104 それの何処が悪いの?
「おい!この着物、窮屈過ぎるぞ!」
3人の呆れた雰囲気をぶち破るように、扉を開け放って入って来たのは、鮮やかな赤髪が目立ち体格の良い体を見せつけているようにワイシャツのボタンを止めずに、前をはだけさせ、肩に濃い灰色の隊服の上着を掛けて、濃い灰色のズボンを履いた酒吞が入ってきた。
その後ろからは『もう少し静かに入った方が良かったのでは?』と言っている、青白い髪を背中に流し、濃い灰色の隊服をきちんと着こなした茨木が入ってきた。
その前にノックはしようか。
「サイズが合ってなかったのか?」
ルディが酒吞に用意した隊服のサイズが合っていなかったのかと聞いたが、それには酒吞ではなく茨木が答えた。
「いいえ、大きさは十分でしたが、こう身に張り付くような衣服は着慣れておりませんので」
確かに、着物と比べれば、窮屈かもしれない。それにはルディも『慣れてくれ』と返すだけだった。
酒吞はその格好のまま、先程腰を下ろしていた3人掛けのソファにドカリと座り、『酒が飲みてー』と言い出す。アル中ですか?
「それと、この者達のことを聞きたかったのですが、この者たちを何故第13部隊に入れるのですか?」
侍従がルディを見下ろしながら言った。ちょっと近いので、あちらで座って欲しいです、侍従。
「他国の者だが、中々の手練だ」
ルディが侍従に向かっていう。彼らは鬼だからね。それは人よりも力強いのは当たり前だ。
「それに第13部隊は単独行動が許される唯一の部隊だ。個人の能力が物を言う。そして、部隊長の俺は団長と同じ権限が与えられている。何か問題があるか?侍従フリーデンハイド」
初耳だよ!ルディがリス団長と同じ権限を持っているなんて····いや、確かにあの会議の席では団長の隣の席だったけれど。
「いいえ。ただ、気になっただけですよ。周りに人を置くことを嫌う貴方が隊員を増やすという行動に出たことが疑問でしてね」
鬼の彼らに向けていた視線を私を見下ろすように見る侍従。なに?
「それに彼らは貴方と普通に話すのですね。闇を纏う貴方と」
侍従のその言葉にイラッとする。ルディの弟でもそんな言葉が出てくるのか。
「それの何処が悪いの?」
「気味が悪いではないですか」
いつもと変わらない澄ました顔で気味が悪いと言い切る侍従にイライラが募ってくる。なぜ、この世界は色如きに否定的な感情が出てくるのか。
「気味が悪いですか」
侍従の言葉に反応したのは茨木だった。
「我々も嫌われ者の集団ですからね。人々から何かと言われることはありましたよ。クスッ。しかし、見た目の事で文句を言われましても、こう有る存在ですからね。どこかで折り合いというものは付けなければなりませんでした」
「いい例が玉藻だろ?アイツは上手いこと取り入ったよなぁ。クククッ」
玉藻御前か。結局彼女も妖狐という正体がバレて追い立てられ、封印されてしまったけれどね。
「己ではどうしようもない事で文句を言われても困ってしまいますよね」
茨木は困ると言いながらもその表情には微笑みを浮かべている。彼の心の内はきっと荒れ狂う嵐の様な風が吹き荒れているのかもしれない。
ルディが胡散臭い笑みを他の人に向けるように、彼も己の心をその微笑みで覆い隠しているのだろう。
「ああ、そういうことですか。あなた達は同じ穴の狢ということですか」
侍従は澄ました顔に皮肉に歪んだ笑顔を浮かべた。
思わず私はその笑顔に握り込んだ右手を突き出していた。
侍従のみぞおちに私の右手がクリーンヒットした。暖炉がある壁側まで飛んでいく侍従。私はその飛んでいく侍従を追いかけて行く。
「アンジュ!」
「待て、アンジュ!!」
壁を背に立ち上がろうとしている侍従の前に立ち、重力の聖痕を使う。作用点の中心はいつも私だったけれど、今回は侍従に中心を置く。そして、徐々に重力の力を増していく。
最初は膝を折って床に付いただけだった。
「あのさ。人の上に立つ人が偉いわけじゃないってわからない?」
そして、両手で体を支え始めた。
「人の心を踏みにじる人が上に立っても、誰もついて来ないよ?」
その両手も徐々に体を支えられなくなってきている。
「とある領主がいてね。民にとってはいい領主でも、部下に厳しく。敵は徹底的に潰す人がいてね。その人最後はどうなったと思う?部下の謀反に遭って殺されたんだよ
」
織田信長公だ。部下の明智光秀の謀反にあったのは有名な話。だけど、その裏で誰が糸を引いていたかは、色々憶測が飛んているが、未だに謎のままだ。ただ、その一時の間の書物が個人の日記に至るまで現存しないことから、権力者が絡んでいたことは明白だろう。
目の前の人物の体からミシミシという悲鳴が聞こえて、毛細血管から血が吹き出している。重力に体が耐えきれなくなったのだ。
「アンジュ!やめなさい!」
ルディに強引に後ろを向かされた。まぁ、さっきまで声を掛けられても無視していたから、強引に侍従から目を離させたのだろうけど、残念ながら、魔術と違って聖痕の力だから、集中力なんて必要ないよ。まぁ、でもこのままだと死にそうだから、解いてあげる。
「ルディ。この人大将校に立つには問題があると思う」
これは言っておかないと駄目だ。




