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空のまなこ

作者: 春野糖花

わたしが愛を知った日の話をしましょう。

あの頃のわたしは雨の日になるとよく散歩に出かけました。

人が家で鬱々と過ごしている様子を想像して喜ぶ趣味があったからかもしれません。

その日は桜が満開に咲いていて、ニュースキャスターはしきりに花が散ってしまうと嘆いていました。

だから、ひねくれ者の私は余計に気分がよかったのです。

この嵐よ、花をすべて散らしてしまえと。

儚い命を思って、少し口角を上げました。いつだって終わりの瞬間が美しいからです。

わたしは家から徒歩30分の桜並木にいました。まだ午後三時だと言うのに、あたりは曇っているせいで薄暗かったです。

わたしの最愛になる、その女の子と出会ったのはその日のその時でした。


その子は青い眼をしていました。

髪も肌も色素が薄くて、小柄なのもあり儚く思えます。

その女の子の名は、サヤカと言いました。

清と書いてサヤカと読むらしいです。

同性のわたしから見ても清らかに映ったその子にぴったりの名前だと思いました。

なぜその子と出会うことになったのかと言うと、それは清がわたしに話しかけてきたからという一言で説明がつきます。


「カナちゃん?」と清は尋ねました。

その時の清はびしょ濡れで傘も持っていない様子で、見たところ家路を急いでいるようでした。

その子がいきなり驚いたように立ち止まったかと思うと、わたしにそう尋ねてきたのです。わたしは困った、人違いだろう、と思って苦笑いを浮かべてしまいましたが、きちんと訂正しました。

そうすると、清は少し俯きました。

わたしからは俯いた彼女の表情が見えなかったので、友達か誰かと間違えて恥ずかしがっているのだろうと思っていました。

でも、次の瞬間それが間違いであったことに気づきました。

雨粒でわかりにくくなっていましたが、あの表情は。

きっと泣いていたのだと思います。


話が飛躍しますが、わたしは空の青さが好きです。でも、それがどうしても手に入らないことはわかっています。

子どもの頃、何度も空に向かって手を伸ばして掴めない雲に落胆したのですから。

あの日、あの後自宅に彼女を家に招いてしまったのはきっとそのせいだと思います。

彼女は、空のまなこを持っていました。

それを、わたしは少し美しいと思ってしまったのです。


「落ち着きましたか。お茶を入れましたが飲まれますか?」

清は憔悴した様子に見えました。

タオルと仮の衣服を貸し出して、脱衣所から出てくるのを待ってそう尋ねました。

わたしは高校生でしたが、一人暮らしをしていたので、家に急に人を招いても問題ありませんでした。

「……すみませんでした。人違いに、服まで……その、本当に違うんですよね?」

「違うとは」

「カナちゃんではないんですよね。いえ、本当はわかっているんです。すみません」

清は悲しそうに俯く。わたしの持論としてはここで踏み込まない方が楽に生きられる。そう思って深追いはよそうと思っていた。

でも、その時は運命の気まぐれか、カナちゃんとは誰か、つい聞いてしまったのでした。

彼女はしばらく黙っていましたが、観念したように口を開きました。

「カナちゃんは私の友達です。元、ですけど。一ヶ月前に亡くなってしまったので」

そう言い終えると彼女の瞳には涙の雫が溜まっていた。

その様子からすると、とても大切な友達だったのだと察することはできました。

それも運命の気まぐれ。その日、わたしは夕方まで彼女の話を聞くことになるのでした。

高校生であること。カナちゃんは同じ高校に通っていた同級生であること。

彼女にとって最愛だったこと。


清の語る愛は、とても美しかった。

空のまなこからは涙が溢れ出して、わたしはそれを雨のようだとぼんやり思うことしかできなかった。

その日、わたしは恋愛を本当の意味で形式だけのものだと理解した。

最愛は、恋愛とは限らないのだ。

家族にその愛を持つ人もいるし、こうして友達が最愛だった彼女もいる。

わたしが聞いた中で、一番心に残っているのは清が何度も私は何処でだってついていけた、と繰り返していたこと。

カナちゃんの死は自殺だったそうだ。


それから、貸した衣服を返してもらうために何度か連絡を取りあって、また会えるといいですねとは言ったものの二度と会うことはなかった。

でも、わたしはしばらくして、最愛とは何か考えました。

その時、わたしの最愛という枠の中に清が当てはまるのではないかと思ったのです。

もう会えないだろうに、わたしは布団に寝転んで、愛していると呟いてみました。

わたしの中でその言葉はゆっくりと咀嚼されました。


わたしは愛を知らない家庭で愛を知らない子どもとして育ちました。

家では金銭面の苦労は一切しませんでしたが、両親ともそこに愛はなくて政略結婚に近かったようです。

両親はわたしのことは心底どうでもよかったようで、家から離れた高校に行って一人暮らしをすると言ったときでさえも興味もなさそうな様子でした。

そんなわたしだから、愛なんてわからなかった。

というより、知らなかったのです。

でも、でも、でも、そらはきれいだ。

そう思って、清を想って、初めて愛を知りました。

これは単なる感動で、美しさに感銘を受けただけなのかもしれません。

それでも、わたしはそれでよかったのです。

愛を知らないまま生きているわたし自身が、あまりにも寂しいようでならなかったから。

その美しさでわたしは満たされたのでした。


空の色と海の色は似ています。

それは、海が青空を愛したからだと、わたしは思うようになりました。

わたしは、海になって清を愛しているのです。

今もずっと、ずっと。

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