第十八話 教会と孤児院と【土下座】
先週は更新できずごめんなさい!
頑張ります!
「院長、壊れた机なんかはどこに運べばいい?」
「ええと……、それは裏庭の物置にお願いしますサイラス殿。後日大工を呼んで修理をお願いしますので……」
「シスター、台所の清掃が完了しました。ご確認をお願いします」
「も、もうですか!? 今行きます……!」
俺達は現在ハンターギルドの依頼で、ピマーンの街の教会と付属の孤児院の清掃作業をしている。
まあ、依頼とはいえ実質的には奉仕の側面が強く、報酬も割に合わないと敬遠されていたいわゆる〝塩漬け〟の類いの依頼だ。
路銀が必要な俺達にとっても実入りの良い仕事とはお世辞にも言えないが、こんな依頼を受けた理由がちゃんと有るのだ。
「本当に、お越しいただけて感謝します。貴方のような歳若いハンターのお方にとって、こんな依頼など退屈で面倒なだけでしょうに……」
孤児院の院長兼、教会の管理責任者だというこの老婆は、名をバーバラと言った。
歳はおよそ67、8歳といったところか。シワの刻まれた柔和そうな顔をした、修道女の衣服を纏ったバーバラ。脚が悪いらしく、頑丈そうな木でできた杖を突いている。
「良いんだ。俺達のランクアップのためでもあるんだしな」
理由の一つ目がソレだ。
ハンターのランクは、その者にとって適正な依頼を受けられるように、という目的があって付けられている。
危険過ぎる依頼を受けたりしてハンターが死んでしまわないようにとか、失敗を防ぎハンターギルドの信頼度を損なわないためだったりだな。
子供を抱えた俺達はむしろ危険を避けるべきだとは思うが、場所によっては相応のランクが無ければ立ち入りすらできない所もあるのだ。
例えばそう、このピマーンの街の近くにある森林地帯、通称〝木霊の森〟のような場所だな。
俺達はディーコンの街滞在中は、主に薬草採取で収入を得ていた。そしてこのピマーンの街でも同様に稼ごうと思ったら、薬草の宝庫であるその森は、Eランク以上のハンターにしか立ち入りを許されていなかったのだ。
草原もあるにはあるのだが、そちらで採れる薬草類は一種類のみ。それもそう豊富には生えていないとのことだった。
薬草採取の依頼を受けたくても、そもそも森に入れなきゃ受けようもないということで、俺達は必須となる一つ上の階級の、Eランクをまず目指すことにしたのだ。
「Eランクへの昇格条件として、討伐系の依頼と奉仕系の依頼をこなす必要があったんだからな。しばらく引き受けてもらえてなかったんだろ? なら問題ないじゃないか」
「そ、それはそうですが、なにもわざわざ私共の依頼を受けなくても良かったのでは……」
「まあ、そうなんだけどな。だけど俺としてもお願いしたいことがあったんでな、この依頼は渡りに舟だったんだよ」
「はぁ……?」
訝しむ様子のバーバラ院長に苦笑を返すと、俺は孤児院の子供達と一緒に雑巾がけを頑張っているニーナを見る。
院長もそれに釣られて、しかし優しい目をして子供達の様子を一緒に眺め始めた。
「見ての通り、俺達は子連れで旅をしている。極力危険の無いように、あの子を独りにしないように、安全な薬草採取ばかりやって生計を立ててきたんだが、この街ではそもそも森に入ること自体が危険だ。そんな所にあの子を連れては行けないんだ」
「そうですね……。森の浅い部分は警備隊やハンターの方々が定期的に魔物を間引いていますが、子供にはさすがに危険過ぎますね……」
「そこで俺とアンネロッテが森に入る間、こちらで預かってほしいと思ってな。もちろん押し付ける訳でもないし、心付けの寄付も色々と考えてはいる」
「なるほど……。それで当院の依頼を……」
「納得してくれたか? そしてこれは心からの願いだ。あの子が自立できるまで、俺はあの子を護ると誓ったんだ。だが先立つものが無ければそれすらできない。どうか、森に入る時はあの子をここで見てやってくれないだろうか?」
これが、理由の二つ目だ。
依頼の間ニーナを任せておければ、ランクが低くともより身入りの良い討伐系の依頼も受けられる。
森に危険が少なければディーコンの街の時のように一緒に連れても行けたのだが、それが叶わない以上はあの子を留守番させることになる。
毎回一人で留守番させるのも心配だし、かと言って俺かアンネのどちらかが残っては森に入るもう一人が危険になる。
そんな悩みを解決出来るだろうと目を付けたのが、教会と孤児院なのだ。
言ってみれば敬遠され続けてきた依頼をこなして恩を売り、こちらの願いを聞いてもらうという非常に打算的な考えだったのだが、しかしニーナを危険な目に遭わせたくないのは本心だ。
そしてその本心からの〝願い〟は、俺の持つスキルにも聞き届けられた。
《心よりの誠意ある嘆願を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします》
こうなるだろうことは予測していた。俺のニーナの安全を願う気持ちは本当だし、彼女のためにも、そしてもちろん俺達のためにも良い依頼を受けて稼ぎたいのも本心だ。
故に、俺はアナウンスが届くであろうことを見越して、真っ先に床の掃除だけは徹底して行い、塵一つ無いほどに磨き上げてある。
……いいじゃないか! 屋内での【土下座】の時くらい、額に大怪我したくなかったんだよ!!
そうこう考えてる内に、俺の身体は流れるような動きでその所作をなぞっていく。
姿勢よく立ち両膝を床に突き、正座の状態から真っ直ぐにバーバラ院長の目を見詰める。
「あ、あの……!? 何を――――」
――――ズゴォッ!!
俺の両手が床に着くと同時、額が木の床に叩き付けられる。バーバラ院長の言葉を遮る形になってしまったが、それよりも俺は、木製の床のありがた味に打ち震えていた。
あ……、あんまり痛くないぞぉおおおおおッ!!
ここ最近、石やら地面やら水場の砂利やらと、やたらと過酷な場所で常に痛みの度合いが更新され続けてきた俺にとって、木の床の柔らかさはまさに感動モノだった。
決めたぞ。将来俺の家を建てる時は絶対に木造建築にしよう。そして出来れば絨毯も敷こう。
「さ、サイラス殿!? 一体何をなさっているのですか!? 頭をお上げください!」
《ユニークスキル【土下座】の効果波及を確認。対象:シスター・バーバラの困惑が39%上昇、動揺が42%上昇しました。嘆願を続けてください》
慌てるバーバラ院長の声が耳に、アナウンスの解析報告が頭に響く。
ニーナの枷を外してくれた鍛冶屋のセルジオさんの時のように、困惑しきりな彼女に重ねて願いを伝える必要があるようだ。
スキルによって上半身が起こされ、バーバラ院長の目線と合わさるように顔を向けられる。そして、口の戒めが解けた。
「バーバラ院長。勝手なお願いだというのは重々承知している。孤児院の経営も大変だろうに、無理を言っているのも理解している。だけどどうか、俺とアンネが依頼で留守をする間、ニーナの面倒を見ていてほしい。
「そして出来れば、あの子の自立の助けとなるよう色々とご教授も願いたい。あの子は商人の子で頭も要領も良い。決して貴女達に迷惑は掛けないと断言出来る。どうか、お願いしますっ」
我ながら虫の良い願い事をしているのは解っている。しかし全ては俺達の……そして何よりニーナのためなんだ。あの子の幸せと安全のためなら、俺は何だって――――
――――ズガアァッ!!(サクッ)
「サイラス殿ぉッ!!??」
あっ、あああ……、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!??
ゆ、床のケバがっ!? ささくれ立った木の棘が額に刺さってるぅううあああああッ!!??
油断した! 木製の床だからって完全に気を抜いてたッ!! 掃き掃除と拭き掃除のついでに床のヤスリ掛けもしとけば良かったああああーーーーーッ!!!
《ユニークスキル【土下座】の効果の追加波及を確認。対象:シスター・バーバラの困惑が48%、動揺が37%追加で上昇しました。危険は感知されませんでした。嘆願が届いた可能性は76%です。解析報告を終了します》
追加の嘆願と共に再び打ち下ろされた俺の額。バーバラ院長の悲鳴にも近い困惑した声も、アナウンスの淡々とした声も、しかし俺には届いておらず、とにかく俺は予想だにしていなかった、木の棘が刺さった痛みに打ち震えていた。
多分一度目の【土下座】のせいで、老朽化の進んでいたユカのケバが立ってしまったんだろうな……ッ!
そんなことを考えて痛みをやり過ごそうと奮闘する俺だったが、不意に脇に手を差し込まれたのに気付く。
既にスキルの支配も解けている俺の身体はアッサリと起こされ、起こしてきた人物――バーバラ院長と間近で目が合う。
「どうか頭をお上げなさい、サイラス殿。貴方の誠意やニーナさんへの愛情は、痛いほどに伝わりました」
「院長……」
慈愛に満ちた柔らかな微笑みを浮かべ、血が流れているのが分かる俺の額に手を翳し、何事か小声で呟く院長。
次の瞬間、俺は額に熱を感じ、棘の刺さった痛みが徐々に引いていくのに気付いた。
それはいつもの【土下座】後の自動治癒とは比べ物にもならないほど早いもので、俺はすぐに、院長が治癒魔法を掛けてくれているのだと分かった。
「貴方の願いを聞き届けましょう。ただし、ここに居る間は院の子供達と同じように扱いますので、そこは了承してくださいね?」
「ありがとうございます……! ニーナも同世代の子供達と触れ合えて楽しそうにしていますし、問題ありません。どうか、ここでしかできないような経験をさせてあげてください」
「あら、それが貴方の本来の話し方なのね? そちらの方が好印象ですよ?」
あまりに優しいその言葉に、ついつい俺は昔の、旅の初期の頃のような喋り方に戻ってしまっていた。もっともそれに気付いたのは、続く院長の言葉のせいだったが。
「……今のは忘れてくれ。とにかく、心から感謝する。治癒魔法まで使わせてしまい、かえって申し訳なかった」
「旅の最中ですし、殿方も大変ですね。そして全ての人は母なる女神様の子。迷える子羊を助けるのも教え導くのも、私共の使命のようなものです。それに貴方は、無責任に子供を放り出すような方には思えませんしね」
……徳の高い聖職者というのは、きっと彼女のような人のことを言うんだろうな。〝聖母のよう〟? へぇ、神の子を孕んだ聖母と呼ばれる存在が、前世の俺の世界には居たのか。
そうだな。まさしく〝聖母〟のような慈しみに満ち溢れたシスターだな。
「寄進や心付けも、必ず」
「ええ、ええ。貴方の信仰とお心のままに」
こうして俺は、ランクアップとこれからの依頼遂行のために、安心してニーナを預けられる場所を得た。
当然このままお別れなんて、そんな酷いことはしない。ニーナが俺達について来たがっていることはちゃんと解っているし、俺だってまだニーナを自立させて良いとは思えないしな。
彼女が自ら望んで離れるならともかく、俺から放り出すようなことなんてしないし、しちゃいけないだろう。
そんな中途半端なことをするくらいなら、最初から期待なんかさせずに、ディーコンの街で引き取り手を探していた方が良かったはずだ。
そうとも。俺には、彼女を旅の友とした責任があるんだ。
俺はこの謝罪の旅を完遂すると共に、ニーナを一人前に自律させることを改めてこの場で、奇しくも礼拝堂という場所で、母なる女神様に誓ったのだった。




