スミレ
よろしくお願いします。
箒の上から失礼します。
私はヴァイオレット。旅人です。
早速ですが、私からあなたに、今までの私の旅を共有しようと思います。
長い長い旅の紀行。一つも聞き漏らしてはいけませんよ?
……ふふっ、まずは私自身について語りましょうか。
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今から18年前。私は、とある村の一般家庭の娘として生まれました。
しかし、私はある一つの問題を抱えていました。
それは……髪色です。
私の髪は、淡い紫色。かつて世界を滅ぼさんとした魔王と同じ髪色だったからです。そんな風習があるのは、この村だけだったことを後から知りましたが、当時の私たちには知る由もありませんでした。
そのせいで、村の人々は、私を避けるように暮らしていました。村の子どもたちは、私を『魔族の子』と呼び、差別しました。次第にエスカレートし、外を歩けば多対一で殴られ、泥をかけられ、しまいに、家に帰れば石で窓を割られたりもしました。
日常的に聞かされる差別する言葉の数々や、襲ってくる理不尽な暴力に、当時7歳だった私の幼心は深く深く傷付きました。
私の家族の話をしましょう。私に兄妹はいません。父は物心ついた頃には既にいませんでした。残念ながら、顔もおぼろげにしか覚えていません。その代わりに、優しい母がいました。
私とは違う、暖かな夕日のような赤毛で、いつだって私のことを大事に想ってくれていました。
私が泣きべそをかきながら帰ってきた時は、大丈夫、一人じゃないからね。と言って優しく抱きしめてくれました。『魔族の子』と言われ、家に引き篭もってしまった時は、無理しなくていい、あなたはあなたよ。と頭を撫でてくれました。
ある日突然、私への差別の矛先は母にも向けられ始めました。母が、私の髪色のせいで差別されているのは、とても耐えられませんでした。けれど、所詮は7歳の幼子。気持ちだけでは何かができよう筈もなく、私は無力感に苛まれていました。
ある日。体調が優れず、私が無理矢理横にさせていた母。そんな母は、押し花にされた一輪の紫色の花を取り出して言いました。
「これはスミレ、って言ってね。あなたやお父さんの髪色と一緒だから、私の大好きな花なの」
「お父さんも紫色の髪の毛だったの?」
「えぇ、そうよ。彼は自分の娘を世界で一番、幸せにすることが夢なの。そして、それは私も同じ。ヴァイオレットが幸せになる為には、この村に居るべきではないわ。だからヴァイオレット、旅に出なさい」
「旅?」
母は、青白い顔で弱々しく微笑んで見せました。
「えぇ。世界を旅して、色んな人と出会い、色んなことを経験しなさい。無理に、とは言わないけれど、ヴァイオレットがここで辛く悲しい生活を続けて欲しくないの。ただ、それだけ」
母のその願いは、常日頃から聞いている言葉でした。私に、辛い目に遭って欲しくないと、ずっと望んでくれていました。
「提案しておいてなんだけど、私は付いていけない。私ももう長くないだろうから。
だから、代わりにこの花を、スミレの花を持って行って。それを見て、時々で良いから私を思い出してね。そしていつか帰ってきた時には、たーくさんの旅の思い出を聞かせて。ヴァイオレット。私がこの花を通して、いつでも一緒にいるからね」
「絶対、ぜーーったいだよ!」
「えぇ。ぜーーったい一緒よ」
そう約束を交わし、母はそっと目を閉じました。
この時、母はかなり無理をしていました。
毎度毎度家を荒らされ、その度窓や食器が割られたり、お金や物を盗まれたりしていました。そんな中、私に十分な食べ物を与える為だけに、自分はほとんど何も口にせず、毎日虐げられながら働いていたのです。今まで隠し通せていたのが不思議なくらいです。
お母さんの身体はボロボロで、ほとんど気力だけで動いていたことを後から知って、ただ泣き喚くだけだった過去の自分を叱責してやりたくなりました。
落ちた瞼は二度と開くことはなく、私はただ、消えゆく温もりを抱きとめきれずに、一晩中涙を流し続けました。
翌日、いつものように窓から石を投げ入れてくる子どもたちが来る前に、震える手でなんとか母のお墓を建てました。
村の人々から見つからないような、森の奥。陽だまりの出来る大きな木の前に作りました。墓石の前に、そっとスミレの花を添えました。
私が家に戻ると、今日は荒らしに来ない日のようで、部屋は綺麗なままでした。
ふと母の部屋に入ると、机の上に一冊の本が置いてあることに気付きました。
題名は……書かれていません。
「これは……?」
1ページ目をめくって見れば、紙が一枚添えられていました。
「『大好きなヴァイオレットへ。旅の思い出を語るには、記しておく物が必要でしょ? 羽ペンも一緒に、貰ってくれる? のびのびと生きてね。 ──マーガレットより』……お母、さん……!」
読んでいる途中から、既に涙がぽろぽろと溢れていました。私は手を震わせつつも、でなんとか羽ペンを手に取り、白紙の題名に、そっと『スミレ』と書き込みました。
そして私は、旅に出ても自分の身を自分で守るために、毎夜私はこっそりと村の書庫へ入り浸り、魔導書を読み漁り、貪欲に魔法を覚えていきました。
練習は、お母さんのお墓がある大きな木の前。出来るだけお母さんをそばに感じていたかった、それだけです。
母が亡くなってから、止める者が居なくなった差別は、更に酷くなっていきました。しかし、絶対に達成するべき目標ができた私は無敵です。『魔族の子』だと罵られても、子供たちに殴り掛かられても、泥を被っても、私は決して折れませんでした。
魔法の練習を重ねたある日、いつものように私に殴り掛かろうとする子どもたちの服の裾に、火をつけてやりました。砂や泥なら風で持ち主にお返ししてやりました。石を投げてくるなら氷で防ぎました。むしろ、今までのお返しとばかりに頭から冷や水をぶっかけてやりました。
お陰で私は、より一層気味悪がられることになりますが、それはむしろ好都合でした。村を出て行けと言われることがありましたが、言われなくてもそうするつもりですから、ご安心を。
それから数年の年月が経ち、私は15歳になりました。私は主に植物魔法の扱いが得意になりました。スミレの花について色々調べていたせいか、関連する植物魔法が、いつの間にか上達していました。他の魔法も、簡単なものなら使えるようになりました。
同時に、毎日コツコツお金を貯めていたお陰で、お金にもそれなりの余裕ができました。私が旅に出れば、完全に我が家に住む者は居なくなってしまいます。ですが、売り払うことはしません。母のお墓のこともありますし、生まれ育った家ですからね。
次に、私は旅装を整えました。長い髪の毛は、そのまま下ろしました。服装は、ホワイトのブラウスに、上からマントを羽織っています。上からフロントが短めのネイビーのフィッシュテールスカート、その中にショートパンツです。デザインも動きやすさも抜群です。
寝巻き用に緩めの白いワンピース、他にもハンカチなんかの小物類も買いました。周囲の胡乱な眼差しなんて気にしません。
旅装に身を包み、自分の姿を見ることにしました。
うちには鏡なんて大層なものはないので、水魔法で作った水鏡で代用します。
「わぁ……」
私は、真新しい服に身を包んだ自分の姿に感動しました。流石は私、似合いますね。クルッとターンを決めると、揺れる淡い紫色の髪。雪のようにきめ細やかな肌。
ふむ。なんというか私、想像以上にイケてる美少女ですね。
自画自賛だの天狗だの言われようが、本当にそう思っちゃった分には仕方ないのです。鼻歌交じりにしばらく水面を見つめていました。
必要な荷物をまとめ、玄関にゆっくりと鍵をかけました。
「……この家に帰ってくることもしばらく無いでしょうけど、気長に待っていて下さいね」
私は手荷物を確認し、家の鍵を小物の海に沈めます。またいつの日か、帰ってくると誓って。
「さてと。じゃあ行きますかね!」
私は森の中の小道を走りました。木々の間から時折頬を撫でる風が心地よいですね。
「こうして、ヴァイオレットの新たな旅路が幕を開ける……なーんて、言ってみたりして!」
私、ヴァイオレットの旅路は最初の一歩を踏み出したのでした。
始まりました。ヴァイオレットの旅路、お楽しみください。