな。
『黒い霧から帰れるんだよね。みんな帰るよ』
牛若丸(仮)が声をかけるとカラス天狗達が一斉に牛若丸(仮)に突進してきた。いや、カラス天狗が牛若丸の黒い羽と化していき、目の前には大きく黒い翼を広げた鞍馬のカラス天狗が存在していた。そして、黒い羽を私に一本差し出してきた。
『お礼。じゃあね』
そう言って鞍馬のカラス天狗は弾丸のような速さで飛び去っていった。あ···あれとまともに戦うことになっていたら、流石に速さに付いていけなかっただろう。安堵のため息と共に冷や汗が背中をつたった。
もらった黒い羽を掲げてみる。見た目は普通の黒い羽だ。まさかこれがカラス姿のカラス天狗の正体だったとは。
遠くの方で歓声が沸き起こっているのが聞こえてきた。鞍馬のカラス天狗が居なくなったことで、大量にいたカラス天狗たちも消え去ったために、騎士たちが勝鬨でもあげているのだろう。
ただ、私は黒い羽を掲げて空を見上げたことで気がついてしまった。なんだか全体的にモヤっていない?黒い霧が薄っすらとベールがかかっているかのように、漂っている。おかしい。常闇があるところ以外は黒い霧の出現は無かったはず。
何がどうなっている?よく見てみるとわずかに地面から吹き出ているように見える。そして、勝鬨の声にまぎれているが、唸っている声が聞こえるような?
地面に耳を当ててみる。
『若ー!!どこですじゃー!お館様が心配されておりますぞー!!ジイが迎えに来ましたぞー!』
迎えが来ていた!!牛若丸(仮)を帰しちゃったよ!!すれ違ったはずだよ、おじいさん!!




