101 青龍と黒龍
なんとか一命は取り留めた。私の指から二匹の蛇がうねうねと出ている。いや、指輪からだった。私はというと手を遠ざけるように伸ばしているのが現状だ。
呪いの指輪は本当に呪いの指輪だった。まさか、青い指輪から青い蛇が、黒い指輪から黒い蛇が出てくるなんて。
「青龍と黒龍ですか。面白い組み合わせですね」
優雅に茶を飲み、微笑を浮かべながら言っているのは勿論茨木だ。
「ふぅー。よくやったな。アンジュ」
ファルがなんで冷や汗を拭っているのか。拭いたいのはこっちの方だ。
その元凶のルディはと言うと、私を膝の上に乗せてニコニコとご機嫌だ。黒い蛇でよかったのだろうか。
しかし、妹よ。これのどこがペット枠なのか、お姉ちゃんさっぱりわからないよ。ただ、うねうねしている蛇にしか見えなのだけど?っていうか、指輪から離れないわけ?
手を振ってみるけど、青い蛇と黒い蛇が一緒になって上下している。
それにこれってどうしたら消えるわけ?
「ねぇ。いつになったら消えるの?」
すると、青い蛇と黒い蛇は私の方を見て口をあんぐりと開けて固まってしまった。何?その表情?
「いや、いつまでも指輪にくっついてもらっても困るのだけど?」
すると、でろーんと二匹が指輪から垂れ下がってしまった。だからそれは何!
この龍はスチルと全く違う。もう少し威厳という物があったように思うのだけど、これは私には蛇にしか見えない。
「ぶほっ!アンジュ。酷いな。呼び出しておいて、それはないよな」
笑い上戸が再発したようだ。ファルがお腹を抱えてヒィヒィと言い出した。
「ふふふ。呼び出されて何もさせてもらえないのは、可哀想ですから、雨でも降らせてもらえばいいのではないのでしょうか?」
茨木が青蛇と黒蛇の姿をみて、おかしそうに笑う。そして、その隣の酒吞もクククッと喉を鳴らして笑いながらお酒を流し込んでいる。
雨か。
「ふーん。じゃ、雷鳴を轟かせ雨を降らし世界に星の瞬きを映せ」
すると、蛇のようだった二匹の龍が一瞬にして巨大化し、部屋の壁を抜けて外に飛び出して行った。
そして、怒号のような雷鳴と共にバケツを引っくり返したような雨が降り、直ぐに止んだ。窓の外は空気中の浮遊物を雨が流し落とし、澄み渡った空が広がり、煌めく星が輝いていたのだった。
一仕事をやり終えたと言わんばかりの満足そうな顔をした、巨大化した二匹の龍は呪いの指輪に戻っていった。
なんだ、指輪から離れられるじゃない。
この事が後日、聖女シェーンの祝福だと言われることになるだなんて、今の私には知る由もなかった。
翌日の夕方に王都にたどり着くことができた。ファルのワイバーンに3人乗るのは流石にワイバーンの負担になるということで、ジジェル?の第10部隊の駐屯地で、もう一体のワイバーンを借りることにしたのだけど、ここでも聖女シェーンの話題で持ちきりだった。
別にいいのだけど、いいのだけれども···釈然としない。
王都に戻る途中でもルディは機嫌が悪そうで、アンジュの魔力を奪っておいてと、怪しいオーラを撒き散らしながら言っているものだから、私は王都に戻ったらデートしようねと言ってご機嫌をとるしかなかった。
しかし、王都にたどり着いても聖女シェーンの話題でもちきりだった。しかし、その盛り上がりを横目に私とルディは酒吞と茨木を連れて、第13部隊の詰め所であるぽつんと一軒家に向かう。勿論、私の左手は偽装工作のため、包帯でぐるぐるに巻いておくのは忘れてはいない。
そして、ファルはというと、報告に行くところがあると言って別行動をしているので、ここにはいない。
第13部隊のリビング兼プレイルームに入ると、何故か他の隊員がまだ残っていた。この時間なら業務時間外なので、もう宿舎の方に戻っているはずなのにどうしたのだろう?
「た、隊長。おおお帰りななさいませ」
相変わらず言葉を詰まらせているヴィオが代表してルディに挨拶をして敬礼し、その後ろにティオ、ミレー、シャールが倣っている。
「お願いしていたことはできていますか?」
胡散臭い笑顔のルディがヴィオに聞いている。ルディがお願いしていた?
「は、はい。だだだ大丈夫です」
ヴィオの方が大丈夫なのかと思ってしまうけれど?
「これ、事務局に言って用意してもらったっす」
青い顔をしたティオはローテーブルの上に置かれた複数の紙袋を指して言った。何を用意してもらったのだろう。そもそも事務局って色々手続きするところだよね?私、事務局で手続きしたことなんてないよ?大丈夫?
「それは助かりました。もう、宿舎の方に戻ってもらっていいですよ」
「「「「お疲れさまでした」」」」
帰っていいと言われた4人は頭を下げて、脱兎の如く部屋を出ていってしまった。あ、うん。胡散臭い笑顔に変わりはないけれど、今のルディはご機嫌斜めだからね。黒い何かが漏れ出てるから、それは恐ろしいだろうね。




