127 ただの牽制?(シスター Side)
シスター・グレーシア Side
リュミエール神父から集合の命令があり、教会の祭壇前で今回報告に上がったことの連絡を受けていたところで、突然教会の正面扉が開きました。あら?あの方は確かアイレイーリス公爵家の····ということは第13部隊がこの地に?どういうことかしら?
疑問に思っていると、黒髪の将校の隣に白銀の美人の少女が連れ立って教会内に入ってくる姿を目にして、既視感に襲われました。
私がシスターになったばかりの頃にこの様な姿をよく見た気がします。
そして、白銀の少女は自分よりも大きな革袋を担いでシスターマリアに駆け寄ります。それもドラゴンの肉を持ってきたと。
見た目が凄く変わって誰だかわからなかったけれど、この言動はアンジュちゃんだわ。
そのアンジュちゃんが私達の事を家族と····思わず胸が熱くなってアンジュちゃんを抱きしめてしまったわ。昔から大人顔負けの言動と行動を繰り返して、アンジュちゃんに教えることを嘆いていたことが懐かしいわ。
アンジュちゃんが興味があることはお金と食べ物でそれも普通の食べ物じゃ見向きもせずに、ここ最近じゃリュミエール神父が街のケーキ屋で釣っていたほどだし。ケーキなんて私は一度も口にしたこともないのに!
そのアンジュちゃんはドラゴンの肉を置いて、言いたいことを言って、シュレイン様に捕獲されて教会を去って行ったわ。その間私は生きた心地がしなかったけれど、なに?ウキョードリを絞め殺す権利って。
そのためにリュミエール神父を怒らせないで欲しいわ。
何をどうやったのか全くわからなかったけれど、リュミエール神父の背後を取るだなんて信じられない!あのリュミエール様が背後を取られるだなんて!!
リュミエール様の殺気の被害を受けて、膝がもうガクガクに笑っているのだけど、それを何とか笑顔で耐える。本当はもう床に膝を付いて『わー』と叫びたい衝動にかられているのを我慢している。
リュミエール神父に報告を上げた者たちも若干逃げ腰になっているし、私の隣にいるシスター・メリアンダも必死に手の甲をさすっている。しかし、今はリュミエール神父が話しているので、目立つ行動は良くないので我慢している状況なのです。
「先程言っていたことは、忘れてもらって構いません。私が森の奥地にある常闇に向かいますので、他の者達は浅瀬の常闇に向かいなさい。以上解散!」
そう言ってリュミエール神父は背を向けられ、出ていかれました。リュミエール神父の姿が見えなくなると同時にへたり込んでしまいました。隣りにいるシスター・メリアンダは「寒気が収まらない!!」と言って腕をさすっています。
「”パンパン!”貴女たちは何をしているのです?さっさと出発の準備をしなさい!」
シスター・マリアが平然とした顔をして手を叩き、私達に早く行動に移すように促してきましたが、あの殺気を受けてまともに立てそうにありません。
「シスター・マリア。少し休憩を····腰が抜けて立てそうにありません」
私の後ろから、シスター・コーネリアが言いました。そうです。休憩が欲しいです。
「なんですか?情けない。第13部隊長からのただの牽制を浴びただけで、休憩?ふざけるのも大概にしなさい!」
え?牽制?それもリュミエール神父ではなく第13部隊長?
「腹の虫の居所が悪い者の威圧を受けただけですよ。はい!”パンパン”さっさと動く。そうでないと、今日の夕食でドラゴンの肉を食べれないですよ」
「食べたことがないので、食べてみたいですー」
私は膝を叩いて何とか立ち上がりました。ドラゴンのお肉はそれはもう、ほっぺたが落ちるほど美味しいそうです。
アンジュちゃんがあんなに美味しいとわかっていたなら、もっと取っておいたのにと愚痴っている言葉しか知らないけれど、あのアンジュちゃんが美味しいというなら、相当美味しいと思うの!
シスター・マリアは20分後に再集合という言葉を残して、この場を後にされました。はぁ。私も魔物討伐に行く準備をしますか。
シスター・マリア Side
コンコンコンコンとリュミエール様の執務室の扉をノックします。
「マリアです」
『お入りなさい』
中に入りますと、久しぶりにリュミエール様ご自身の剣を手に取っている姿を目にいたしました。今回はリュミエール様ご自身は動くはずではありませんでしたので、その真意を聞くべく、私はリュミエール様の執務室の扉を叩いたのです。
「その剣を持ち出されたということは本気なのでしょうか?」
「何がですか?」
「今回の出撃です。わざわざリュミエール様が出ることではないと、私は愚考いたします」
報告では常闇から常時魔物が溢れているというだけでした。それぐらいであれば、第12部隊と我々だけで対処可能ですのに
「『宴』は始まっている。これは恐ろしいですね。そうは思いませんか?シスター・マリア」
恐ろしいと口にされていますが、その顔はいつもとお変わり無く。笑っていらっしゃいます。
「勉強不足で申し訳ありません。私には『うたげ』の意味がわかりません」
「ええ、普通はわかりませんよね。しかし、アンジュは『宴』と言いましたね。宴とは魔物ではないモノたちが常闇から溢れ、騒ぎ出すという意味だそうですよ」
····意味がわからないです。なんですか?その酔っぱらいが騒ぎ立てるような言い方をされても、私の頭は理解できないです。
「すみません。常闇が大きくなると異形なモノが出てくるとしか聞いたことがないのですが?」
「クスッ。気が付きませんでしたか?アンジュの後ろにいたモノたちが人でないことに」
「は?」
人ではない?確かに普通の人より大柄で力がありそうな男性と人の目を引くほどの美人の男性ではありましたが、その二人が人ではない?
「あのモノ達が本気で暴れたら、貴女ごときでは敵わないでしょう」
「え?リュミエール様、彼らは隊服を着ておりましたよ。それにどう見ても人にしか見えませんでしたが?」
「そうですか。マリアの目にはそう映ったのですね。まぁ、良いでしょう。『今思えば宴が始まったと感じたのはとても些細なことだった。』200年前の王族の手記の一文です。そう、今回のことも普段から見れば些細なことです」
そう言って、リュミエール様は執務室を出ていきます。そして、私を振り返りました。
「『だが、それが平和な世界が地獄への変貌するきっかけでもあった』。アンジュに力の出し惜しみは後悔をすると言われてしまえば、全力で叩き潰してみせましょう」
お·····恐ろしいのは、貴方です。リュミエール様。笑っていない笑顔で、全力で叩き潰すと言わないでください。私はリュミエール様の覇気に当てられ、ただただ頭を下げて見送ることしかできませんでした。
多分アンジュちゃんに背後を取られたのが悔しかったのだと、私は愚考しましたが、このことは心に秘めておきますね。




