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第六話 頼みの綱だから【土下座】



「なあ、そろそろ元気出せよ……」


「アンネお姉ちゃん、大丈夫?」



 生家の在る領都を出て一日経った。

 次の……というか最初の目的地の町まで残り半日といった場所で、昨日は学園の実習以外では初めてとなる野営をしたんだ。


 ゴンザレスさんの道具屋で購入した品物の中には、小ぶりなフライパンや鍋等の調理器具も入っていたし、もちろんテントだって(ちょっと奮発して魔力で収縮する物を)買ってある。


 街道から少し逸れた見渡しの効く場所で、俺達は旅の一日目を終えたんだ。


 それで、現在なんだが……



「私は……メイド失格です…………!」


「だからぁ〜、そんなことないって何度も言ってるだろ?」


「アンネお姉ちゃん、元気出して……!」



 とぼとぼと牛歩並の気怠い速度でついて来るアンネ……アンネロッテを、俺と盗賊から救い出した少女ニーナの二人で、一生懸命励ましているところだ。



「お料理が不得手なばかりか、主であるサイラス様にさせてしまうなんて……ッ!」



 昨日の晩からずっとこの調子である。


 というのも、掃除に洗濯、読み書き算術、更には戦闘までこなす一人前のメイドであるこのアンネロッテは…………実は料理だけは壊滅的に才能が無いのだ。

 それはもう全くもって、絶望的なほど無い。


 アンネ、〝不得手〟じゃなくて〝出来ない〟だろ?


 そしてその事実を知ってはいたがすっかり失念していた俺とアンネ。当然道具屋のゴンザレスさんにその事を伝える事もせず、昨日野営の準備をしていざ食糧を広げてみたら……という次第である。


 盗賊から救けたニーナには、パンと水をとりあえず与えただけだったからな。まさか調理が必要な乾燥野菜や、調味料も入れてくれてあるとは。


 そして俺には、アンネの手料理――というか小さい頃に彼女が作った手作りお菓子だな――で酷い腹痛に見舞われた経験がある。


 必然、袋を広げたまま固まっているアンネからソレを取り上げ、俺が調理を担当したという訳だ。





 ◆





「さ、サイラス様っ! 私も何かお手伝いを……」


「いや大丈夫だ本当に大丈夫だ。それより水を魔法で出すから、ニーナのことをキレイにしてやってくれ。ついでに、どこか怪我をしていないかの確認も頼む」



 とこのように、普段とは逆に俺が頑なに協力を御遠慮して、夕食の支度を敢行した。


 俺だってそれこそ野営訓練の時にしか自炊などした事は無い――それも取り巻きにやらせてな――が、少なくともアンネのように砂糖と塩を間違えたりはしない。

 もっと言えば葉物野菜の根っこを洗わずに鍋に入れたりしないし、そもそも包丁を逆手に持ったりもしない。


 そして前世の俺……四ノ宮夏月(しのみやかつき)の記憶も甦った今、俺は料理に関してだけはアンネの一歩も二歩も先を行っているのだ。


 そうして作り上げたのは、乾燥野菜を軽く水で戻してから適当な大きさに切り、干し肉を千切って一緒に煮込み塩胡椒で味を整えた、シンプルなスープだ。


 それに硬く焼きしめられたパンを浸しながら食べて、俺達三人は腹を満たした。


 今世では初めてマトモに料理をしたが、前世の記憶のおかげかなかなかの味だったな。

 できれば〝コンソメ〟が欲しいという思いが湧き上がったが……どうやら前世の世界では、様々な野菜を長時間煮込むスープストックを、手軽な粉末や固めて溶かす調味料として売っていたらしい。


 スープストックか……旅の合間に暇ができたら、挑戦してみても良いかもしれないな。アクを丹念に掬ったり火加減を調節したりと大変そうだが、アンネが料理に適さない以上は俺が頑張るしかないだろう。


 それで、だ。



「ふわあ……っ! 美味しいよ、サイラスお兄ちゃん!!」


「そんな……ッ!? サイラス様が普段お料理されている素振りなど全く無かったというのに、何故これほど美味なスープがッ!?」


「うん、まあまあだな。肉や野菜の旨味もちゃんと出ているみたいだ。悪いな、こんな簡単な物で」


「ホントに美味しいよ、お兄ちゃんっ!」


「解せません……! 何故メイドである私よりも、サイラス様の方がお料理がお上手なのですか……ッ! うぅっ……美味しいです…………ぐすっ……!」


「ちょっ!? 泣くことないだろアンネっ!?」


「アンネお姉ちゃんっ!?」



 …………とまあ、こんなワケだ。


 見張りの順番を前半はアンネ、後半は俺と決め、テントに潜っていざ寝ようとしてみても、アンネのブツブツと話す独り言が気になってなかなか眠れやしなかった。

 そうでなくても、心細かったのかニーナが引っ付いてきて正直戸惑っていたんだしな。


 流石に見張りを交代してからはニーナを起こしてはいけないと考えたのか、大人しく静かに寝ていたみたいだったが。





 ◆





「ああ、女神様……! 貴女様はどうして、私にお料理の才能を下さらなかったのでしょうか……!」


「アンネお姉ちゃん、悲しそう……」


「はぁ〜っ。アンネ、いい加減にしろ。人間誰しも得手不得手は有るものだろう? 料理が出来ないくらいで突き放したりしないし、今は旅の途中だ。出来ない事を補い合うのは当然だろう?」



 いい加減に遅々として進まないアンネも、それを心配してオロオロしているニーナも見かねて、俺は溜息を吐きながらそう話す。



「ですが……料理もできない女など、サイラス様はお嫌いでしょう……?」



 はあ? まったく、どうしてそうなるのか。


 俺は……そりゃあ荒れている時は突き放したりはしていたが、別にアンネのことが嫌いになった事など一度として無い。

 餓死寸前のところを救けてからずっと、()()()()()()()()思っていたというのに。



「そんなことはない。アンネのことは大切だし、好きだよ」


「はうぁッ!!??」



 ん? どうしたんだアンネ? なんで顔を赤くしてそっぽを向くんだ?


 ……まあ何はともあれ、それからは何故か機嫌を良くしたアンネに先導されて、俺達はいよいよ最初の目的地の町へと、辿り着いたんだ。





 ◇





「こりゃあダメだな。鍵穴も完全に錆び付いちまってるし、そのくせ良い鋼を使ってやがる。こんな枷をどっから手に入れたんだか。怪我をさせずに安全に外すってんなら、金貨一枚は貰いてぇ大仕事だ」


「きんっ!? おいおい店主、冗談だろ? たかが手枷足枷を外すだけだろう?」


「きんか……っ!?」



 町へと辿り着いた俺は、早速忌々しいニーナの枷を外すために、門番に聞いた鍛治職人の店を訪ねていた。

 ちなみにアンネは、例の盗賊の頭目の首級を警備隊に届け出て、事情説明の最中だ。


 そんなこんなで、こうして法外な値段を吹っ掛けられているのだが……



「馬鹿言ってんじゃねぇよ。これでもマケにマケての金貨一枚だ。良い鋼を使ってるって言っただろうが。そこらの(ナマクラ)な道具じゃあビクともしねえ業物だ。当然、コイツを壊すにも相応の道具を用意する必要が有るんだよ。ちったぁ頭働かせろ」


「うぐっ……!」



 専門家の意見は馬鹿にならない。鉄や鋼の専門家である鍛冶師の店主がそうまで言うなら、それは確かな事なんだろう。

 しかし、俺達の路銀も心許無い。道具屋で旅の食糧どころか必需品まで一度に揃えたため、旅立ち当初は二十枚有った金貨はその数を五枚ほどに減らしている。


 この先ニーナの旅道具や衣服も揃える必要があるし、何よりまだ路銀を得る良い手段が無い。そんな今、金貨一枚もの出費は正直痛手以外の何物でもないのだ。



「さ、サイラスお兄ちゃん、あたし……このままでもいいよ……?」



 ニーナがおずおずと、俺の上着の裾を引いてそう進言してくる。だけどそれこそ馬鹿を言うなって話だ。


 こんな小さな女の子に手枷足枷を付けたまま、そこらを歩き回れと? そんな事をしたら、アンネロッテやエリザベス……エリィに顔向け出来ないじゃないか。



「なあ、店主。どうにかならないか?」


「ならねぇよ。あのな若いの。育ちが良さそうだから商人か貴族のボンボンだとは思うがな? こちとらコレでメシ食って生きてるんだ。他人(ひと)様の命を預かる道具を作る俺達職人がよ、どうしてその腕を安売りできるってんだよ」



 至極尤もな話だ。

 タダで道具が湧いて出る訳がない。そして道具を作るには材料費も燃料代も掛かるだろう。そういったアレコレも全て加味しての、〝金貨一枚〟という先程の値段なのだ。


 だけど……



「そこを曲げて、なんとかしてくれないか? 両親を喪って孤独になったこの子をこの先護ってやるためにも、今は俺には金が要る。だからって、こんな自由を縛る枷を着けたままにはしておきたくないんだ」


「ンなこと言ったってよぉ……。いい加減にしねぇと、終まいにゃ衛兵呼ぶぞ、若いの」



 店主が苛立っているのが、その表情からありありと伝わってくる。しかしだからと言って、俺だって引く訳にはいかないんだ。

 そのためなら……!



()()()()()だ。なんとかしてくれ!」


《心からの誠意ある嘆願を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします》



 頭の中に、あのアナウンスが響き渡る。

 俺の身体はその瞬間から、絡繰り仕掛けの人形のように意思とは関係なく動き始める。


 今日の床の材質は……くっそ、石材かよッ!?


 自由の効かない視界の端で、今の今まで気にも止めていなかった地面を確認して、しかしそれでも昨日の砂利のゴツゴツした地面よりはと思ってしまったのは、果たして慣れなのか……。



《既に要求は伝えられています。対象:セルジオの心を更に揺さぶる嘆願を動作と共に伝えてください》



 なんだ? 〝更に心を揺さぶる嘆願〟だって?


 既に為した嘆願から発したその所作に操られながらも、俺はアナウンスに従って必死に頭を回転させる。

 そうこうしている間にも、俺の身体はセルジオさんと云うらしい鍛冶師から数歩引いて、両膝を揃えて石造りの床に落としていた。


 ぐっ……うううッ!! 痛ってぇぇえええーーッ!!??


 顔はセルジオさんから逸らしていなかったため、彼が俺のいきなりの行動に困惑する様子が見て取れた。いや、俺も痛くて困ってるんだけどね!?


 そんな気持ちとは裏腹に、身体は粛々と【土下座】の所作をなぞっていく。

 まずい、早く何でもいいからお願いをしなくては……!



「お願いだ! ()()()()()から、この子を助けると思って力を貸してくれ!!」



 そう叫んだ瞬間、セルジオさんの困惑顔を収めていた視界が勢い良く動く。視界はそのまま石の床を目一杯に映し――――


 ――――ガヅンッッ!!


 あ、ぐ、がぁあああああーーーーッッ!!??

 頭がッ!! イタイがヒタイィイイーーーーーーッ!!!


 砂利の地面よりはマシとか思っていた十数秒前の自分を殴ってやりたい!! 全っ然マシじゃねぇよッ! 土とか無しの純粋な石の床を舐めてたッ!!



「お、おいぃッ!? ア、アンタいきなりナニを!?」


《ユニークスキル【土下座】の効果波及を確認。対象:セルジオの困惑が41%、動揺が56%上昇しました。危険は感知されませんでした。対象:セルジオへの嘆願を続けてください》



 くっそォ!? 毎度思うけどアナウンス(コイツ)ってば俺の状態は一切加味してくれやしねぇ!?

 俺はあまりの激痛に眩暈を覚えながらも、なんとか翻意してくれるように言葉を絞り出す。



()()()()()()! この子の枷を外せるまで、雑用でも小間使いでも何でもするから! お願いしますッ!!」


「どうして……そこまで…………ッ!?」


「お、お兄ちゃん……っ!?」



 セルジオさんの困惑の声。

 ニーナの不安気な戸惑う声。

 それらの声が、鈍い痛みの走る頭の中に反響する。


 そして。



《ユニークスキル【土下座】の効果の追加波及を確認。対象:セルジオの困惑が23%、動揺が33%追加で上昇しました。危険は感知されませんでした。嘆願が届いた可能性は47%です。解析報告を終了します》



 そのアナウンスを最後に、身体に自由が戻ってきたのを感じる。

 しかし、〝嘆願が届いた可能性〟? 初めて聴くその言葉の内容に俺は内心で首を傾げていたため、【土下座】をしたまま動けないでいた。


 すると、そんな俺に。



「頭を上げてくれ、若いの」



 険の取れた穏やかな声音で、セルジオさんから声を掛けられる。俺はアナウンスの内容に内心ビクビクしながらも、ゆっくりと顔を上げた。


 だって、〝可能性〟なんだろ? それが〝47%〟ってことは、二分の一で失敗するかもしれないって事じゃ……



「分かったよ。お前さんが金持ちの道楽でも何でもなく、真剣にその嬢ちゃんの事を考えて必死に頼んでいるのは伝わった。意味は分からねぇが、あんなに必死に頭を下げられちゃぁ…………それを断っちゃぁそれこそ職人の名が廃るわな」


「ッ!? じ、じゃあ!?」


「ただしだ! 流石にコッチもタダとは言えねぇ。だから、お前さんに一つ、頼み事をしてぇ」


「あ、ああ! 何でもする! 何でも言ってくれ!!」





 天気は……今日も良く晴れていたな。


 俺は新たな旅の友となったニーナを、彼女を本当の意味での自由にしてやるために、本来の旅の目的とはだいぶかけ離れてはいたけれど今日も……【土下座】をした。


 だけど構いやしない。

 俺の額を打ち付けるだけでこの少女に笑顔と自由が戻るのなら、俺は何度だって打ち付けるだろう。


 …………できれば石材の床はもう御免だけど。


 何はともあれ、こうして俺は、鍛冶師のセルジオさんからの頼み事を聞くことになったんだ。





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[良い点] 手作り菓子で腹痛!!! それは「生焼けクッキー案件」!(何故かアメリカでは生のクッキー生地を食べる文化があります。腹壊す)
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