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第五話 この子を護ると決めた。



「こうなったら……ッ!」



 俺は少女を再び地面に横たわらせ、勢いよく上着を脱いだ。



「サイラス様!?」



 突然上半身を露にした俺に対しアンネ……アンネロッテが驚きの声を上げるが、構ってなんていられない!!


 俺は脱いだ上着を乱暴に丸め、少女の首の下に挟み込む。それによって少女の額は低くなり、見上げるように顎を高くした形になった。



「頼むから恨まないでくれよ……!」



 俺は少女の真っ直ぐになったであろう()()を確認すると、彼女の鼻を摘んで口を開かせ、顎を手の先で支える。

 そして大きく息を吸い込み、少女の胸の動きを注視しながら口を重ねた。



「さささサイラス様ッ!!??」



 黙っててくれアンネ!


 前世の記憶によれば、人は呼吸停止してから5〜10分で心臓が止まってしまうらしい。そうすれば脳への血流が途絶え、更に3〜5分後には回復不可能な深刻な状況となる。だから一刻も早くこの少女の息を吹き返させないといけないんだ!


 俺は朧気な前世の記憶――“防災訓練”? とやらで習ったらしい――から掘り起こした“人工呼吸”の手順を頭の中で繰り返しながら、少女の口の中に空気を吹き込む。


 すると少女の胸が膨らんだのが確認できた。ちゃんと気道が確保できていて、少女の肺腑に空気が届いた証拠だ。

 俺はそれを確認して一旦口を離し、もう一度息を吸い込んで同じように少女の口から送り込む。


 そうしてから今度は……“心臓マッサージ”というのか? 少女の痩せた胸の間、胸の両方の先端を線で結んでちょうど真ん中辺りに(てのひら)を置いて、もう片手をその上に乗せる。


 肩から垂直に力を加えるのがコツらしいな。



「サイラス様、一体ナニを!?」



 尚も喚くアンネは悪いが無視させてもらい、少女の胸が親指の長さほど沈む程度の力加減で、彼女の胸をリズム良く圧迫する。



「イチ、ニィ、サン、シ、ゴ……!」



 テンポ良く少女の顔を確認しながら、声を出して数を数えながら、三十回ほど圧迫する。そうしたら少女の口元に耳を近付け、呼吸が戻っているかの確認だ。


 結果はまだだった。俺はもう一度人工呼吸を試みる。

 そして二回目の人工呼吸を行った直後――――



「ヒュ……ッ! ゴホッ!? ゲホッ、ゴホッ!?」



 よし、呼吸が戻った!!



「大丈夫か!? 慌てなくて良いから、落ち着いて焦らずに息をするんだ!」


「ゲホゲホッ!! ヒュ……ヒュー、ゼェ、ゼェ……ッ!」



 少女はよほど苦しいと見えて、涙を流しながら顔を真っ赤にして必死に呼吸を繰り返している。俺は少女の背中をさすってやりながら、怖がらせないようにできるだけ優しく声を掛けた。



「大丈夫だ。悪い奴はもう倒したから。お前を怖がらせる者はもうここには居ない。だから落ち着いて、ゆっくり息を吸ってゆっくり吐くんだ」


「ハァ……ハァ……ッハァァ…………ッ!」



 よし、だいぶ落ち着いてきたな。



「喋れるか? 俺はサイラスという。お前を捕まえていたらしい盗賊どもは皆、俺達が討伐した。名前を言えるか?」


「フゥゥ……っ! は、はい……」



 四つん這いになって必死に息をしていた少女はそのままペタンと地面に尻を落として、恐る恐るといった感じで俺を見上げてきた。

 アンバーの真っ直ぐな長髪をしている少女は、翡翠色をした大きな瞳で俺を見上げて固まってしまった。痩せこけてしまっているが、健康な時ならとても器量の良い女の子だというのが、その整った配置の顔つきから見て取れる。



「どうした? 名前を思い出せないのか?」



 よほど酷い目にあって心に傷を負ってしまったのか? 前世の記憶によって、“心的外傷による記憶障害”なる知識が思い浮かんだ。



「あたし……ニーナ、名前……」



 良かった。心に傷は負っていないとは言い切れないが、ちゃんと自分の事は解っているようだ。



「そうか。よろしくな、ニーナ。お前が無事で俺も嬉しいよ」


「う……あぅ……っ!」



 ん? どうしたニーナ?

 なんで顔を赤くして俯くんだ? まだ苦しいのか?



「サイラス様、問題ありません。この少女はサイラス様のお顔に見蕩れていただけです」


「っ!? うぅ〜……!」


「見蕩れる? 俺に? 何を言ってるんだよ?」


「…………サイラス様。貴方様はもう少し、ご自分の見目の良さをご自覚なさるべきかと。旦那様のお若い時分の肖像画をご覧になった事はおありでしょう? あの旦那様に、瓜二つですよ」



 若かりし頃の父上の肖像画……アレか。

 今は亡き俺の本当の母上と並んで描かれている、謁見の間に飾られている()の事か。


 え……俺ってそんなに父上に似てるのか……? だってあの父上って、物凄く格好良いんだぞ?

 まだ荒れていない子供の頃は、確かに『父上みたいになる』って言っていた記憶はあるが……


 ん? また前世の記憶が…………“オーランド・ブルーム”? 誰だそれは? “ハイユウ”? ああ、確かに似ているな。え、つまり俺も彼に似てるって事か?


 “イケメン”……? なるほど、見目の良い男の事を“イケメン”と言うのか。本当に前世の記憶は知らない知識で溢れているな……。


 先程の“人工呼吸”といい今回の“イケメン”といい、よほど前世の俺の生きていた国では、教育制度が発達していたらしい。



「ま、まあ俺の見目の事はどうでも良い。それよりどうだ? 立ち上がれそうか?」


「は、はい…………あっ!?」


「おっと……!」



 気丈に立ち上がろうとした少女……ニーナだったが、上手く脚に力が入らなかったようでフラついてしまった。俺は咄嗟にニーナの小さく痩せた身体を両手で支える。


 いや、軽過ぎだろう……!? あの盗賊ども……、マトモな食事も食わせてやらなかったのか……!



「あ……っ! ごめ、ごめんなさ……!」


「ああ良いって、気にするなよ。随分痩せてしまっているし、ついさっきまで生死の境を彷徨(さまよ)ってたんだ。無理もないよ。……よし」


「う……? うわぅッ!?」



 俺はニーナを助け起こしてやって、未だに少し震えている彼女の身体を抱き上げた。首に手を掛けられるように俺の腕に尻を乗せて、身体が楽なように俺にもたれ掛けてやる。



「楽にしてろよニーナ。アンネ……ああ、彼女はアンネロッテといって俺の旅の連れだ。アンネ、少し休める所まで移動しよう。この子に何か食わせてやりたい」


「……分かりました。盗賊達の亡骸はどうしますか?」


「ああ…………確か国の法では、盗賊を討伐した時は最寄りの街の警備隊に報告して処理を依頼するか、無理なら個人の裁量で死体処理をしないといけないんだったな」


「仰る通りです。ですが最寄りの街はご生家の在る領都ですし、今から戻っては手間です。少々お時間を下されば私が処理しますが?」


「……意気揚々と街を出て、こんなにすぐに帰るのも嫌だな……。分かった。少し離れた所で待ってるから、処理を頼んで良いか?」


「分かりました。すぐに処理してきます」



 女性の平均的な体格とはいえ俺よりもだいぶ小柄なアンネ一人に処理をさせるのは心苦しいが、既にニーナを抱き上げてしまっているし、ついさっきまで死にかけていたこの子を一人にするのも心配だ。


 おっかなびっくりだが俺の首に手を回して身体を預けてくれているこの子の、その不安を和らげてやる努力をしてみるか。


 そうして体裁はともかくとして、俺は盗賊五人の死体が転がっている襲撃現場からそっと離れたのだった。





 ◇





 アンネの処理作業は迅速に恙無(つつがな)く終了した。

 その後暫しの休憩を取ってニーナに水と食糧を分け与えてから、三人となった俺達は次の最寄りの町を目指して再び歩き始めた。


 処理の仕方を訊いたが、単に街道脇の茂みに死骸を綺麗に並べて置いてきたとのことだ。

 獣が食料として持って行けば良し、そうでなくとも次の町で警備隊に報告して場所と人数を教えれば良いらしい。



「ところでアンネ、その腰に下げた包みは何だ? そんな物さっきまで持っていなかっただろう?」


「……少々お耳を。(頭目の首級です。懸賞金が掛かっていた場合は路銀の足しになるかと。それと奴等の持ち物から金目の物も僅かながら頂戴してきました)」



 思わず顔が引き攣ったが、気合いでなんとか抑え込む。


 これが現実だ、アンネはおかしくない。

 盗賊の持ち物はほとんどが盗品だし、討伐した者にその権利は移譲されるのだから。



「そ、そうか。苦労掛けたな」


「いいえ、お気になさらず。サイラス様のお役に立つためですから」


「そ、そうか……!」



 ダメだったぁー! 上擦った声で返事を返してしまったぁ!


 本当に、あの戦闘の腕といいこの行動力といい、何がアンネをこうまでさせるんだ……? 小さな頃に餓死しかけたアンネを拾った事なんか、今までの働きで充分に返してもらっている筈なのに……。



「あぅ……っ、サイラス……さま……?」



 おっと。再び俺の腕に座るように抱いていたニーナから、戸惑った声が上がった。

 アンネの報告に、彼女を抱く手につい力が込もってしまったみたいだ。



「ああ。すまないニーナ、なんでもない。それとサイラスでいいぞ? “様”なんて付けられるような立派な人間じゃないからな、俺は」


「あぅ……じゃあ、サイラス……お兄ちゃん……?」


「ああ、それでも良い。身体は平気か?」


「う、うん……あの……っ、ありがとう……」


「気にするな。俺が助けたいから助けたんだ。礼なら実際に戦って、一番盗賊どもを倒してくれたアンネに言ってやってくれ」


「は、はい……! あの、アンネ……ロッテさん……っ、あ、ありがとう……!」


「ニーナ、お気になさらず。私もアンネで良いですよ」


「はい……アンネ……お姉ちゃん……!」



 なんか……良いなこういうのも。恥ずかしがりながらアンネと話をするニーナを見ていると、先程の戦闘でささくれ立った心が洗われていくように感じる。

 子供に癒される親の心境とは、こういうモノなのかもしれないな。



「なあニーナ。身寄りが無いんだったら、このまま俺達と一緒に旅をするか?」



 自然と、俺の口からはそんな言葉が滑り出てていた。


 アンネの死体処理を待つ間と食事休憩の間に、俺はニーナが盗賊達に捕まった経緯を訊いていた。


 彼女は行商人一家の一人娘で、両親と共に旅から旅の行商生活を送っていたらしい。扱う商品は主に食材ばかりだったと言うし、その荷はほとんどが盗賊達の腹の中に収まってしまったという。


 そしてこの街道筋で荷馬車を停め休憩していた所を、奴等に襲われたそうだ。父親はその場で殺害され森に棄てられ、母親も散々嬲り者にされた挙句に壊され、息を引き取ったらしい。


 次の玩具として生かさず殺さず()()()()()()というのが、ニーナの辿ったこれまでの経緯だった。


 当然父母の生家や親戚なんかは彼女には知る由もなく、10歳というこの小さな痩せた身体一つで、ニーナは天涯孤独となってしまったのだ。


 俺は未だに嵌められたままのニーナの手枷足枷を、彼女に悟られないよう気を付けながら睨み付ける。


 彼女を縛るこの忌々しい枷は、アンネも試してはくれたが鍵穴が完全に錆びていて、本格的な道具が無ければ外せないとのことだった。

 ニーナを過去に縛り付けているかのようなこの枷も、俺は次の町で外してやるつもりでいる。



「いい……の? お兄ちゃんと、お姉ちゃんについて行っても……?」



 ニーナが恐る恐る上げた声が、そんな思いでいた俺を現実に引き戻す。それに対して俺は。



「ああ。もしも『ここで暮らしたい』って町や村があれば、そこで住む所を探してやってもいいしな。一緒に行くか?」



 旅の素人(しろうと)が軽率な事を言うなと指摘されるかもしれないが、せっかく俺が(正確にはアンネが主に頑張ったんだけど)救う事ができた命だ。


 このまま次の町ではいサヨナラではあまりに寂しいし、ニーナだって心細いだろう。

 だから彼女が自分の道を見付ける事ができるまで。それくらいは……見守っていてやりたい。


 この先何年掛かるか分からない俺の旅の中で、彼女が笑顔を取り戻す事ができるよう、生きていく力を得られるよう、支えてやりたい。


 護ってやりたい、と。そう、俺は思ったんだ。



「あたし……行きたい……! お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に……!」


「そうか。それじゃあ改めてよろしくな、ニーナ。」


「よろしくお願いします、ニーナさん」


「うん……! よ、よろしくお願いします……っ!」





 天気は快晴、風は穏やか。


 こうして街を出て初日の物騒過ぎた出会いにより、俺は二人目の旅の友を得た。


 俺と、アンネロッテと、ニーナ。


 次の町では、どんな出会いが待っているんだろう。どんな事が起こるのだろう。

 俺はこの“謝罪の旅”に、思いも掛けずに楽しみを見出してしまった。


 こういうのも、悪くないな。


 俺が迷惑を掛けた人達に【土下座】をするのは、俺の責任として。それだけでなく旅を通して“何か”を得られたなら。


 それは“友”かもしれないし“敵”かもしれない。物であったり、あるいは形の無いモノかもしれない。


 そういった“何か”を手に入れる事が出来たなら。

 それだけでもこの旅には意味が有ったと、そう胸を張れるんじゃないかな。


 そんな事を考えた、そして決意した、そんな一日目の午後だった。





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