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メール・パニック

「うーむ、セイルさん、どうしたんでしょうか?」


 恐らくあの時の屋敷の貴族に呼び出されたのでしょう。青ざめてたそうですし、何かミスでもしてしまったのでしょうか……


 そんなことを思っていると、やつれた表情のセイルさんが歩いているのが見えました。


 私は急いで駆け寄り、事情を聞いてみることにしました。


「セイルさん、大丈夫ですか?」

「ん? あぁ、ヴァイオレットさん。おはよう」

「あ、おはようございます……じゃなくて、何があったんですか?」

「……聞いてくれるかい?」

「もちろんですよ」


 私たちは腰を落ち着けられる場所を探し、そこで話を聞くことにしました。


「……僕は、手紙の届け先を間違えたらしいんだ。あの時の貴族の屋敷に、中身の違う手紙を届けちゃったんだよ。それで、クレームをもらって来たってワケさ」

「……そうだったんですか」


 セイルさんの様子を見るに、やはり精神的にダメージが大きそうです。


 ……ベルさんの手紙、今渡すべきでしょうか。


 渡すべきか悩んでいると、ふと近くの家から金切り声が聞こえて来ました。


「どうなってるのこれは! 手紙の中身が違うじゃない!」


 どうやら、こちらでも手紙の配達に手違いがあったようです。他人事のようにそれを眺めていると、更に別の家からも、


「はぁ? 誰の手紙だこれ!? 絶対中身違うだろ!?」

「うちも、全く違う手紙が届いているんだけど!?」

「こっちもだ!」

「うちもよ!」


「……一体、何が起きてるんでしょうか」


 どの家も口々に手紙の中身が違うと言い張り、皆背中を怒らせて郵便局の方へと向かっています。ちょっと大ごとになってますね。


「セイルさん、郵便局へ向かいましょう! 何故か手紙の配達の手違いが多発してるみたいです」

「……確かに、みんな中身が違う、中身が違う、って……僕が届けた所じゃない人もいる。これは一体……?」


 私たちは、訳がわからぬまま、中央郵便局へ向かいました。道ゆく人は皆中身の違う手紙を片手に、同じ方向を目指しています。


「……何ですかこれ」

「……僕もここまでの行列は初めて見るよ」


 郵便局の前には、中身の違う手紙を渡された人々で行列が出来ていました。


「こっちに職員用入口がある。そこから入ろう」

「では、私は外で待ってますから、事情が分かったら、教えて下さい」

「わかった」


 程なくしてセイルさんは戻って来て、事情を話してくれました。


「どうやら、この街全体で手紙の誤配達が起きているみたいだ。今、郵便局員が総動員して手紙の回収をしてる。どうやら、手紙の仕分け段階に重大なミスがあったみたいなんだ」

「なるほど。セイルさんのせいって訳じゃ無さそうで良かったですね」

「あぁ、気分が幾らか楽になったよ。でも、郵便局側の過失だからね。取り戻さないと」

「私も回収作業、お手伝いしますよ」

「ありがとう。ヴァイオレットさん、迷惑かけて悪かったね」

「いえいえ、迷子を助けて頂きましたからね。さぁ、お手紙を回収しに行きましょう!」


 郵便局前の行列は他の方々に任せて、街中に残っている方々のお手紙を回収しに走りました。


 広い街中で、「間違えた手紙が届いた方はいらっしゃいますかー!」と声掛けをしながら、回収作業に奔走しました。


 商業エリアを、住宅エリアを、貴族エリアも。正しく届かなかった、沢山の想いを集めました。


 手紙に込めるのは文言ではなく伝えたい想い。家族へ、友人へ、恋人へ。送る先は違っても、みんな大切な『想い』。正しい場所へ、返してあげたいですから。


 数時間かけ、ようやく街中の手紙を集め終わりました。大半が郵便局前に集まっていたこともあって、案外早く終わりました。


「ふぅ、これで全部なんですよね?」

「うん。郵便局にも確認したけど、お疲れ様、だってさ。まぁ、また後で再配達の仕事があるけどね」


 やりきった顔をしているセイルさん。私は、彼に手紙と一緒に、白い花が添えられたお菓子袋を渡します。


「これは……?」

「妹さんからのお手紙です。そっちは妹さんの手作りお菓子です。後で味の感想を聞かせてあげてくださいね」

「ベルが……?」


 セイルさんは、分かりやすく驚いたような顔をして言いました。


「えぇ。心を込めて作っていらっしゃいましたよ。お仕事の合間にでも食べてあげて下さい。妹さん、大事にしてあげてくださいね」

「ありがとう……ヴァイオレットさん」

「どういたしまして。ちゃんとベルさんにもお礼を言っておいてくださいね」

「あぁ、もちろん。本当にありがとう!」


 私は、その日の内にヒュプノスを去りました。あまり長居していては色んな場所を見れませんからね。


 私は近場にあった丘で、結局食べ損ねた黄金堂のクリームパンを頬張っていました。


 このクリーミーな味わいと滑らかな舌触りに、それらを包み込むパンのテイストが、クセになりそうです。


「ん〜! ほっぺたが落ちるとはこの事ですね!」


 あの時、ベルさんがセイルさんに送った花はアングレカムと言います。その花言葉は、『いつまでも一緒』。あの二人、たとえ住む場所や仕事、追いかける夢が違っても、心の距離は、当人たちの思っている以上に近かったのかも知れませんね……


「さぁ、次の目的地へ行きますよ!」


 ……まだ決まっては居ませんが。

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