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第十七話 遠い記憶と【土下座】の謎

今回は【土下座】しません(笑)



「この度は、大変申し訳ありませんでしたっ!!」



 硬いフロアに額を打ち付け、同僚の仕出かした手違いを謝罪する。床に擦り付けた頭の上から、取引先の社員の罵倒する声が降り注いでくる。


 これが俺こと、四ノ宮(しのみや)夏月(かつき)の日常だ。


 謝罪要員、土下座課長、土下座衛門(ドゲザエモン)……。数々の蔑称は、課長職に在りながらも俺の社内での地位を明確に表していた。


 得意先も、上司も、同期も、後輩や新人ですらも。

 皆俺の姿を観て指を差し、異口同音にこう言うのだ。


 ――――『ああはなりたくないね』と。





 ◆





 朝の明かりに薄目を開ける。

 ボンヤリと視界が滲んでいる。指を目元に持っていくと、僅かに指先が濡れるのが分かった。



「今のは……前世の記憶か……」



 なんとも胸糞悪い夢見だ。

 この俺、サイラス・ヴァン・シャムールに蘇った前世の日本人の記憶――四ノ宮夏月の記憶が、まるで自分の事のように生々しく脳内で再生される。


 いや。間違いなく()()()俺の記憶なのだ。


 前世の四ノ宮夏月と、今世の俺。

 〝社畜〟であった夏月も、公爵家の三男であるこの〝俺〟も、まるで光と影のように表裏一体で、そのどちらもが〝今の俺〟なんだろう。



「ははっ、訳分かんねぇな……」



 朝からネガティブな気分で頭を掻き、室内に設えられた他の二つのベッドを見遣る。

 そこには幼い頃に俺が拾い、それから共に育ってきたアンネ……アンネロッテと、盗賊に家族を殺害され囚われていた少女ニーナが、まだ寝息を立てていた。


 昨日はこの街に着いて早々に、買い物をしたり外食をしたりと動き回ったしな。

 それだけでなく()()も起こったし、謝罪した娘シャロンの働く酒場では美味い料理もたらふく食べたんだ。緊張が解けてぐっすりなのも、無理はないな。


 俺は二人を起こさないように気を付けながらベッドから抜け出し、窓際に置かれた机に腰掛け、荷物から取り出したコップに魔法で水を注ぐ。


 二つ目……まだ二つ目だ。

 生家であるシャムール公爵家を出て領都から旅立ち、謝罪の旅を始めてから……まだ、たった二つ目の街。


 コップの水で喉を湿めらせながら、それでも濃密だったここまでの旅を振り返る。


 盗賊とも魔物とも戦ったし、人を助けたり命懸けの喧嘩をしたり。

 謝罪を受け入れてくれた人達、願いを聞いてくれた人達、俺達を支えてくれた人達の顔の、そのどれもをハッキリと鮮明に覚えている。


 〝一期一会〟……? 前世の記憶からそんな言葉が浮かんでくる。

 なるほど、確かにそうかもな。今まで出会ってきた全ての人達と、多少なりとも縁を結べたことは、まさにこの一期一会という言葉がしっくりくる。

 〝一生に二度とはない事と心得る〟か。深い含蓄のある言葉だ。


 そんな貴重な出会いと別れを(もたら)してくれたのは、もちろん前世の四ノ宮夏月の記憶が蘇ったことも大きな要因だったのだが、やはりアレ(・・)の存在が占めるところが大きいだろう。


 俺が授かった謎の力。ユニークスキル【土下座】だ。


 俺は二人が目覚めるまでの間、また寝直すのも勿体ない気がして、この謎のスキルについて考察することにした。





 そもそも〝スキル〟とは、魔法のように明確に研究が進められている訳ではない。

 一説ではこの世界を創り出し管理する神が、その者の努力や研鑽に応じ、より高みを目指すよう授けるものだと言われている。

 【剣術】スキルなら剣の修行をするといった具合に、それぞれの分野に関係する行動を繰り返すことで得られるというのが、この世界での常識的な考えだ。


 それに対し、〝ユニークスキル〟というものが存在する。

 唯一無二の才能、〝神の祝福〟とも言われるそれらが語られる多くは、伝承や伝説の中の偉人と共に在る。


 最もポピュラーなもので言えば、この国の子供なら誰もが聞かされる伝説の、勇者が持っていたとされるユニークスキル【光臨(こうりん)】だろう。

 陽の光を魔力に変え無限に扱えるというのだから、確かに神の祝福と言われるのも無理はない破格の性能だ。


 そんな勇者が持つスキルと同格に位置している、俺が授かったユニークスキル【土下座】。


 ……正直同列扱いしてもいいものかとも思うが、まあそこは一旦置いておこう。

 このスキルには恐らく多数の派生スキルが包括されているようで、これまでも『条件を満たした』としていくつかバリエーションが追加されてきた。そこから整理していこう。


 まずは基本となる【土下座】だな。最初に発現したのは、父上にこれまでの俺の悪行を叱責され、折檻されていた時だった。

 意識を飛ばした際に前世の記憶が蘇り、己の行いにどれだけ父上が心を痛め悲しんでいたか理解し、口を衝いて出た〝謝罪の言葉〟によって発動した。


 前世の四ノ宮夏月の記憶により、日本人が行う最上級の謝罪の所作だということはすぐに理解できた。

 膝を揃えて着いて座る〝正座〟という姿勢から、両手を地に着き頭を下げる。首根の急所を相手に晒し、誠意の表れとする所作だな。

 〝平身低頭〟か、なるほど。相手に命を委ねるほどの覚悟と誠意を示すのであれば、確かにこれは最上級の謝罪足り得るだろうな。



「発動条件は〝心からの誠意ある謝罪〟を口にすること。もしくは〝嘆願〟でも発動したな」



 あの憎たらしいほど淡々としたアナウンスの文言を思い出す。一度だけ、それもごく最近に〝感謝〟でも発動した気がするが……それは考えないようにしておこう。



「で、セカンドスキルとやらからが色々おかしいんだよなぁ……」



 ユニークスキル【土下座】の派生スキルである、セカンドスキル【スライディング土下座】。

 ()()()()【土下座】という点からして既に意味不明だ。


 初めて発現したのは森に薬草を採りに行った時。ホブゴブリン率いるゴブリンの群れとの戦闘中だったな。

 スライディングの名の通り、【土下座】したまま勢いよく地面を滑り、頭頂から突っ込むスキルだった。


 アナウンスが言っていた〝条件〟とは何なのだろうか? 謝罪の言葉は確かにあの時も口にした。アンネを危険に晒した挙句戦闘中に危機に陥り、本心から済まないと思ったからな。……ん?



「戦闘中……戦闘用スキル……。まさか〝魔力〟か?」



 確かに【スライディング土下座】の時も、その上位スキル【ジャンピング土下座】の時も戦闘中で、魔法を織り交ぜて戦う俺は常時魔力を放出していた。

 なるほど、〝魔力を放出して謝罪〟という条件だったのか。


 そしてさらに謎を深めるのは、ブロスという格上のハンターと戦った際に【ジャンピング土下座】と共に発現した【コンバット・土下座・プログラム】……略して【C・D・P】だ。


 これまでも【土下座】発動の度に身体を操られ、勝手に動かされてはきたが、それらと明確に違うのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 回避と防御だけでなく、魔法まで勝手に発動するスキルなんて、見たことも聞いたこともない。



「あの時はブロスの卑怯な手で負傷していて、かなり不利な状況だったんだよな……」



 あの時アナウンスは『身体状況をスキャン』と、『状況イエロー』と確かに言っていた。

 前世の記憶を探れば、状況判断に色を用いる場合は〝青・黄・赤〟の三段階が多い。つまりあの時の俺は〝常態・警戒・危険〟で言えば〝警戒〟すべき状況にあったわけだな。


 ……満足に戦えるように、効率よく勝利するために授けられた? いや、誰にだよ?

 神か? そうは言ってもこの世界に……少なくともこの国に【土下座】なんてものは無かったはず。この世界の神が授けたと言われても、納得するには弱い気がする。


 それに前世の記憶だ。今まで生きてきて影も形も現さなかったユニークスキルが急に発現したのは、前世の俺――四ノ宮夏月の記憶を得てからという点も気になる。


 そしてその疑惑は次に発現した、サードスキルである【土下連座】によってさらに深まる。

 通常の【土下座】を連続して繰り出し謝罪する、スキル【土下連座】。アナウンスによると『畏怖の低下率を上げるため』に用いられたな。


 いや、あれってば明らかに相手を困惑させて力技で解決したようにしか感じられないんだが……!

 まあ、結果としてシャロンには謝意と誠意を伝えられたのだから、良しとしよう。正直あの砂利から地面の二段階の痛みは思い出したくもないからな。



「あの時、確かに四ノ宮夏月の記憶は【土下連座】に反応していた。〝土下座衛門(ドゲザエモン)流中伝秘奥〟だとか、〝偶に披露した〟記憶だとかが確かにあったんだ。つまり、ユニークスキルは前世に繋がりがある……?」



 正直、益々謎は深まるばかりだった。

 木製の旅用コップの中身は空になり、朝の空気が階下の食堂や厨房から料理の食欲を唆る香りを運んでくる。



「んん……。はっ!? さ、サイラス様!? おはようございます! 主より長く寝ているなんて、とんだ失態を……!」


「んうー? あー、お兄ちゃんおはよー! 早起きさんだねー」



 その香りに、俺の旅の仲間達が目を覚ましたようだ。


 考察はここまでだな。

 これからも恐らくは、この謎のスキル【土下座】はおかしなことばかり巻き起こすことだろう。もちろん、俺の痛みと引き換えに。


 だけどまあ、普通の【土下座】にしても戦闘用の【土下座】にしても、たとえ苦痛を伴ったとしても、それによって俺が今まで助けられてきた、その事実は変わらない。


 それに最後に浮かんだ疑惑の通り、ユニークスキルが前世の俺に関わりがあるというのならば。

 前世で散々に虐げられ、理不尽に命を落とした四ノ宮夏月の、その無念や悔恨が込められたスキルであるのならば、それをこうして俺が、()()()()()()使うことは、何よりも、前世の彼の魂を慰めることに繋がるのではないか。


 そんなことをふと、思ったりもしたんだ。



「おはよう、二人とも。気にするなよアンネ。たまたま俺が早く起きただけなんだから。さあ、顔を洗って朝食にしよう。今日はハンターギルドを見に行くんだからな」


「は、はい、サイラス様っ」


「はーい♪」



 今日も良く晴れているな。基本的には雨の日はニーナも居ることだし大人しくしているんだが、路銀のことも考えないとだからな。

 ……昨日結構使ったし。


 さてさて、この街では、一体どんな冒険が待ってるんだろうな?





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