第七話 進化する【土下座】
「【ケナル草】てぇ薬草を、十株採取して来な。それが出来たら半値の小金貨5枚で枷を外してやる」
「薬草を……? 誰か病気なのか?」
「お袋がな。で、どうなんだ? やるのか、やらねぇのか」
「やるさ。絶対に集めてまた来る。だから待っていてくれ」
セルジオさんの鍛冶屋で、路銀が心許ない俺は枷を外す代金を負けてもらうために、こうして薬草を採取する依頼を受けた。
合流し事情を説明してアンネ……アンネロッテに聞いたところ、ケナル草とは主に老人が罹る肺腑の病に効く効能があるらしい。
症状を聞いてみると前世の記憶が掘り起こされ、“肺炎”という病名が思い浮かんできた。しかし病に関してはそう詳しくはなかったのか、“抗生物質”だのと言葉は浮かぶものの、詳細は分からなかった。
「それでアンネ、そのケナル草という薬草は何処で採取出来るんだ?」
「ハンターギルドで集めた情報に拠れば、この辺りの森のやや深部に群生地が在るそうです」
町の入場門から出て行く者達の列に並ぶ俺とアンネは、件のケナル草の採取の段取りの確認をしていた。
ニーナは宿で休ませている。未だ体調は本調子でないし、手枷足枷を着けたままでは森の移動は困難だろうという判断からだ。
出がけに不安そうな顔をされたが、必ず戻る事と、俺達以外の者が声を掛けても鍵を開けない事を約束し、なんとか留守番を納得させた。
「群生地という事は沢山生えてるんだよな。十株と言わずもっと沢山採取してくれば、店主の心証も良くなるんじゃないか?」
「いいえ、サイラス様。ケナル草から作る治療薬は劣化が早く、保存が利かないそうです。なので余分に採取しても無駄になってしまうでしょう。聞けば鍛冶屋の店主は、定期的にハンターギルドに採取依頼を出しているそうです」
「なるほど、保存の事までは頭が回らなかったな。ならハンターギルドで買取なんかはしていないのか? ケナル草だけでなく他の薬草類や、魔物や獣の素材なんかをさ」
「買取は可能ですが、登録されたハンター以外ですと審査に手間が掛かるようです。盗賊等の犯罪者でないかの確認ですね。またハンター以外の買取価格はかなり手数料が引かれるようですね」
「そうか。路銀の足しになればと思ったが……」
「この依頼を達成したら、ハンター登録なされてはどうでしょう? 貴族身分の者でもなれない訳ではありませんし、何でしたら私が登録しても構いませんが?」
アンネの提案に暫し考えを巡らせる。
ハンターとは、住民や領地から出される依頼を対価と引き換えに請け負う者達の総称だ。
細かく分類すると各々専門分野があるらしく、有名なもので言えば“トレジャーハンター”や“モンスターハンター”、それから“バウンティーハンター”等が存在する。
トレジャーハンターは、主にダンジョンに潜って貴重な魔導具等をターゲットにしている者達だな。
モンスターハンターは、多種多様な魔物を討伐する事を生業にしている者が多い。
バウンティハンターは、俗に賞金首と呼ばれる犯罪者達を追う者達の事だな。時には賞金が掛かった魔物も狙うらしいが。
ん? “冒険者”?
なるほど。前世の四ノ宮夏月も似たような職業を識っていたようだ。
“異世界ファンタジー”? “ラノベ”みたい? ……済まん前世の俺よ。何が何だかサッパリだ。
ともあれ、俺はある程度の魔法も使えるし、アンネは近接戦闘の腕は確かだ。
ハンター登録証は身分証にもなるらしいし、この先旅を続けるにも、いちいち身分を明かしたり町への入場料を取られる事も無くなるのだから、利は大きい気がする。
「それも視野に入れておこう。ニーナに危険の無い依頼ばかり受ける事になるかもしれないが、行く先々で路銀を稼げるのは大きいからな」
「では鍛冶屋の店主の依頼を達成しましたら、一度ハンターギルドにも立ち寄ってみましょう」
「ああ。だけどそれよりも、まずは店主の依頼に集中しないとな」
そう話している間に列は進み、俺達は町への入場料と同じ額を二人分払って、街道へと踏み出した。
◇
「森に足を踏み入れたのなんて、子供の頃に父上の狩りについて行った時と、学院の野外実習の時くらいしか無いんだよなぁ……」
慣れない獣道を時折現れる樹の根に足を取られながらも、なんとか奥へと進んで行く。
先を行くアンネは流石と言うべきか、鉈剣を振るい茂みを切り開きながらも軽快に俺を先導している。
「そのマチェットはどうしたんだ? アンネの武器は短剣だっただろう?」
「ハンターギルドでの情報収集の際に、隣接する武器屋で中古の物を購入しました。主武器で茂みを切り払うなどしては、植物の汁や枝などですぐにダメになってしまいますからね」
「なるほど、流石アンネだな。頼りになる」
「はぅッ!?」
おお? 珍しくアンネが足を取られて転びそうになったぞ? まあその後すぐに立て直してたから、怪我の心配も無さそうだけどな。
「大丈夫かアンネ?」
「だ、大丈夫ですっ! お気になさらず……ッ!」
なら良いんだが…………森の中で蒸し暑いせいか? やけに耳が赤くなっているんだけどな……?
森に入って一刻半くらいか。
時折アンネが陽の位置や周囲の特徴を確認しては地図と照らし合わせ、地図上の現在地を更新しながら奥へ奥へと突き進む。
そして。
「この近辺にケナル草の群生地が在る筈です」
アンネが足を止め、俺に地図を示しながらそう教えてくれる。
「結構歩いたな。流石に街道と違って、かなり体力を消耗するもんだな」
「一度休息を挟みますか?」
「いや、ニーナが心細い思いをしているだろうし、俺も出来れば早く帰りたい。このままケナル草を探そう。ちなみにケナル草の見た目ってどんなのなんだ?」
「ハンターギルドで薬草の絵を見せてもらいましたので、模写してきました。こちらです」
「ふぅん……? なんだかギザギザしていて痛そうな葉の形をしてるな」
「葉の部分と根の部分、両方が薬の生成に必要だそうです。周囲を余分に掘り、採取してから土を落とすと綺麗に収穫出来るそうですよ」
「なるほど分かった。道具は有るのか?」
「最初の道具屋でスコップも購入しています。恐らく薬草等が必要になる事を見越してでしょうね」
凄いな道具屋……!
至れり尽くせりとはこの事だ。この先もきっと俺は、彼に対して頭が上がらないんだろうな。
「そうか。じゃあそれはアンネが使うといい。俺は土魔法で地面を操れば採取できるだろうしな」
「……サイラス様は変わった魔法の使い方をされますね……? 身体を清めるために水魔法を使ったり、今度は薬草を採るために土魔法ですか……」
そう言われてはたと気付く。
この世界では魔法は攻撃と防御、そして支援や治癒と、主に戦闘行為ばかりに活用されている。魔法とは戦いの道具だというのが世間一般の常識なのだ。
ならば何故……と思い至った所で、俺は前世の四ノ宮夏月の記憶を確認する。
また“ラノベ”か。
なるほど? 創作物の一種で、そこでは地球とは違う魔法のある世界の事を“ファンタジー異世界”と云い、四ノ宮夏月と同じ日本人が魔法を創意工夫して活躍する物語が多いのか。
この知識はかなり参考になりそうだな。
「ま、まあ、ちょっとした閃きだな。さあ、遅くならないように急いでケナル草を探そう」
「分かりました。頑張りましょう、サイラス様」
いつもの如く無表情なアンネと手分けをして、彼女は憶えたと言うので借りたケナル草の絵を睨みながら、周辺を探索する。
探索を始めて四半刻ほどが経過しただろうか。
「あった! 在ったぞアンネ!! 見付けた!!」
嬉しさと達成感から、俺は大声でアンネを呼んだ。
ケナル草だ。間違いない。何度絵と見比べてみても、その確信は増すばかりだ。
「おおい! アンネ! アンネロッ――――」
「サイラス様いけませんッ!」
「ムグゥッ!!??」
これでニーナを本当に自由にしてやれると、興奮して再び声を上げた俺だったが、突然掛けられた鋭い声と共に口を塞がれた。
慌てて首を動かすといつの間に近くに来ていたのか、アンネが若干眉尻を上げて、その指の細い手で俺の口を覆っていた。
「ムググッ!?」
「(お静かにサイラス様……ッ! 此処は森の中なのですよ……ッ!?)」
小さな、それでも鋭い声で指摘されて、ハッと我に返る。
そうだった……! 俺は何をやってるんだ!?
ここは安全な人の領域じゃない……魔物や獣の暮らす森の中なんだ……! そこで大声を出すなんて、俺はなんて馬鹿な事を……ッ!!
自身の愚かさを省みたのも束の間、何かが蠢き茂みを揺らす音を耳が拾った。ガサガサと下生えや枝葉の音が、時折何かの鳴き声のような音が、徐々に大きくなってくる。
「いけませんね。どうやら補足されたようです」
アンネが通常の声音に戻して、そう言葉を零す。
俺はどうしようもない愚かな自分の不注意に対し怒りも沸いていたが、それよりもアンネに対し謝りたい気持ちで一杯だった。
そしていざ謝ろうと口を開いた、その時――――
「ゲギャギャギャギャッ!!」
「グゲゲゲ……!」
「ギィーギャッギャッ!」
耳障りな鳴き声とも嗤い声とも、どちらとも着かない声を上げながら、ソイツらが茂みの中から躍り出て来た。
「ゴブリン……!」
現れたのは人型の小柄な魔物達。
緑色の肌をして、醜悪な顔に悪意と害意を浮かべ、獲物にむしゃぶり付くための口はこれから行う行為を思ったのか愉悦に歪み唾液をダラダラと溢している。
上半身裸で腰布だけのヤツも居れば、何処ぞのハンター達から奪ったのか胸当てを着けていたり、肩当てや装飾品を着けている奴まで居る。
「全てゴブリン……十匹ですか。まあ何とかなるでしょう」
「アンネっ! 俺は……ッ!」
「サイラス様、お気になさらず。それだけニーナの事を心配していたのでしょう? 大丈夫です、数匹も倒せば散るでしょう」
「だが、ゴブリンと言えば……ッ!」
最悪の事態を想像してしまい、思わず言葉に詰まる。
俺は一体何様だ? 俺の間抜けな行動のせいでこんな危機に陥っているというのに、巻き込んだアンネを偉そうに心配して。
「女性と見れば攫って繁殖の苗床にするのは知っています。捕まらなければどうという事はありません」
「ッ! 俺も精一杯魔法で援護する。これ以上足を引っ張ったりしない……!」
アンネが手に持っていた鉈剣を近くの樹の幹に打ち付け、食い込ませてから放す。
そうしてから本来の武器である短剣を取り出し、両手に装備した。
俺も道具屋が見繕ってくれた短剣を片手に持ち、意識を集中して魔力を放出する。
「サイラス様、森での戦闘では……」
「分かっている、火属性は使わない。折角見付けたケナル草を燃やしたくないしな」
頭を戦いへと切り替える。
先に戦った盗賊達の倍の数。しかも慈悲も容赦も無い魔物達だ。躊躇したり油断したりすれば、男の俺は即座に打ちのめされ、殺されるだろう。
「グギャギャギャァアーーッ!!」
一際体格の良いゴブリンが聞くに耐えない咆哮を上げる。
あまり騒がせても更に魔物を呼び寄せかねないし、俺は奴等の出鼻を挫くため急いで魔法を構築する。
「地よ弾けろ、我が敵を穿て――――【岩の礫弾】ッ!」
地面から無数の石礫を生成し、ゴブリン達が包囲に動く前に、固まっている内に少しでも数を減らそうと集団に向かって即座に射出する。
「ギギャッ!?」
「グガッ! ギャッ!?」
乱れ撃った礫弾は周囲の樹の幹に被害を与えながらも、狙い通りにゴブリンの集団を襲い、数匹の頭などの急所に当たり身悶えさせる。
「ギャウッ!?」
「グピァッ!」
連中の動きが止まった隙を突き、アンネが逆手に持った二本の短剣で近場の二匹を仕留めた。
なるほど。先の盗賊との戦いでも喉を狙っていたが、比較的柔らかく且つ当たれば効果が高くて動きも止められるからなのか。
森の中だというのに素早く動くアンネに喉を裂かれたゴブリンが、首を押さえて膝から崩れ落ちる。
「サイラス様、弓を持った個体が居ます。そちらをお願いします」
打撃を与えてすぐに距離を取ったアンネから指示を受ける。
集団を見回すと、確かに弓を装備したゴブリンが二匹、後方で仲間の陰に隠れるようにして矢を番えている。
「ああ! 水よ集え、束ね織り成し鋭く穿て――――【水流の槍】!」
空中に水を生成し凝縮させ、鋭い槍を創り出して放つ。
今生成できる限界である五本の水で出来た槍は、高速で飛翔し奥に居るゴブリンアーチャー二匹を目掛けて突き進む。
「ギャウッ!?」
よし、一匹には命中した。放った水の槍が腹部に刺さり、アーチャーの一匹が地面をのたうち回る。
もう一匹は――――
「――――ぐあッ!?」
「サイラス様!?」
腕に鋭い痛みを感じ、思わず膝を着く。
突然の痛みにその箇所を見れば、左の二の腕にアーチャーが放ったであろう矢が突き立っていた。
俺が魔法を放ったと同時にアーチャーも矢を放っていたんだろう。痛みに集中を乱しながらも視界を巡らせれば、体格の良い個体に庇われるようにして顔を笑みに歪めるアーチャーの一匹が見えた。
「大丈夫ですかサイラス様!?」
跪く俺の元に駆け戻ったアンネが、俺の前に壁になるかように立つ。
くそっ! 何をしているんだ俺はッ!
「立てますか!? 集団相手に足を止めては囲まれるだけです!」
「ぐっ……! 分かった……!」
何とか遠距離攻撃のできるアーチャーを仕留めたいところだ。痛む腕を無視して、俺は足を踏ん張り立ち上がる。
なんとか……なんとか連中の意表を突き、行動を阻害できないか……!?
「ッ!?」
再び俺を狙ったであろう飛来する矢を、短剣でアンネが打ち払った。チラリと窺えたその横顔は普段通りの無表情だったが、少し顔色が悪く見えた。
俺のせいで。俺が間抜けだったから、彼女をこんな窮地に追い込んでしまった。
「アンネ、馬鹿な俺のせいで……本当に済まない……!」
俺はせめてアンネの盾になろうと、そしてせめてアーチャーだけでも倒そうと、魔力を放出しながら謝った。
《心よりの誠意ある謝罪を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします。条件を満たしました。ユニークスキル【土下座】の派生スキルを解放します。セカンドスキル【スライディング土下座】をアクティベートします》
頭の中にあのアナウンスがひび…………なんだって?