第十六話 連なる痛みは夕餉の彼方に
《【土下連座】発動中は謝罪の言葉を切らさないようにしてください。たとえ何度痛みを感じようとも》
不吉なアナウンスに口の端が引き攣る。
とは言っても既にスキルの支配下にある俺の身体は、口以外はもう俺の意思では動かせないんだが。
「公子さま……!?」
「はっ……!」
そんな俺を見詰める目の前の娘……シャロンの困惑した顔が視界に入り、我に帰る。
そうだ。たとえ痛みを伴おうとも、俺は過去の自らが犯した過ちを謝罪し、精算しなくてはいけないんだ……!
「本当に、済まなかった……!」
《【土下連座】シークエンスを発動します。レッツ・シェケナヘッド》
最初の【土下座】の痛みは自動回復で消えかかってはいたが、そんなものは気休めにしかならない。
そう、何故ならこれから――――
――――グシャアッ!!
「ぐっ、〜〜〜〜ッ!!」
「公子さま!?」
謝罪の言葉を再び口にした俺の頭は、スキルによって再び水場の砂利に叩き付けられた。
【土下連座】……字の如く、“連続して【土下座】をする”上位スキルなんだろう。再び走る額の激痛に悶えながらも、自由を許されている思考の中で考察する。
逆に言えば“それしか”自由にならない俺の頭は再び地面から持ち上げられ、シャロンに目線を合わせられる高さまで戻された。
まだ……足りないというのか……!
「俺の頭で良いのならいくらでも下げるっ」
《イエス・シェケナヘッド》
――――ズシャアッ!!
「こここ、公子さまッ……!?」
あぐ、あああああッ!!! 痛い、痛い、痛い!!
細かい砂利が割れた額にめり込んでくるぅ!! 傷が有ろうが無かろうがいつもの如く容赦の欠片もなく叩き付けやがって……!!
未体験の三連続【土下座】に必死に歯を食いしばって耐えきるが、無慈悲にも再び俺の頭は持ち上げられた。
痛みにチカチカする俺の目線の先には、顔を青くして困惑するシャロンの姿。
いやこれ、却って萎縮させてないかと思わなくもなかったが、スキルがまだ不充分と判断するなら……やるしかない……んだよな……!?
「君が味わった恐怖や痛みには及ばないだろうが、これが俺なりの誠意と謝意なんだ。どうか、受け取ってくれ……っ!!」
《エクセレント。レッツ・ワンモア・シェケナヘッド》
――――ゴシャアッ!!
あがァァァァァァッッ!!! 硬いぃいいいい!? 痛いぃぃいいいいいいッ!!??
度重なる【土下座】のせいで敷かれた砂利は飛び散り、剥き出しの地面になっていた。そこに散々っぱら砂利をめり込ませた額を打ち付けたせいで、俺の感じる激痛は更に一段階昇華され、形容しがたい痛みとなって額を襲う。
「もうッ……もうやめてくださいッ!? そんなに頭を打ったら……公子さまのお命が……ッ!?」
《サードスキル【土下連座】の効果波及を確認。対象:シャロンの畏怖が完全に消失しました。困惑が臨界突破。敵意、害意は感知されませんでした。解析報告を終了します》
この世のものとは思えない痛みに必死で耐える俺の耳に、俺の頭の中に。
シャロンの悲痛な声と、いっそ清々しいほど平坦なアナウンスの声が響いた。
そう認識した瞬間、俺はスキルの支配から解き放たれ、身体に自由が戻ったのを自覚し、顔を上げた。
「もう、充分ですから……! こ、公子さまは悪くないですからっ! 私はもう、大丈夫ですからぁッ!!」
瞳に涙を浮かべ、顔を真っ青にしながら俺に駆け寄って身体を起こそうとするシャロン。
……優しい娘だな。こんな優しい子を過去の俺は、取り巻き共は酷い目に遭わせたのか……。本当に、過去に戻って自分を殴り飛ばしてやりたい気分だ。
「そう……か。本当に済まなかった。血が服に着いちゃマズイだろう。ちょっと顔を洗わせてくれ」
助け起こそうとするシャロンを下がらせ、痛みを堪えながらよろよろと立ち上がる。しかし。
繰り返し振られた頭部の、度重なり打ち付けられた痛みの、流れ失った血のせいで、俺はフラついてしまう。
そんな俺が転ばないように咄嗟に支えてくれたのは、他ならぬ謝罪相手であったシャロンだった。
「こ、公子さまはここで座っていてくださいっ! 私がお水を汲んできますから!」
「ああ……すまない……」
未だ痛む額を押さえて、俺はワタワタと井戸から桶に水を汲むシャロンを、しばし眺めていたのだった。
◇
「お疲れ様でした、サイラス様」
店内の席に戻った俺を出迎えたのは、いつもながら無表情で抑揚に欠けたアンネの……アンネロッテの声だった。
この場で唯一事情を知るこの無表情な旅の連れには、本当に事ある毎に助けられているな。
そう思った俺は。
「ああ。アンネ、いつも本当にありがとう。アンネのおかげで俺はまた一つ、過去を精算できたよ」
と、礼の言葉を投げ掛けたのだった。
……どうしたんだアンネ、顔が真っ赤だぞ? 辛い料理でも食べたのか?
「むぅー! お兄ちゃんも早く食べようよ! このお肉美味しいよ!」
「あ、ああ、分かったよニーナ」
丸い四人掛けのテーブルの、アンネとは反対側の席からニーナが取り分けた皿を差し出してくる。
いや、ニーナはどうしてむくれっ面をしてるんだろう……?
「ん……! これ美味いな! 肉の臭みも無いし、柔らかく焼けてるし……! 宿の主人には良い店を紹介してくれた礼を言わなきゃだな!」
ニーナがよそってくれた肉料理を頬張り、味付けや焼き方を考察する。
やはり香辛料か……? 個人で買うよりも店舗などの大口なら、多少は割安で融通してもらえるのだろうか? それに使っても店なら売れば原価は取り戻せるんだしな……。
他にもスープにサラダ、そして保存食用に焼き締められたものでないパンも、どれも美味しい。
曲がりなりにも料理をするようになったからか、それを食べさせたい人が居るからかは定かではないが、作り方から調味料、果ては素材にまで興味が湧いてくるな。
そう思って、ふと俺自身の変化に気付く。
“暴れん坊”だの、“ドラ息子”だのと呼ばれ嫌われていた俺が、他人に美味い飯を食わせてやりたいだなんて……。
こんな今の俺の姿を父上や義母上、それにエリィ……妹のエリザベスが知ったら、一体どんな顔をするんだろうな。
「ふふっ……」
「んえ? お兄ちゃん、何か面白いことでもあったの?」
おっと、思わず笑い声が溢れてしまった。
不思議そうな顔をしてコテン、と首を傾げるニーナの頭を撫でてやり、俺はその喜ばしい変化――ああ、きっと良い変化なんだろう――を噛みしめる。
「人は変われば変わるモノなんだなって、そう思ってな。ニーナもなりたい自分になれるように、これから頑張るんだぞ? 俺も手伝ってやるからさ」
「んんー? うん、分かったよお兄ちゃん!」
お互いに良い笑顔で笑い合う。
温かい食事に温かい団欒。いつか家庭を持つことがあるのならば、こんな風に笑い合える家族を持ちたいものだな。
「むぅ。サイラス様、私もお声掛けを所望しますっ」
「ええ……、アンネはもう立派な大人だろ……?」
何故だかまた不機嫌そうに見えるアンネロッテが割り込んでくる。
いやしかしだな、アンネは本当に(料理以外は)完璧だと思うし、今も言ったようにそれはもう立派な胸……立派な大人になってると思うんだけどな。
「アンネも芋の皮剥きが上手くできるように、ちゃんと俺が教えてやるからな」
「うぐっ……!?」
いかんいかん。旅装とも使用人服とも違う、未だ見慣れない町娘風の装いのせいで、服屋での事故の光景まで思い浮かべてしまった。
誤魔化すように、照れ隠しのように口にした言葉で項垂れる、そんなアンネの頭も苦笑しながら撫でてやり、俺達は再び和気藹々と料理に舌鼓を打つ。
そんなところへ。
「失礼します公子さま。こちら、食後のデザートにどうぞ。店長が作った甘味で、私のオススメです」
一緒に店内に戻って別れた店員の女性……シャロンがそう言って、人数分の何やらスプーンの刺さった白い食べ物らしき物をテーブルに置いたのだ。
「あー、頼んでいないんだが?」
俺のせいで酷い目に遭わせ、先程も謝罪のためとはいえ怖い思いをさせてしまったというのに、どうして。
そう不思議に思い訊ねてみると、シャロンは。
「ええ。このお店の一推しをご紹介するのは、私の意思です。どうぞ召し上がってください、公子さま」
ぎこちなくはあったが、そう笑顔を見せてそう話したのだ。それはつまり、俺の謝罪を受け入れてくれたということのアピールなのだろう。
「……そうか。そんなに良くしてもらっては、また食べに来ないといけないな。その時はまた、オススメを教えてくれるか?」
「はいっ。是非いらしてください。私は夜更け前まではいつも居ますから。お待ちしてます、公子さま」
「サイラスでいい。家名は健在といえど、家を出た身だからな。そんなに畏まる必要は無い。この街に居る間は、度々世話になるぞ」
「は、はいっ、サイラス様っ」
謝罪とはいえ、気持ちが伝わるってのは嬉しいものだな。最後には頬を染め、自然な笑顔を見せてくれたシャロンを見送ってから、デザートと言われた料理に手を伸ばす。
「くっ……! サイラス様……またですか……!」
「お兄ちゃんの節操なし……」
な、なんだよ二人とも……!? なんでそんな恨めしそうな目で俺を見るんだ!?
「私など全然意識もされていないというのに、次から次へと……!」
「ライバルがどんどん増えちゃうね……! お姉ちゃん、一緒に頑張ろっ!」
なにやらまたしても、俺を除いて二人の結束が固まっているような気がする。
いや、良いんだけどな? 女同士でしか分かり合えないこともそりゃあ有るだろうし。だけどこうも除け者にされるのは、ちょっと寂しいぞ……。
そう思いながらも、水を差すような雰囲気ではなかったので沈黙を貫いたが……
「――――うまっ!?」
寂しさを打ち消すように口に運んだ、白いデザートの味に驚愕する。
ほのかな酸味に、砂糖の甘み。そして濃厚な乳の味。
甘くはあるがサッパリとしていて、食後の重たい胃袋でもするりと食べられる。滑らかな食感も好印象だ。
「うわぁ……!」
「これは……っ!?」
驚く俺の様子を見たせいか、慌ててニーナとアンネもそれを口にし、目を丸くする。
ん? “ヨーグルト”というのか、この甘味は。なるほど、家畜の乳を材料に使うのか……。
“発酵”? “種菌”? むう、分からん。前世の俺もそれほど詳しくないらしく、作り方のイメージは湧いても作れる自信はないな。
こうなったら……!
「二人とも!」
「サイラス様!」
「お兄ちゃん!」
なんともまあ、見事に三人とも考えていたことが同じだったらしい。
当然、次の一言も――――
「「「絶対また来よう(来ましょう)!!」」」
と、綺麗に被ったのであった。
ちなみにですが、ヨーグルトを作る際に必要な種菌は、既存のヨーグルトを混ぜることで代用できるそうです。
興味がお有りの方は是非手作りヨーグルトに挑戦してみてください(*^^*)