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第九話 ハンター登録と休息



「ハンター登録料はお二人で銀貨三十枚となります」



 ぐっ……! 痛い出費だが仕方ない。小銭だとしても細々とした依頼を達成出来れば路銀は稼げるんだ。ここは先行投資として……!



「頼む」


「ひい、ふう、みい…………はい、確かに三十枚頂戴しました。それでは登録証を作成しますので、こちらの登録用紙に記入をお願いします」


「……この項目は全て書き込まなければならないのか?」


「いえ、例えば()()()()などが登録する際はファーストネームだけでも結構です。偽名を使っていただいても構いませんが、仮に犯罪を侵した場合に身分証となる登録証に偽名が登録されていると、罪が五割ほど重くなります」



 つまり家名は要らないからできるだけ本名で書けということか。この説明を聞き流したり真意を汲み取れずに偽名で登録する、そういった犯罪者を炙り出す目的なんだろうな。


 登録の手順は予め聞かされている。登録料を支払い登録用紙に記入。それを登録証を作成する魔導具に登録し、鑑定魔導具と同期させて情報を登録証に刻み込むのだとか。

 この時点でハンターギルドには偽名を使用したことがバレるからな。登録時点でそういった者を要注意人物としてリスト化しておき、犯罪行為が露見した際に執行機関に提出する仕組みでもあるんだろう。


 鑑定魔導具を誤魔化す手段は今のところ無いと学んでいる。つまりこの登録を行った時点で、俺の氏素性(うじすじょう)はハンターギルドに掌握されるという事だ。

 それを嫌うのであれば高い手数料を支払って個人取引を行うしかない。公爵家の身分をみだりに露呈したくない俺からすれば、ハンターの身分証は是が非でも手に入れたいのだから、まあ損益は釣り合っているんじゃないだろうか。


 要は犯罪を侵さず、優良なハンター活動を心掛ければ良いだけの話だからな。



「これで頼む」


「はい、お預かりします。…………はい。では作成に移りますので、こちらの鑑定魔導具にお一人ずつ手を置いてください」



 愛想良く応対してくれる受付嬢に促されるがまま、俺は鑑定魔導具に手を置く。

 まるで〝手紋認証機〟のようなソレ――前世にも似たような〝機械〟とやらがあったらしいな――が光の線を指先から手首まで往復させ、動作を停めた。



「はい、こちらが〝サイラス〟様のハンター証です。それではお連れの女性の方も――――」



 受付嬢に手渡された登録証は硬質な素材でできたカードで、表面に俺のハンターとしての情報が、裏面に複雑な魔法式が刻まれていた。そしてカードの右上の隅には、小さな穴が空いている。


 恐らくはチェーンか何かをそこに通し、首から下げられるように為された工夫なんだろうな。身分証を紛失すると大変だろうし。



「はい、こちらが〝アンネロッテ〟様のハンター証になります。お二人はここ〝ディーコンの街〟での登録が初登録のようですので、サービスとして首から下げるための革製のストラップをプレゼントしますね。素材の強度に不安がお有りでしたら、後ほどご自分で取り替えて下さっても構いません。カードについての説明をお聞きになりますか?」


「是非頼む」


「はい、お聞き下さりありがとうございます。それではまずはカードの表記についてです。ご自分のカードの表面をご覧下さい」



 表面……俺の情報の刻まれた面に視線を落とす。そこには……



 名前:サイラス 種族:人間族 性別:男

 年齢:18 登録地:ディーコン支部 ランク:F



と表示されている。



「現在の表示は初期表示となっています。最低限の身分を示すのに必要な表示ですね。都市の入退場の際はこの表面だけを提示すれば大体は通れます。次に裏面に刻まれた魔法式に魔力を流してみて下さい」



 言われた通りに魔力を流すと、カードの魔法式が淡い光を放ち、四角い窓のようなものを空中に映し出した。

 〝ステータスウィンドウ〟? 〝ゲーム〟? よく分からんな、なんの事だ前世の俺よ?



「現在浮かび上がっているその窓のような物は、〝ステータスウィンドウ〟と呼ばれています。伝説の勇者様がその呼び名を広められたそうです。そちらにはより細かい情報が記載されています。


「魔法適性や称号、所属パーティーや達成依頼、それから魔物討伐履歴などですね。そちらの情報は所有者の魔力と連動していますので、随時更新されていきます。


「主にはパーティーメンバーの募集の際や、依頼を受注する際の自身の信用証明、それからランクアップ試験の際の判断材料にも表示を求められることがあります」



 なるほどな。表面は身分証、裏面のステータスウィンドウはより詳しく俺の情報を証明してくれるという訳か。



「それから注意事項を。表面の表記はランクアップやダウンの際に各ギルド支部で更新しないと変わりませんが、一つだけ、お名前の欄の色が変わる事があります」


「名前の色が? どうして変わるんだ?」


「はい。これはハンター証の有効期限を表すためです。お二人は初期ですのでFランクとなっておりますね。Fランクハンターの場合ですと、三週間依頼を受けていない状態が続きますと、ハンター証の効果は失効し名前が赤くなります。この状態で身分証として提示しても、ハンター証は効力を発揮しません」


「失効した場合はどうするんだ?」


「最寄りのハンターギルド支部へ直ちに届け出てください。ハンター証の紛失の場合も同様です。そこで再発行の手続きを行えますので、ご希望の際は再発行手数料を頂戴することとなります」


「なるほど、身分証だけを目当てに登録する者を排除するためか。ちなみに再発行手数料は幾らなんだ?」


「ご理解が早くて助かります。その通りです。そもそも再発行は三度までしか受け付けられません。初回は小金貨15枚、二回目は金貨1枚、三回目は金貨5枚を頂いております。これはハンター証を紛失するなど軽視している方への警告も兼ねての料金設定です」


「四度目に紛失もしくは失効した場合は?」


「ハンター登録を抹消、二度とハンターとして登録が出来なくなります。大切な物の管理を四度も失敗する方には、最早ハンターは名乗らせられないというギルドの方針ですので、ハンター証の保管には充分にお気を付けくださいね」


「なるほど道理だな、よく分かった。説明は以上か?」


「ハンター証の偽造は重罪となりますので、発見次第登録抹消の上賠償金をお支払い頂き、提携国の執行機関に身柄を引き渡されます。くれぐれも、そのような愚かな行為はなさらないで下さいね。


「それから、受注出来る依頼のランクについてですね。基本的には自身のランクより下の物でしたらどれでも受注できます。ただランクが上の物ですと、自身のランクの一つ上までとなりますのでご注意下さい。パーティーを組まれた際は、パーティー内の最高ランクの方に準じた依頼を受けられます」


「分かった、気を付けよう」


「依頼はそちらの掲示板に早朝張り出されます。お好きな物を選び、受付カウンターまでお持ち下さいね」


「説明ありがとう。まあ今日はとりあえず登録するだけだから、用事もあるしまた後日見てみる。ああそうだ、ちなみにだが……」


「なんでしょう?」



 俺はこれからの旅で路銀稼ぎにハンターをやっていく上での、一つの懸念事項を訊いておくことにした。



「小さな子を連れての依頼受注は可能か? 十歳の子供を保護しているんだが、旅に同行するその子にあまり危険のない依頼を斡旋してもらったりは……」


「そうですね……。街の外での依頼になると絶対安全とは言えませんが、採取系や荷運び、奉仕系の比較的危険の少ない依頼でしたらご紹介できるとは思います。掲示板にお求めの依頼が無ければ、受付にご相談下さい」


「そうか、助かる。その時はよろしく頼む」


「はい。それでは、新人ハンターのお二人の幸運をお祈りしています」



 なんとも気持ちの良い応対を受けてしまった。客だからだろうが、女性に笑顔を向けてもらえるのは悪い気はしないものだな。


 …………あの、アンネさん? さっきからヤケに静かだと思っていたら、どうして俺を睨んでいるのかな?



「サイラス様は……あのような軽薄な笑顔ばかり浮かべる女性がお好みなのですか? 随分と熱心に会話されていましたが……」



 違うからね!? 別にあの受付嬢にデレデレなんてしてないからね!? 大事な説明だから真剣に聞いてただけだから!?





 ◇





「ただいまニーナ。帰ったよ」



 宿の借りている部屋の戸をノックして、中で留守番をしている少女に声を掛ける。すると薄い扉越しにパタパタと駆け寄ってくる音が聴こえ、内側から鍵が外され戸が開いた。



「おかえり、サイラスお兄ちゃん! アンネお姉ちゃんも!」


「ただいまニーナ。良い子にしてたか?」


「ただいま戻りました、ニーナ。お昼ご飯を買って来ましたので、食事にしましょう」



 ハンターギルドで登録を済ませ、俺とアンネは屋台で簡単な食事を購入して、滞在している安宿へと戻った。

 二日連続でニーナを独り留守番させているのも気が引けたし、何より彼女はまだ本調子じゃないからな。



「二人とも、ハンターさんになれたの?」


「ああ。これがハンター証だ。まだ駆け出しのFランクだが、これで路銀を稼ぎながら旅ができるぞ」


「ふわぁ! スゴい、カッコイイね!」


「そうか? まあ、それより食事にしよう。ニーナも明日にはその枷が外せるからな。思い切り走りたいだろうが、沢山食べて体力を付けないと、すぐに疲れてしまうぞ?」


「うん! お兄ちゃん、ありがとう!」


「ニーナは素直ですね。串焼きと果汁をどうぞ」



 アンネから屋台で買った串焼きを受け取り、美味そうに頬張るニーナを眺めながら、俺はこれからの予定を頭の中で考える。


 明日はセルジオさんの鍛冶屋に行って、約束通りニーナの手枷と足枷を外してもらう。それが済んだら、ニーナの旅の道具も買いに行かないとな。

 それから出来ればハンターギルドに寄って、安全且つ実入りの良い依頼が無いか問い合わせてみよう。そんな都合の良い依頼など真っ先に他のハンターに取られているかもしれないが、その時は多少稼ぎが悪くてもできる範囲で依頼を受けて、少しでも路銀を貯めないとな。


 それと本来の旅の目的……俺の愚行で迷惑を掛けた人への謝罪も進めなければ。この和やかな光景を目にしていると、つい忘れてしまいそうになってしまう。

 それじゃいけない。俺はエリィに……妹のエリザベスに絶対に帰ると約束したのだから。今夜ニーナが眠った頃に、アンネロッテにそれとなく次の人の情報を訊いてみることにしよう。


 ただ、それまでは……



「お兄ちゃん! この果汁すっごく美味しいよ!」


「はは、そうか。どれ、ちょっと貸してみな。アンネ、綺麗な布を広げてくれ」


「……? どうなさるのですか?」


「こうするのさ。水よ集まれ。凍てつき固まれ――――【氷生成(アイスメイク)】」


「ふわぁっ! これ、氷!?」


「コレをこうして果汁に入れて、冷やして飲むんだ。こうした方が美味いぞ」


「また、普通でない魔法の使い方を……」


「良いじゃないかアンネ。アンネも使って試してみろよ。戦いだけじゃなくこうして生活にも役立てた方が、魔法の神様もきっと嬉しいだろうさ」


「美味しい! 冷たくて美味しいよお兄ちゃんっ!!」


「うっ……で、では、私も…………ッ!? コレは……ッ!?」


「な? 美味いだろ? ただあんまり冷たい物ばかり腹に入れると痛くなるから、飲み過ぎと氷の入れ過ぎには注意しろよ?」



 前世の記憶にある魔法の生活への活用法も、こうして俺達だけで楽しむだけでなくて、何か金稼ぎの種にでもならないもんかな……?



「サイラス様、果汁のお代わりを希望します」


「いや、飲み過ぎると腹を壊すぞって今……」


「果汁のお代わりを希望します」


「路銀も節約しないと……」


「私がハンターとして稼ぎます。お代わりを希望します」


「…………はぁ、分かった。ニーナの分も買ってきてやれよ?」


「行って参ります!」



 相変わらずアンネの押しには弱いな、俺は。

 そう溜息を吐きつつ、ニコニコと果汁と串焼きを交互に口へ運ぶニーナを眺める。


 まあ、いいか。

 どのみち長い旅になることは承知の上なんだ。たまにはこんな風に休息も必要だろう。


 そう心の中で区切りを付けた俺は、慌てて串焼きを喉につかえさせたニーナの背中を、そっと撫でてやるのだった。





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