第二十四話 夢と報告と【土下座】
皆さまお久しぶりです!!
長らくお待たせいたしました!!
『さあ、サイ兄様。お疲れでしょう? ゆっくり休んでくださいね』
『エリィ……ありがとな。なんだかこの歳で膝枕っていうのも、少し気恥ずかしいな』
『いいではありませんか。私が……エリィがして差し上げたいんですから、サイ兄様は気にせずに身体を休めてください』
『ああ。それじゃあ、お言葉に甘えて……』
最愛の義妹であるエリィ……エリザベスの膝に頭を乗せ、疲れた身体を横たわらせる。
成長したエリザベスを膝の上から見上げる。肌の色こそ白いものの、カサンドラ義母上そっくりに美しくなったなぁと、本当に感慨深くなるな。
『ふふ。なんですか兄様? そんなに見詰められたら、エリィも恥ずかしくなってしまいます……』
『ははっ。ごめんよエリィ。本当に美しくなったなぁって、嬉しくてさ』
『イヤですわ兄様……。そんなことを言うと、本気にしてしまいますよ?』
『本当のことさ。エリィは本当に綺麗になったよ。カサンドラ義母上のように美人だし、義理とはいえ兄である俺もドキドキするくらいだ』
『サイ兄様……』
熱っぽい瞳で俺を見下ろしてくるエリィに、冗談で言ったつもりだったのだが本当に鼓動が速まってくる。白いスベスベの頬は赤らんでいて、思わず手を添えてみると熱を帯びていて、そしてとても肌理細やかで柔らかい。
マズイぞ……! 俺とエリィは義理とはいえ兄妹なのに、彼女の潤んだ瞳から目が離せない。
歳で言えば十七、八歳という、立派な淑女に成長したエリィも、蕩けたような表情で熱い吐息を俺に届かせてくるのだ。
俺の頭の中もなんだか靄が掛かったように朧気になり、下から見上げる彼女の顔が段々と近付いてきていることにまるで違和感を感じていなかった。
『サイ兄様……。エリィは、兄様のことがずっと……』
『エリィ……』
俺達は兄妹のはずなのに……。
だというのに俺は、彼女の近付いてくる紅い唇から目が離せない。
そのまま、そっと目を閉じてしまったエリィに誘われるがまま、俺は自身も頭を持ち上げて、吸い寄せられるようにしてその唇へと自身のそれを近付け――――
「ん……、俺は……?」
「や……やっと目を覚ましたかサイラスっ。まま、まったく、心配をさせるんじゃない……っ!」
「ミザリー?」
どうやら俺は眠っていたらしい。目を開けるとそこには俺を見下ろす、Aランクハンターであるミザリーの……何故か赤くなった顔があった。
その背後にあるのは、樹々の枝の隙間から覗く青い空。そこまで確認してようやく俺は、彼女との戦闘の後で意識を失ったのだということを思い出してきた。
彼女に言われるがまま戦闘用【土下座】を発動し、最後には熾烈な空中戦となって……そして二人一緒に墜落して、力と魔法を合わせてなんとか無事に着地した――――というところで、俺の記憶は途絶えている。
特に身体から異常な痛みや違和感などは感じられないということは、大怪我をすることなく無事に済んだようだ。
「痛む所は無いな? ならばそろそろ帰らねば、お前の仲間達を心配させてしまうぞ」
「俺は……どのくらい意識を失ってたんだ?」
「なに、ほんの半刻ほどだ。だが流石に足が痺れてきたから……そ、そろそろ起きてくれると助かるな……!」
「……?」
ミザリーの言葉に首を傾げるが、寝起きの頭が段々とハッキリしてくるにつれて、俺の今の状態がどうなっているのかを徐々に把握できてきた。
どうしてミザリーの顔がこんなに近くで俺を見下ろしているのか……。そして目が覚めたのを確認したにも関わらず、どうして離れようとしないのか。
「――――ッ!? うおおッ!?」
そう……! なんと俺は彼女に膝枕をされて寝ていたのだ。どうりで頭の下が柔らかいと思った……! っていやそうじゃなく、特に近しい間柄という訳でもないのに未婚の女性に膝枕などさせてしまって、俺は一体何をやってるんだ……!?
慌ててミザリーの膝から身体を起こす。顔が熱くなっているのを自覚するが、それよりもミザリーに謝らなければ……!
「み、ミザリー、すまな――――」
「い、いや、謝らなくてもいいぞサイラス。またスキルが発動してしまうし、何よりもああしてお前を寝かしたのはこのわたしなのだからな」
寛大にも俺のことを許す、と。そう告げるミザリーが、痺れていたにしてはやけにアッサリと立ち上がって、尻に着いた草きれや土埃を叩いて落とす。
その仕草に揺れ、ヒラリと翻りそうになる彼女のスカートや露になっている太ももに、ついつい視線が吸い寄せられてしまう。
「ん? なんだサイラス? そんなにわたしの膝枕から離れるのが名残惜しかったのか?」
「バッ!? こ、これはちがうぞっっ!! お、俺はただ半刻もの間、ミザリーには悪いことをしたな、と……!!」
「ふふっ、冗談だ冗談。そんなに顔を赤らめられると、わたしまで恥ずかしくなってしまう」
ぐ、ぐぬ……っ! 揶揄うようにそう言う割にはミザリーも顔が赤く見えるが、非は自分にあるためにそれを指摘することもできない。
しかしそうか。彼女がそうしてくれていたから、眠っている間にあんな……義理の妹に膝枕をされている夢を見たんだな。
夢の中とはいえ実の妹のように見守ってきたエリィと、一線を超えそうになってしまったという中々に危うい夢だったが……あそこで目が覚めて良かったような、残念なような……。
「サイラス、身体の調子に問題が無いのなら街へと引き返そう。行けそうか?」
「あ、ああ。長時間足止めをすることになって、すまな――――」
「だから謝るな。そうなる原因を作ったのもわたしなのだから。それじゃあ、帰ろうか」
「……ああ、帰ろう」
促し先導を始めたミザリーの後を追うようにして、俺はアンネロッテとニーナの待つピマーンの街へと帰還したのだった。
……傾いた西日の加減なのか、帰りの途を先に行くミザリーの耳や稀に覗く頬が赤く見えたのは、気のせいだよな?
俺との戦闘で怪我や不調を抱えてしまったのでなければいいのだが……。
◇
「は……?? 現役Aランクハンターの彼女と真剣勝負をした……!?」
「ふぇぇ……ッ!?」
バツが悪いことこの上ない。
魔境である〝木霊の森〟からピマーンの街に帰ってきた俺は、時間も夕刻ということもありハンターギルドより先にニーナとアンネを迎えに行くため、留守中預かってくれている教会の孤児院へと足を向けた。
そうして合流した早々に二人には、一足先にシャロンの働く食堂に席を確保しに行ってもらい、俺とミザリーはその前にギルドに寄って依頼の報告と魔物の素材の売却を済ませた。
そしてギルドで成果を受け取ってから店で合流し、今日の依頼と訓練の内容を話して聞かせた結果……この反応だ。
まあ魔物相手に訓練を積むために魔境に入ったのに、パーティーの仲間同士で本気で戦ったりすれば、こんな反応になるのも分からないでもないんだけどな……。
「サイラス様? 一体何がどうなれば、そのような事になるのでしょうか……?」
アンネの顔が怖い。いや、無表情なのはいつも通りなんだが、圧が……! 威圧感がとんでもないんだが……!!
「お兄ちゃんケガしてない!? ミザリーにイジメられたの!?」
「なんてことを言うんだ、人聞きの悪い。虐めてなどいないぞ? むしろわたしの方が良い一撃を貰ったほどだ。アンネロッテ殿ほどに胸が無かったおかげで、大層痛かったなぁ」
「「胸っ!!??」」
うおいミザリーっ!? 何言って……って、アレは不可抗力だと思うんだが!? そもそもあの時の攻撃も、というか一連の戦闘中の全ての行動も、俺の意思なんてどこにも無かったんだがッ!!??
「どういうことですか、サイラス様!?」
「お兄ちゃん、ちゃんと説明して!!」
そりゃあ同じ女性である二人にとっては聞き捨てならないよなぁ!?
美味しそうな料理もそっちのけで、二人に詰め寄られた俺は何と説明すれば良いものか高速で思案を巡らせる。
あの時は俺のユニークスキル【土下座】の戦闘用派生スキル、【スパイラル土下座・極】とあと何て言ってたっけ……? ああそうだ、【土下座手技四十八手】とやらの【触腕指】で以てミザリーの防御を突破し、頭からミザリーの控えめな胸に一撃を――――
――――うん、無いな。つまり俺は交際している訳でもない女性の胸に思いっきり飛び込んだということだ。話を聞いただけでは完全に変態の所業だ。
非常に不味い。良い言い訳が何も浮かばない……!
っていうかミザリー!? お前は何顔を背けて笑いを堪えてんだよッ!!?? お願いしますので助けてください!?
「くくく……っ! まあ二人とも、サイラスを責めるのはそのくらいにしてやってくれ。わたしが戦闘用のスキルを使ってほしいと頼んだんだ。アンネロッテ殿なら、スキル発動中のサイラスに自由が利かないことも知っているのだろう?」
つい本気で戦いに没入してしまったがな、と。ミザリーは悪びれもせずにそう肩を竦める。そんなミザリーに二人は未だ疑いの目を向けていたが、しばらく睨んでいたかと思うと二人揃って溜息を吐いた。
「まあ、当の本人がそう仰るのでしたら……致し方ありませんね……。サイラス様もご自分がなさった事はご理解いただけているようですし」
「だけどお兄ちゃん!? もうよそのお姉さんのオッパイに攻撃しちゃダメだよ!?」
「人聞きが悪すぎるッ!!?? い、いえ、なんでもないですはいッ! 以後気をつけますっ!!」
なんなんだ一体コレは……!? 俺はどうしてここまで二人に責められてるんだよ!? 納得いかないけど二人の目が怖いんだよぉおおおおッ!!??
「ん……? 少しお待ちください……?」
「ほえ? どうしたの、アンネお姉ちゃん?」
二人の剣幕に戦々恐々と震えていると、急に我に返ったかのようにアンネが何事かを考え込み始めた。
俺はようやく食事にありつけることができる、と胸を撫で下ろして、とりあえずずっとお預けを食らっていたエールをひと飲みする。
はぁ……、生き返るな……!
魔物との戦闘に薬草類の採取、それに極み付けには現役最高峰でもあるハンターとの真剣勝負だったものなぁ。
何の肉かは判らないが、甘辛いタレで焼かれた肉料理を頬張って堪能し、再びエールを呷ってその相性の良さに打ち震える。
生きて帰って来られて良かった……! と。
具体的には、主にミザリーの剣撃とかミザリーの大魔法とかミザリーの――――
「スキルが発動したということは、サイラス様が謝罪を為されたのですよね? 一体ミザリー様に、何について謝ったのでしょうか?」
「――――んぐっふ……ッ!!?? ぐふっ!? げほっ、ゲフンッ!?」
エールが通ってはいけない方へと入り込み、派手にむせ込む俺。
ミザリーへの謝罪……。その言葉と同時に、彼女の胸を揉みしだいてしまったその光景と感触が脳裏に呼び覚まされてしまった。
そうだ。その事もあったんだった……!?
「ああ、それはサイラスがわたしの胸を揉んだせいだな。穢れを知らぬわたしの胸を、そうと知っても繰り返し繰り返し――――」
「…………サイラス様?」
「お兄ちゃん……!?」
うおおおおおおおおいいッッ!!??
いや合ってるけど! 事実だけどもッ!? だからってなんでそんな誤解を招くしかしない言い回しで……!? っていうかアレはお前が俺の手を取って自分で揉ませたんだろうがあああああッッ!!!
「サイラス様……? それは一体どういうことですか?」
「どういうことなの!? お兄ちゃん!!!」
「いやあの、そのですね……?」
「「はっきり!! 詳しく!!!」」
「ご、ごめんなさああああああいいッッ!!??」
無理! こればっかりは無理だッ!!
そもそも揉んだのは事実だしたとえミザリーに〝させられた〟にしても、それで謝ってスキルが発動したということは、逆に言えば俺にとっても|疚しいことだとソレを考えていたってことだし――――
《心からの誠意ある謝罪を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします》
喧しいわド畜生があああああッッ!!!
俺の味方は居ないのか!? どうすりゃいいんだよこんなのよおおおおおおおッ!!??
「いやぁ、サイラスの仲間は賑やかで楽しいなぁ。くく……っ」
お前も笑ってんじゃねぇよおおおおおおおおお!!!!




