106 青蛇と黒蛇
「ブフッ。結局そこなのか!いい話をしていたんじゃないのか!」
「アンジュ。どう理由付けをしょうとも駄目だ」
えー?ルディ。駄目なの?
私が文句を言おうと口を開こうとしたとき、扉をノックする音が遮った。ノックをした人物は扉を開けず、言葉だけをかけてきた。
「侍従フリーデンハイド様、ご指示どおり、ご夕食を用意させていただきました」
それだけ、声を残してその気配は去っていった。なんで、この部屋に入って報告を言わないのだろう。
「シュテンとイバラキがここに住むことになったからな。用意してもらった。アンジュの分もあるから安心しろ」
ファルがニヤニヤして言ってるけど、さっきの人は侍従の名前を言っていたけど?
「まだ、報告すべきことは残っているが、フリーデンハイドは一旦戻るか?」
濡れたままの侍従に向かってルディは問いかける。あ、確かに濡れたままだ。私は侍従に向かって手をかざす。
「『乾燥』」
水も滴るいい男の侍従の水分を魔術で飛ばした。すると驚いたように私に視線を向けてくる。
毒物を大量の水で薄める必要があっただけで、別に意地悪で水を浴びせたわけじゃないからね。
「酒はあるのか?」
酒吞はファルにそう聞きながら、ファルに食事が用意されているダイニングまで案内させている。しかし、酒吞の格好に誰も注意しないのだろうか。その後ろからは茨木が付いていっている。
私も私の分が用意されているというダイニングに向かう。さっさと食べて、部屋に戻ろう。
そのダイニングに向かう私の右手をルディは握ってくるけど、この距離で迷子にはならないよ?
食事は大体いつもどおりの野菜がゴロゴロ入ったスープにサラダ、何肉かわからない肉を焼いたもの、それにパンがあり、私にはプラス果物が付けられていた。
酒吞はさっさと席に付いて、酒を飲みだし、その横で茨木は黙々と食べ始めた。こう見ると二人の鬼は普通の人にしか見えない。
私もさっさと食べて、部屋に戻ろう。
「そう言えば、ファルークス第13副部隊長から聞いたのですが、精霊石から精霊が生まれたそうですね」
今日はダイニングで食べる人が多いので侍従はお誕生日席に座っている。まぁ、上座だね。
その話を報告した、ルディの隣で食事をしているファルを私は睨みつける。何を報告しているのか。これは個人的なことだから、侍従は関係ないことだよね。
「クククッ」
「フフッ」
鬼の二人から笑い声が漏れる。何?
「見せてもらえませんか?」
「何故です?」
見せる理由はないよね。
「それはリュミエール神父に報告すべきことだからです」
あ、確かに指輪は神父様からもらったものだよね。そう言われてしまえば、見せなければならないのだろう。
私は包帯でぐるぐる巻きに骨折を偽装した左手を前に出して言った。
「出てきて」
すると、小指にはめられた青い指輪から青い蛇が、薬指の黒い指輪から黒い蛇がニョロニョロと出てきた。昨日は指輪から離れたのに、また、指輪から離れないようだ。
「この精霊は何という名ですか?」
名前?すると青い蛇と黒い蛇は期待したキラキラした目を私に向けてきた。
「青蛇と黒蛇」
青い蛇と黒い蛇は口をパカリと開け、そして、うなだれるように指輪からでろーんと垂れ下がった。
どう見ても青蛇と黒蛇じゃない!それ以外に何があるっていうの!
「クククッ。龍に蛇とは·····クククッ」
何よ酒吞。このスチルとは全く違う物体は蛇でいいと思う。
「あの?精霊が凄く落ち込んでいますが?」
侍従。この二匹は昨日からこんな感じなので、問題ないと思う。
「ブフッ。アンジュ。期待された目をされていたのに、裏切ってやるなよ」
ファル。私に期待をされても困るのだけど?
「アンジュ様。青龍と黒龍は名前を付けてくれることを期待したのでしょう。名は己を示す大切なものですからね。フフフ」
名前ねぇ。うーん?·······。
「青嵐と月影」
かなぁ。
そう適当に名前を口にして、スープをスプーンで口に運ぶ。今日はなんだかいつもと味付けが違う。
すると左手から風が吹き出した。いや、正確には2匹の蛇からだ。
今までニョロニョロとした蛇の姿だったけれど、太さが私の腕ぐらいの太さになり、長さが1.5メル程になった。
····え?私と殆ど大きさが変わらなくない?
その大きく成長した青嵐と月影がダイニングの天井付近を漂っている。指輪から離れられるじゃない。
まぁ、いいか。そう思って小さく切ったお肉を口にする。
!!!
「これ!ドラゴンの肉じゃない!うまっ!これソースじゃなくて、塩だけでいい!塩だけの方が絶対に美味しいって」
「ああ、それはアンジュがドラゴンの肉が好きだと言っていたから用意してもらった」
え!本当に!!
私は隣に座っているルディを見る。
「ルディ!ありがとう!これ、すっごく好き!」
そう言って私は、もう一口お肉を頬張る。
「いや、アンジュ。普通は精霊が成長した事に驚かないか?」
え?私はスチルどおりの姿になったという感想しかないけど?ファル。
「これが精霊というものですか。しかし、このようにはっきりと精霊を見ることが適うとは」
目がよく見えるようになってよかったね侍従。
「まだ、龍としては小せーな」
「そうですね」
鬼の二人は本物の龍を見たことがあるのだろうか。しかし、今の私は龍がどうなろうと別に構わない。眼の前のドラゴンの肉の味を堪能することに集中しているのだから。




