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第十四話 なんか違う【土下座】

大変お待たせしました。

新章スタートでございます。



「お兄ちゃん、お願いしますっ!」



 ええと……?

 俺は目の前に広がる光景に、思わず顔を引き攣らせていた。

 端的に分かり易く説明するならば、【土下座】しているのだ。ニーナが。俺に。朝早くから。


 どうしてこうなったのか……?

 俺は昨晩まで記憶を手繰って、心当たりを探ってみる。





 ◆





「岩塩の粗さは……こんなものか。胡椒があれほど高いとは思わなかったな……。あとは道中で見付けたこのハーブを肉に揉み込んで……」



 俺はその日の野営で、いつも通り夕飯を支度していたんだ。


 例のごとく危険すぎる手伝いを申し出るアンネロッテを退けた俺は、アンネが手伝いの代わりにと落ち込みながら森の浅い所で仕留めてくれた野鳥を捌いて、下処理を施していた。



「あたしが見付けた薬草もお料理に使うの?」


「ああ。こうして肉に揉み込んでやれば臭みも取れるし香り付けになるから、より美味しく食べられるんだぞ?」



 アンネとは違って料理の才能は普通にあるニーナが、興味津々といった様子で手元を覗いてくる。


 得意気に解説しているが、もちろん俺の知識ではなく、前世の記憶の情報だ。

 ニーナが見付けてくれた薬草の中に、前世の記憶によるとバジルという香草によく似た物が紛れていたからな。胡椒が高くて買えなかったため、これ幸いにと塩で下味を付けた鳥肉に刻んで揉み込んでいるのだ。


 香りと味が馴染むまでの間に、もはや手慣れた干し肉と乾燥野菜のスープを作る。

 鳥の肉があるから干し肉は使わなくてもとは思ったが、たまにはガッツリと、焼いた肉を食べたかったんだ。かと言ってスープから単に干し肉を抜くと、今度はスープのダシが足らずに味気なくなってしまう。

 そんな訳で、今夜は特別にスープと焼いた鳥肉、そしてパンという、野営にしては豪華なメニューとなったのだ。



「あふっ!? あふいぃっ!?」


「ニーナ、焼きたてが熱いのは当たり前なんだから気を付けろよ……」


「らっておいひいんらもんっ!」


「ありがとな。だけど口に物を入れて喋るのはお行儀が悪いぞ?」


「むぐぅっ、むぐむぐ……! だって美味しいんだもんっ!」



 ちゃんと解読できたから、慌てて飲み込んで言い直さなくてもいいのにな。

 こうしてまだ幼いニーナと話していると、アンネや義理の妹のエリィ……エリザベスの世話を焼いていた頃を思い出すな。



「…………っ!!」


「おいひぃ〜♡ お兄ちゃん、スープも美味しいよ♪」


「あ、ああ。ありがとな、ニーナ」


「……っ! …………ッ!!」



 ……あのー、アンネさんや。そんな恨めしそうな目で睨みながら無言で食べられると、非常に食い辛いんだが。

 いくらそんな目で見られてもお前に料理はさせないからな? 育ち盛りのニーナに、あの絶望すら感じる腹痛を経験させる訳にはいかないんだ。許してくれ。


 俺は極力アンネの視線から顔を背けながら、我ながら上手く香り付けのできた焼きたての鳥の肉を味わったのだ。


 ディーコンの街を出て、早三日ほど。

 その間野営を繰り返し、俺はそれなりには野外での調理にも慣れてきた。繰り返す内に手際も良くなり、前世の記憶の知識もあってか、今のところ彼女達には食への不便は感じさせないでやれている、と思う。



「お兄ちゃん……」


「ん? どうしたニーナ?」



 道中のアレコレを思い出しながら夕飯を楽しんでいると、少々不安げな顔をしたニーナが声を掛けてきた。

 器を見るとちゃんと一人分は食べられているみたいだし、健康状態に問題は無さそうだな。



「お兄ちゃんは、お嫁さんはやっぱりお料理が上手な人がいい……?」


「……は?」


「ニーナっ!?」



 突然の問いに間抜けな声を上げる俺と、何故だか焦った様子のアンネ。

 当のニーナはなんだか……顔が赤いような……? 料理を食べて体温が上がったせいか?



「そうだなぁ。妻の温かく美味しい手料理か……。憧れはするな」



 そう深く考えもせずに放った俺の言葉に、ニーナは「そっか」と何やら考え込み始め、アンネは……なんでそんな悔しそうな顔――とは言ってもそう感じるだけで無表情なんだが――で俺を睨んでるんだ……?


 結局その時は気にせずに食器類を片付け、いつも通りアンネと交代で見張りをして、夜が明けたのだった。





 ◆





「お願いします、お兄ちゃん! あたしにお料理を教えてください!!」



 ……なるほど。恐らくは()()()()()()()()()()()()、今の内から料理を覚えて上達したいんだな。



「ニニ、ニ、ニーナ!? そんなことでしたらサイラス様でなく私が教えますよ!?」


「アンネお姉ちゃんはお料理下手くそなんでしょ!?」


「がはっ!?」



 うわぁ……! 子供って容赦ねぇな……!?

 一片の情けすらない言葉を突き付けられたアンネが、胸を押さえてその場に崩れ落ちた。

 あー、うん……泣くなアンネ! お前は()()()()()()完璧なんだから、そんな悲しそうな顔するなよ……!



「あー、とりあえずニーナ? なんでそんな格好を……」



 アンネは処置なしと判断し置いておき、ニーナになぜ【土下座】しているのか訊ねてみる。



「え? お兄ちゃん、お願いする時にこうしてたから……」



 まあそうだよな……! 俺の影響だよなどう考えても!



「に、ニーナ、それは確かに相手に誠意を伝える所作なんだが、そこまでしなくてもいい。他ならぬニーナのお願い事なんだから、俺が教えられる限りのことは教えてやるよ」


「ホント!? やったぁーっ!!」



 この程度のことでこんなに喜ぶなんてな。もっと早くから、俺から声を掛けてやれば良かったかもなぁ。



「あの、サイラス様……? 私にも是非――――」


「アンネはまず包丁を逆手に持とうとするな。その癖が抜けたら手伝いなら許してやる」


「ぐふ……っ」



 まあ、こうして一悶着あったものの、俺達三人は和気藹々と、いよいよ近くなってきた次の街、“ピマーン”へと足を進めたのだった。





 ◇





 「サイラス様、服の新調を希望します」



 ピマーンの街に着き、ハンターギルドで道中摘んだ薬草類を換金した俺達は、ギルドの紹介で格安の宿を訪ね、三人部屋で思い思いに旅の疲れを癒していた。


 そんな中で突然、アンネがそのようなことを言い出した。



「ど、どうしたんだ急に? 旅装だったらちゃんと揃えてあるじゃないか」


「それでも新調を希望します。(そうですよっ! 旅に適した簡素な服では、いつまで経っても女性として見てもらえませんっ。ここは我儘の言い時です……!)」



 そう訝しむ俺だったが、当のアンネはニーナをチラリと横目に見てから、何やら小声で呟いている。

 顔を俯けて呟いているせいでほぼ聞き取れなかったが、何やらこれは、いつものアレな予感がするな……。



「……分かったよ。ただしイチから仕立てるのは無しだからな」


「はいっ! では早速参りましょうっ」



 甘いと言うなかれ。アンネには今まで散々苦労を掛けたと思ってるし、何より今だって旅に慣れていない俺を良く支えてくれているんだ。

 彼女がたまに言う我儘くらい、叶えてやりたいと思うのは当然だろ?



「よし。それじゃ宿の主人に道を聞いて、三人で行くか」


「服屋さん行くの!? わーい行く行く〜っ♪」


「(くっ、そうですよね、やはり三人一緒ですよね……!)」


「ん? 何か言ったかアンネ?」


「いえ、何も。では参りましょうっ」



 こうして俺達は最低限の荷物だけにして身軽になってから、ピマーンの街に繰り出した。





「よくよく見ると、この街は随分服屋や仕立て屋が多いんだな」


「ここピマーンの街は、シャムール公爵領の中で最も紡績が盛んな街ですからね。王都や領都に出ているお店も、ここに在るお店が本店だという所は割とありますよ」


「すごーい! 色んな服がいっぱい!!」



 三人で街の大通りを練り歩く。

 店頭に並べられている既製品の衣服や生地をアンネが目利きしては次の店へと、次の次の店へと渡り歩き、辿り着いたのは一軒のこぢんまりとした服屋だった。



「ここなら子供用の衣服も揃っていますし、お値段も手頃かと」


「既製品や中古品の専門店か。確かに充実した品揃えだな」



 店の主人は初老に差し掛かったくらいの女性で、カウンターの向こうに座ってはしゃぐニーナを眺め、ニコニコと微笑んでいる。



「それじゃ俺はニーナを見てるから、アンネはゆっくり選んでこいよ」


「わーい! お兄ちゃんこっちこっちー!!」



 ニーナに手を引かれアンネと別れる。離れる間際に唇を噛んでいたようにも見えたけど、多分気のせいだよな……?


 普段とても良い子にしているニーナのはしゃぎっぷりに圧倒され、やっぱり小さくても女なんだなと認識を改めた俺は、この小さなお姫様のエスコートを完遂する覚悟を決めたのだった。





「サイラス様……」



 ニーナの何着目かの試着をカーテンの手前で待ってやっていると、その隣りのカーテンの向こうからアンネの声が聴こえた。



「ん? そこに居るのかアンネ。どうした?」



 着替え中であることを考慮して、俺はカーテン越しに返事を返す。するとそのカーテンは、向こう側から開けられた。



「どう……でしょうか?」



 そこに立っていたのは、屋敷での使用人服とも、もはや見慣れた旅装姿とも違った、胸元の開いたシャツに裾の長いスカートを纏った、町娘風の装いになったアンネだった。


 16歳の、成人はしたものの未だ少女の面影を残しているアンネだが、屋敷のメイド服とは違い胸元を広く開いたシャツは女性特有の膨らみを強調し、いつかの盗賊団の頭目の評価の通り小柄な割には随分と主張してくるソレに、思わず目線が吸い付けられてしまう。


 “Eカップ”くらい? “ロリ巨乳”?

 またも前世の記憶から言葉が湧き上がってくるが、なんとなくこの言葉には触れてはいけない気がした。



「やはり私のような者がこのような格好など、おかしい……でしょうか……?」


「い、いや、雰囲気が違ってて驚いただけだ……! うん。良く似合ってるよ、アンネ」



 不安そうなアンネの言葉に慌てて感想を返す。いや、実際似合っていると思うしな。


 白いシャツは彼女の白い肌とも、ピンク色の肩口で揺れる髪ともマッチしているし、シャツの裾を入れた腰は細く、スカートのシルエットにはそこから足首までの柔らかな曲線を、自然と誘導される。

 何よりも、メイド服や旅装ではあまり意識していなかった女性というものを、出る所引っ込む所を主張するこの服装には、強く意識させられてしまっている。



「なんだか子供の頃を思い出すな。母上と一緒にアンネに似合う服を選んだ時みたいだ。可愛いぞ、アンネ」


「はうっ……!?」



 なんだか照れ臭くなってしまい、誤魔化すように思い出を引き合いに出して褒めてしまったが、もちろん嘘ではない。()()()()()可愛がってたのは事実だしな。


 ん? どうしたアンネ? 顔が赤いようだが……?



「で、ではもう一つの方も試してみます……っ! 待っていて下さいねっ、サイラス様っ」


「あ、ああ、分かった」



 隠れるようにカーテンの向こうに再び飛び込んで行ったアンネを見送ると、入れ替わるようにニーナが隣りのカーテンから飛び出してきた。



「お兄ちゃん今度のこれはどう?! 似合う?!」


「おお、それも可愛いな。よく似合ってるぞ、ニーナ」



 長いアンバーの髪を二つに纏め――“ツインテール”というらしいな。前世の記憶を頼りに結わってやったんだ――、少し濃いめの赤いワンピーススカートをフワリと一回転させるニーナ。

 本当に良く似合っていたので、俺は素直に賛辞を贈ったのだが――――



「やったぁああーーーッ!! お兄ちゃんありがとおーーーッ!!」


「うおっ!? ニーナ、あぶな――――」



 まさか飛び付いてくるとは思っていなかったために反応が遅れた。慌てて抱き止めてやったが、バランスを崩した俺は転ぶまいと()()()()()()()に手を伸ばし、掴んだ。


 ――――ブチブチブチィッ!!



「え……?」


「え……??」



 ……状況を整理しよう。

 俺の片腕はしっかりとニーナを抱き止めていて、怪我はさせていない。

 もう片方の手は……これはカーテンだな。転びそうになって思わず掴み、留め具から外れてしまったようだ。


 そして俺の視線の先には、下履き――女性用は“ショーツ”というのか。なるほど――のみで、たわわな二つの果実を揺らして呆然としているアンネロッテのあられもない姿が――――



「さっ、ササササササササイラスさまッッ!!?? ちょッ!? いやあああああッッ!!??」


「どわああッ!? すまんアンネ!? わざとじゃないんだ信じてくれッ!!?? 本当にすまん!!??」



 あたふたと不格好に狼狽えながら、慌ててアンネに謝る。アンネは胸を両腕で覆い隠してしゃがみこんでしまっていた。

 そして福音なのか断罪の宣告なのか、俺の頭の中にはあのアナウンスが響いたのだ。



《心からの謝罪と感謝を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします》



 ちょっと待てぇぇえええ!!?? ()()ってなんだ()()って!?

 いや確かに眼福ではあるが……って違うから!? 事故だからああああ!!??


 そんな俺の心の叫びとは裏腹に、俺の身体は丁寧にその所作をなぞり始めたのであった。



「お姉ちゃんおっぱい大っきいなぁー。いいなー」



 ちなみにこれは、その騒動の後で試着室から出てきたアンネを再び赤面させた、ニーナのトドメの一言である。





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