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第二十五話 師との別れとランクアップ



 早いもので、現役Aランクハンターであるミザリーに訓練をしてもらえる師事期間は、今日で最終日の五日目を迎えていた。


 ハンター稼業の最前線でその腕を(ふる)う彼女の指導は、時に苛烈を極めた。しかしその内容は非常に濃く、俺の中に戦闘への心構えや技術など……ありとあらゆるモノを深く刻み込み、格別な得難(えがた)い経験となった。



「あっという間の五日間だったな。なぁサイラス……わたしはお前に、何かを一つでも残せただろうか?」



 そんな俺の師であるミザリーが、ハンターギルドへと一緒に向かう道すがら、教えを乞うた俺とは逆の立場でしかし、俺と似たような感慨を口にする。



「得るものばかりだったに決まってるだろ? 俺にとっての憧れだったお前と過ごしたこの五日間……一体どれだけのことを教えてもらったか……」


「そうか、そうであったなら……わたしも嬉しく思うぞ」


「ああ。改めて、こんな駆け出しに付き合ってくれて礼を言うよ。本当にありがとう」



 面映(おもは)ゆく思いながらも、俺は正直な胸の内を彼女に伝える。

 そんな俺の言葉に、若干だが照れくさそうに頬を染めたミザリーも、その美貌に惚れ惚れするような微笑を浮かべて頷いてくれた。



「サイラス様、そしてミザリー。感慨に(ふけ)っているところ大変申し上げにくいのですが……まだ朝も早い時間です。少々気が早いのではないでしょうか?」


「なんかもうお別れするみたいな話してるけど、今日はまだ始まったばっかりだよー?」


「「うぐ……っ!?」」



 そんな俺達に溜息を添えて、酷く冷静な指摘を入れてくる、同行するアンネロッテとニーナ。


 その物言いに、感傷的な気分から一気に引き戻される。

 そうだった……! 遂に訓練最終日だという思いが手伝って、ついつい彼女への感謝が先走ってしまった……!


 見ればミザリーも似たような心境だったらしく、恥ずかしそうに頬を赤らめて視線を逸らしている。



「ま、まあ、感謝してるのは本当のことだし、別に礼を言うくらい良いじゃないか……! なあ、ミザリーっ?」


「う、うむ……! そうだなサイラスっ……!」



 二人揃って照れ隠しにそっぽを向いて、ジトリとしたアンネとニーナの視線から逃れようと、若干だが進む足を速めてしまう。

 そんな俺とミザリーを、やれやれと苦笑しながら。アンネとニーナはそれでも笑いながら、優しく見守りながら後を歩いてついて来てくれた。



「そ、そういえば、今日の訓練の内容をまだ聞いてなかったな。ギルドに向かっているが、今日は何をするつもりなんだ?」



 それもまたなんとも照れくさくて。俺は羞恥を誤魔化すようにして、ミザリーへと質問を投げ掛ける。



「ん? それはな……」



 俺の質問に、ミザリーは。

 綺麗な整った顔に子供のような……どこか悪戯(イタズラ)めいた笑顔を浮かべて、言葉を返してきたのだ。





 ◇





「フ……ッ!!」

「せィッ!」



 ギルドの訓練場に、長剣と短剣のせめぎ合う金属音が響き渡る。

 俺の目の前で、まるで真剣そのもので剣を交えているのは、アンネロッテとミザリーだ。


 アンネの二振りの短剣での連撃を、ミザリーが最小限の動きで弾き、防ぐ。返すミザリーの横薙ぎを、アンネが二本の短剣で絡めるように逸らして()なす。

 目まぐるしく攻守を入れ替えて、まるでお互いの力量を確かめるかのように……。二人の剣舞はどこまでも加速し、後を追うように、後を引くように火花が舞い散っていた。



「ミザリーもアンネも……なんて速さだ……!」


「うぅ……! あたしには全然見えないよぉ……!」



 見学しているのは俺とニーナだ。他にも訓練場を利用していたらしきハンター達や、ギルドの職員らしき人物等もその戦いに見入っているが……俺はそんなこと気にもせずに、二人の手合わせに没入していた。


 そして――――



「「はぁッ!!」」



 寸でのところで停まる二人の攻撃。

 片やアンネの二振りの短剣は、ミザリーの喉元と胸を突く形で。片やミザリーの長剣は、アンネの(くび)を断つ位置で停められていた。



「これまで……だな」


「そうですね。お手合わせ、ありがとうございました」



 二人同時に剣を引いて、それぞれの鞘に納める。

 どうやら手合わせはこれまでのようだ。



「二人ともお疲れ様。良い試合だった」


「アンネお姉ちゃん、ミザリーお姉ちゃんお疲れさまー!」



 俺はタオルを、ニーナがコップに入った冷たい水を手に持ち、決着のついた二人の元へと声を掛ける。二人は汗はかいてはいないがタオルを受け取り、ニーナの頭を撫でては喉を潤していく。



「どうだったミザリー? アンネの腕の程は」


「正直予想以上だな。だいぶ対人戦に偏りが観られるが、魔物相手でも数をこなして慣れれば問題無いだろう」



 そうだろうなぁ。アンネは元々、シャムール公爵家の戦闘侍従としての訓練を受けている。その目的は主人の身辺警護が主なのだから、対人戦特化なのは頷ける話だ。

 その訓練の効果の程は、旅に出た初日の対盗賊戦で俺もまざまざと見せ付けられている。


 その後の度重なる戦闘にしても、ゴブリンやゴブリンライダーなど、魔物相手にも彼女個人が苦戦しているところは見たことがない。

 往々にして、足を引っ張っていたのは主に俺なんだよなぁ……。



「さあ次だ。サイラス、剣を取れ」



 そんな風に改めてアンネに対して申し訳なく思っていると、充分に喉を潤したのかミザリーから声を掛けられる。


 彼女から告げられた、訓練締め括りの……真剣での最後の手合わせ。

 その時が、いよいよ迫っていたのである。





 先程のアンネとの試合のせいか、続く俺との手合わせに至っても見物人の数は減った様子がない。むしろ口伝(くちづて)に誰かが広めたのか、さらに増えていた。


 だがそれもそうだろう。大陸全土を跨いで根を張るハンターギルドに所属するハンターの内、最高峰とされるSランクハンターは両手で数えられるほどしか居ない。

 そんな〝生ける伝説〟とも〝人外〟とも評されるSランク達を除けば、Aランクでしかもソロ活動を旨とする【剣姫】ミザリーは、まさに全てのハンター達の憧れであるのだから。


 そんな彼女の、試合とはいえ真剣での手合わせに興味を持つのは、野心や功名心のあるハンター達なら当たり前のことだ。



「魔法の使用有り。いずれかが致命的な攻撃を受けたと判断された場合もしくは、降参された場合試合終了です。お二方、ご用意はよろしいですか?」


「ああ」

「いつでもいいぞ」



 アンネほどの実力者を相手にするならば、審判など置かずともお互いに力量を読み合い、安全(?)に試合を行える。

 しかしだいぶ格の落ちる俺との試合では、審判としてアンネに仲立ちを頼んである。


 ちなみにだが、今回の手合わせでは俺のあの忌々しいスキルに出番はない。


 そもそも発動させるには謝罪か嘆願をする必要があるのだが、そう都合良く謝ることなど無いしな。

 …………さすがに衆人環視の下で、森の時のように胸を揉ませるなんてことは、ミザリーもしないだろうし。


 誓って言うが、残念だなんて思っていないぞ。本当だぞ。



「それでは……始め!」



 アンネの号令で、俺は短剣を構えて前へと踏み出す。

 愛用の長剣を携えたミザリーとの間合いを詰め、力むことも身構えることもなく悠然と佇む彼女へと、成長した俺の全てを披露する。



「【水弾(アクアバレット)】!」



 間合いを潰しながら牽制の魔法攻撃を放つ。彼女が得意としているのは火魔法なので、相性の良い水魔法での先制攻撃を仕掛けた。そんな俺の攻撃は目論見通り……とはいかず、ミザリーは身を捻って最小限の動きで【水弾】を躱していたが。



「くっ!? 逃がすか! 【風の刃(ウィンドカッター)】!」


「甘いッ!」



 互いに弧を描くように間合いを測りながら、訓練場を駆け抜ける。俺は駆けながら、続けざまに視認し辛い風魔法の刃を複数飛ばす。

 しかしミザリーは、ステップで躱しあるいはその愛剣で打ち払って、円軌道から急速に切り込んでこちらに向かい間合いを詰めて来る。



「今のお前ならきっと出来るだろう! わたしの教えを思い出し、今体得してみせろ!!」



 風の刃を躱しきったミザリーが、ステップを踏みながら吼える。


 それはきっと……俺への彼女なりの贈り物だった。



「【魔法剣(エンチャント)】!!」


「なっ……!?」



 次の瞬間だ。彼女の身体から炎が噴き出したかと思うと、その炎は渦を巻いて()()()()()()()()()()()()()


 これが俺やミザリーのような魔法剣士の奥義とも言うべき技――【魔法剣(エンチャント)】。

 ミザリーの愛剣を包み込んだ炎は、彼女が剣を振るってもそこから離れることも消えることもなく……美しい火の粉を引いて煌めいていた――――



「…………ははっ」



 彼女と、木剣でひたすら打ち合った。

 魔法での攻撃を撃ち交わし、森で共に戦い、共に考えそして…………本気で戦い鎬を削った(語り合った)



「【魔法剣(エンチャント)】ォッ!!」



 俺を導いてくれた。

 俺の可能性(ちから)を引き出してくれた。


 俺の憧れは、俺の師は……こんなにも遠く、(まばゆ)く、強く、そして美しい――――


 ざわり、と。研ぎ澄まされた感覚が野次馬達(ギャラリー)のどよめきを拾った。しかし俺の意識は、神経の全ては剣と、そして師匠(ミザリー)へと注ぎ込まれる。


 意識を集中し、憧れを胸に抱きイメージと共に解き放つ。


 俺の剣を、彼女と同じ紅い炎が包み込んだ。



「おおおおおおおおおおおおッッ!!!」

「はぁああああああああああッッ!!!」



 炎を纏い火の粉の帯を引いて、二振りの剣が互いの渾身の力で振り抜かれ、ぶつかり合った――――





 ◇





「ん……ここは……」



 額に温かい物を感じ、重く閉じられていた瞼を薄らと開く。


 そこには、俺の顔を覗き込む良く知ったピンクの髪の女性と、琥珀色(アンバー)の髪の少女の顔があった。

 彼女達の背後には屋内だということが(わか)る天井と(ハリ)。そして背中の柔らかな感覚から、俺はベッドに寝ていることが察せられた。


 意識が戻ったのに気付いたピンク髪の女性――アンネロッテが、俺の額に置いていた手の平をそっと退けて、優しく微笑んだ。



「お目覚めになりましたか、サイラス様。お加減は如何(いかが)ですか?」


「お兄ちゃん、大丈夫?」



 アンネとニーナ。俺の身体を気遣ってくれる仲間の優しい言葉に引かれるようにして、俺はゆっくりと横たわっていた上半身を起こし、具合を確かめる。



「うん、何ともないよ。それで、ここは……?」



 首を回し、肩を回し。

 特に不調は見受けられなかったため、俺は次に状況を確認するために二人に尋ねる。



「ここはハンターギルドの施設内にある救護室です」


「お兄ちゃん、ミザリーお姉ちゃんと相打ちになって気絶しちゃったんだよ」


「そう……か」



 徐々に頭の中がハッキリとしてくる。

 訓練場でのミザリーとの試合で俺は――――土壇場で会得した魔法剣でもって彼女と打ち合い、そして…………



「そういえば、ミザリーは? 彼女のことだからきっと無事だろうが、どこに居るんだ?」



 それから記憶が無い。

 結果どうなったのかを尋ねると、アンネとニーナは変わらずに微笑んでから。



「ミザリーから伝言を預かっています。『魔法剣の習得と、ランクアップおめでとう』と」


「『この五日間、久し振りにとても楽しかったぞ』って言ってたよ」



 それは、俺に大切なことを教えてくれた師からの……憧れからの、別れの言葉だった。





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