蛇姫の卵
蛇姫に会いに行く
それは死を覚悟した時に使う言葉
アイリの村では戦争に行くとき、
あるいは遠くの地へ巡礼に出かけるとき、
もう戻ることができないと覚悟を決めてそう言った
だがアイリは蛇姫に会っても今もこうして生きている
初めて会ったとき蛇姫は、
アイリより少し年上の輝くような美しい黒髪の少女で
彼女は地上に残された姉君たちを迎えに
天で悲しむ父と母のために1人で地上へ降りてきた神の娘なのだと言った
優しく美しい蛇姫は、
人の振る舞いに傷つき涙を流しながらもそれでも「帰らない」と言う姉たちに
気も狂わんばかりに悲しんだ
悲しんで悲しんでそうしてとうとう気が触れてしまった蛇姫は
それでもアイリの前では優しい穏やかな姫だった
アイリに天の国の話を聞かせてくれ、
美味しい天の国のお菓子をくれ、
花畑で一緒に遊んだ優しい姫だった
けれど狂った彼女は、彼女に会いにきた姉君たちを殺して食べてしまう
「一緒に天へ帰りましょう」
そう言って
領主の後継だったという騎士をたった1人側仕えに
蛇姫は今日も姉たちがやってくるのを待っている
もう長いこと待っている
アイリは蛇姫の館で大きな卵を抱く蛇姫を見た
姉君たちを1人、食べたら一つ
蛇姫は卵を産む
産んだ卵を抱きしめて、蛇姫はいつか卵と共に天へ帰る日を思う
「お姉様、一緒に天へ帰りましょうね」
ある日、村に戦士と娘がやってきた
娘は天の国の魂を持っていた
年老いたアイリは娘を蛇姫の館へ案内した
いつか、いつか蛇姫様を救ってくれる人が来る、そう信じていた
その人がやってきた、そう信じていた
狂った蛇姫は戦士に斃された
蛇姫の館は崩れ落ちた
卵は壊れる
姉君たちは自由になる
自由になった姉君たちは、蛇姫を抱きしめて空へと昇っていった
光り輝く天の国へと
蛇姫の夫である騎士と共に
アイリは崩れ落ちる館の中へと入っていった
死体は見つからなかった
アイリは蛇姫と一緒に行ったのだろう
人はそう噂した
本当のところは誰も知らない
狂って傷ついた蛇姫の魂は眠っている
天の国で
優しい殻に包まれて
傷が癒える日を待っている
そのそばには騎士がいて、
そして侍女が1人いる
父が、母が、姉たちが、
彼女が目覚めるのを待っている
癒された蛇姫の目が覚めるのは、もうすぐ
穢れのない彼女の目が覚めるのは、きっともうすぐ
何もかも全てが許されていたことを彼女が知るのは、きっともうすぐ