105 認められるべき
「いいか。この状況はアンジュの方が問題視される」
確かにこのままだと死にそうだね。私は後ろを振り向き右手を前に出す。
「水」
水の大きな玉を魔術で作り出し、その中に一滴、毒の聖痕から作り出した禍々しい紫色の液体を落とし入れる。
原液は猛毒だけど、薄めれば回復薬になる物だ。
それを生き絶え絶えの侍従にぶっかける。
見た目は綺麗に治った。完璧だ。
「これで、無かったことにできるよね?」
「無理だ」
「無理だろ?」
そうかなぁ。
「おもしれーな!さっきのどうやったんだ?こいつが潰れたカエルみたいになってたヤツ!」
「アンジュ様が我々のために怒ってくださるなんて、お優しいですね」
酒吞。潰れたカエルって表現は酷いよ。
茨木。私は別に優しくはないよ?
「うっ」
侍従が目を覚ましたようだ。水浸しになっている髪を鬱陶しそうにかき上げながら起き上がり、視線を漂わせている。
「フリーデンハイド。どこか痛いところあるか?気分はどうだ?」
ルディは起き上がっても、呆然と周りを見渡している侍従に心配そうに声を掛けている。
私は侍従と視線が合うようにしゃがみ込んで話しかける。
「良く見える様になった?」
「え?」
「目。見えにくかったのでしょ?」
「「は?」」
やっぱり、ルディもファルも知らなかったんだ。彼、異様に距離が近かったし、澄ましている顔をしていたけど、目を細めて物を見ているようだったし、私が作ったあの虫眼鏡も近づかないと何を作ったのか、わからないようだったので、コンタクトを入れていない妹と同じ行動だなって思ったのだ。
今は多少距離があっても、目を細めないし、近づいて相手の表情を伺うこともしない侍従を見て、私は満足に頷く。
私は彼が茨木の言葉を他人事の様に聞いていたのに腹がたったのだ。人は誰しも自分ではどうしようもない事柄が出てくる。この世界では聖質を聖痕まで高めた者が優遇される···まぁ、この国では色々あるが、私が集めた情報だと生きることには困らない生活が送れるのだ。
しかし、聖質を持っていても聖痕が出現しない者もいる。そして、大半の人々が聖質自体を持っていない。
これは自分自身ではどうしようもないことだ。
彼もまた目が見えにくいことは、彼自身ではどうしようもない事だった。そう、私が作った凸型レンズをファルが"そんなもの"と言ったように、レンズには透明度が必要であることはわからず、質のいい魔石を使わないといけないということがわからないのだ。
ということは、そもそもメガネという物がこの世界には存在しない。それは侍従も苦労しただろう。
「これで問題は解決したから、ご飯食べに戻っていい?」
ルディにもういいだろうかと、了承を得るために振り向きながら立ち上がろうとすれば、右腕を掴まれ立ち上がるのを阻止されてしまった。
「何をしたのです」
水も滴る良い男という感じの侍従に引き止められてしまった。私がやったことだけど、早く着替えるかどうにかしたほうがいいと思うけど?
「ルディがこの前騒がせた薬を使った」
するとビクッとして、私の手を離し、ルディの方を伺い見る。まぁ、床を溶かしたと聞いたから、そんな物を使ったのかという視線だろう。
「薄めれば、回復薬だからね」
これは言っておかないといけない。
「あと、人の上に立つなら、立場が弱い者の事も考えてあげないと駄目だからね」
私は立ち上がって、侍従を見下ろす。
「神父様って性格悪いけど、聖騎士としての本質を教えられたと思っている。教会の教育方針は好きじゃなかったけれど、結局私達が弱いと死ぬのは聖騎士の私たちだけじゃなくて、その後ろにいる人々なの。だから、腕がもげようが足がもげようが、敵に背を向けるなって、私達に死ねって、教育されてきたの」
でも、この聖騎士団に来てとても違和感を感じていた。
「この聖騎士団って何?一番に考えなければならないのはどんな事?
聖女の子のことも大事だと思うけれど、魔物の被害を一番被っているのって、そこに住んでいる人だよね。
間違っているとまでは言わなけれど、あの何日も部隊長と副部隊長を長時間拘束した会議よりも、今魔物の被害が出ているところの対処を優先させるべきだったのじゃないのかなって思うわけ。その方針を決めるのが、団長であり、貴方なのじゃないの?」
なんだか、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。最初の違和感はこの第13部隊に配属された彼らが、問題視されていたことだ。彼らこそ、その力を存分に振るうべき存在だろう。
そして、昇格試験で生きることを諦めた従騎士の彼女だ。弱い、なぜこの程度で聖騎士団に入団できることを許されたのかと思うほど弱かった。教会ごとにその教育方針は違うだろうけど、入団できる基準というものは、決められているはずだ。
魔物の脅威から人々を守る行動を取れない聖騎士は聖騎士ではないと思う。
「だから、私がワイバーンから飛び降りるのも認められるべきだと思う」