109 子豚化とは(リザ Side)
リザネイエ(リザ) Side
何だか遠くの方で隊長の怒声が聞こえるわ。大抵の事には関わりたく無いから、無視をする隊長が声を荒げるって相当ね。怒らせたのはどこの誰かしら?
4日前から聖女という子が常闇を封じたと言って騒いでいる子たちかしら?でも、この宿舎でそんなことで騒ぐ人は居ないはずだけど?
そろそろ食堂の方へ下りようかと思っていたときに、部屋の扉をノックする音が響いてきたわ。いったい誰かしら?
疑問に思いながら中廊下の方へ足を向け扉を開けると····あら?珍しいわ。困惑した顔の隊長が私の部屋の前にいました。
「朝からどうかされましたか?」
先程の怒声の事かしら?それにしても、いつもきっちりと身なりを整えている隊長が上着を着ていないなんて、何があったのでしょう?
「リザ姉」
あらこの声は···視線を斜め下に向けると····これは、どう解釈すればいいのかしら?いつもきっちり一つに丸めている髪を下ろして、隊長の上着と思われる隊服を着ているアンジュちゃんが私を訪ねて来たなんて。
もしかして···
「隊長。アンジュちゃんを襲っては駄目ですよ?」
すると、慌てて隊長が反論してきました。
「襲撃されたのは俺の方だ」
あら?襲撃?
「捕獲したのは私の方なの!」
捕獲?あらあらあら?また、アンジュちゃんがおかしな行動を取った結果なのかしら?
「そうなのね。それで、どうしたのかしら?」
「おい!なぜ今ので納得する」
隊長は自分で襲撃されたって言ったのに、どうしたのかしらね。
「え?では隊長がアンジュちゃんを「違う!」····なら、それでいいのではないのですか?」
不満そうな顔をしている隊長は放置して、私はアンジュちゃんの方を見る。
「あのね。リザ姉。古くなって着なくなった隊服か裁縫道具って持ってない?」
ん?どういうことかしら?
「着なくなった隊服はあるわよ?でも裁縫道具ぐらい持っているでしょ?よく、刺繍をしていたじゃない?」
隊服があると言った時点で、アンジュちゃんに右腕をガシリと掴まれた。あ、捕獲ってこういう事ね。渡すまで逃さないという事ね。
「裁縫道具は教会を出るときに下の子たちにあげてきたの。教会を出てから私の子豚化が酷くって、ここに来るまで着ることができていた隊服のサイズが小さくなってしまってしまったので、いらない隊服があるなら欲しいです!」
こぶた化?別に太ってはないわよ?確かに12、3歳が着るサイズが合う身長だわ。それぐらいの大きさだと男女兼用の作りだと聞いたことがあるわね。
「用意してあげるから、部屋の中に入って」
アンジュちゃんを手招きして、部屋に入るように言うと、アンジュちゃんは着ていた隊服を脱ごうとしていたわ。
「部隊長さん、あり「さっさとそのまま入れ!!」うわっ!」
隊長は何か慌てたように、アンジュちゃんの背中を押して私の部屋に押し入れた。どうしたのかしら?
その理由は直ぐにわかったわ。着なくなった隊服を渡したときに
「少し綻びているところがあるけど、それでもいいのならあげるわ。サイズはどうかしらね?少し···大きいかしら?」
そう言って替えも合わせて2枚の上着を渡すと、アンジュちゃんはサイズ的にかなり大きな上着を脱いだの。
····これは駄目だわ。なんと言っていいのかしら?ピチピチの隊服に、こぼれんばかりのお胸がはみ出していると言っていいかしら?以前見たときはそんな事を思わなかったのはきっと内ボタンと外の飾りボタンが強固に押さえつけていたのね。
ああ、隊長の焦り具合が手にとるように分かってしまったわ。
200年前の聖女の姿が化現したと、噂高いアンジュちゃんが隊長にお胸を押し付けるように迫ってきたのね。人に忌避されていると思いこんでいる隊長に。けしからん格好で迫ってきたのね。
それであの怒声ね。当のアンジュちゃん本人は何も思ってないでしょうにね。
「アンジュちゃん、ちょっと待って、隊服の下に着るワイシャツのボタンもないのかしら?」
「4日前の仕事の時にぶっ飛んだのと、留めようと努力してぶっ飛んだのと、キッチンの大掃除の時にぶっ飛んだので洗い替えも含めてボタンは行方不明になった」
「そうなのね」
4日前の仕事って何処に行っていたのかしら?第13部隊は遊撃部隊だから、よくわからないわ。それに留めようとしてボタンって吹っ飛ぶ物かしら?
「アンジュちゃん。既製品サイズじゃなくて、オーダーメイドで作ってもらった方がいいわね」
すると、アンジュちゃんは大きくため息を吐いて言ったわ。
「はぁー。栄養が骨じゃなくって、殆どお肉になっているってことだよね。もう少し、ぐぐっと背が伸びてもいいと思わない?でも、栄養がお肉に置き換わって私の子豚化が止まることがないの。はぁー。オーダーメイドかー。何処に行ったら作ってもらえるか、リザ姉は知ってる?」
アンジュちゃん。アンジュちゃんは太ってはないわよ。ただ、栄養がお胸にいってしまったのね。
「オーダーメイドは作ったことがないからわからないわ。でも、シュレイン第13部隊長なら、アンジュちゃんが頼めば喜んで作ってくれると思うわよ?」
だって、10人部屋からアンジュちゃんを攫っていったときの彼、止めようとした上のお姉さん方を射殺さんばかりの態度だったものね。でも、アンジュちゃんに向ける視線は優しかったのは覚えているわ。
私が3年前に将校に昇級したときの隊服だけれども、やっぱりアンジュちゃんには大きかったようで、袖も長く少しダボッとした感じだけれども、なぜ、お胸のところはピッタリなのかしら?なんだか釈然としないわ。
私が腑に落ちていないのをよそに、アンジュちゃんは爪の大きさほどの小さな魔石を差し出してきた。
「お守り。私あんまり物を持っていないから、守りのおまじないを掛けた魔石が今回のお礼でいい?」
「あら?これって今流行りの『恋が叶う”メローナ石”』や『旅の安全”トラン石”』と同じもの?」
今、巷では、変わったお守りが流行っているらしいの。実物は見たことないけれど、何でも10年間想い続けた相手に振り向いてもらっただとか、憧れの人と恋人になれたとか噂になっているらしいの。
「あ、それ?あれはクズの魔石で作られているから、こっちの方が断然効くよ?」
·····あら?アンジュちゃんが一枚噛んでいたみたいね。懲りていないのかしら?刺繍の産物でリュミエール神父に散々怒られていたのに。
私は透明な小さな魔石を受け取り眺める。ただの魔石にしか見えないわね。でも、それがアンジュちゃんの作り出すものなのよね。
「あ!部隊長さんにもお礼をしないと」
「それなら、アンジュちゃん、良いことを教えてあげるわ。ふふふ」
部屋の前の廊下でアンジュちゃんから隊服を受け取った隊長は、耳まで真っ赤になって焦っているの。ふふふ。今日はいい一日になりそうね。
補足
リザネイエという名ですが、アンジュからリザ姉と呼ばれているため、キルクス出身者からはリザと呼ばれています。
一話前の第12部隊長がどういう状況だったか。それは恥じらいというものが無いのかと言われてしまいますね。




