第十三話 石頭ハンターの旅立ち
「よう、石頭♪」
「今日も採取依頼かい? 頑張りなよ!」
……どうしてこうなった……?
Dランクハンターのブロスとの試合――もはや決闘だけどな、あれは――から数日、俺を取り巻く評判は一変していた。
路銀もそこそこ貯まり、さあ近々街を出ようといった矢先にあの騒ぎで軽くはない負傷をした俺は、その治療に費やした金を賄うために、傷を癒しながら再びハンターとして依頼と向き合う生活を送っていた。
傷自体は和解した薬師のセガールさんの作った質の良いポーションで治りはしたが、なにしろ治癒魔法と並ぶ貴重な治癒薬だ。値段はバカにならない。
結果出立は先延ばしとなり、俺は自身が通した意地の代償を、細々とした安全な依頼で補填していたわけだ。
「お、石頭ハンターじゃねぇか。お疲れさん」
「相変わらず良い採取の腕だなぁ。薬屋のシガーニーが喜んでたぜ、石頭っ♪」
〝ママゴトハンター〟から、〝石頭ハンター〟へ。俺の呼び名はあの試合以来、そう変わっていた。
違うのはそれだけでなく、ママゴトの頃はいわゆる蔑称というやつで、嘲りや皮肉などが大いに含まれていたのだが、今はなんだか、まるで〝勇者〟や〝英雄〟とでもいうような敬意を込めて呼ばれている。
いや、だからって〝石頭〟はないだろ……!
確かにブロスを倒した決まり手は、俺が持つユニークスキル【土下座】の派生スキルである【ジャンピング土下座】での頭突きなのだが……いや納得いかねぇわ!?
別に俺の額が取り分けて頑丈ってわけじゃないからな!? しっかりダメージ喰らってるし、なんならブロスの前歯が突き刺さってて滅茶苦茶痛かったからな!?
「あっ、〝石頭〟の……っと、失礼しましたっ。今担当のセシリアを呼んできますねっ」
挙句の果てには受付嬢にまで定着してしまっている。
いや、分かってるんだよ? 彼等にも今の受付嬢にも、悪気は一切無いってことはね?
あの試合以降、俺をママゴトハンターと揶揄してきた連中は、俺のことを一端のハンターと認めてくれたのか、侮ることは無くなった。
それは嬉しいし、意地を通した甲斐があったと誇らしくもある。だけど……。
「それにしても、〝石頭ハンター〟はないだろ……」
「ふふ。有名人は大変ですね、サイラスさん」
受付のカウンターに肘を突き項垂れていた俺に、もはや聞き慣れたセシリアさんの声が掛けられる。
「勘弁してくれ。これじゃ俺が人に言われるほど頑固みたいじゃないか」
「あら、意地を通される姿は格好良かったですよ? 初志貫徹も、言い方を変えれば頑固となるのではないですか?」
口元に手を当て、コロコロと意地悪くそう笑いながら語るセシリアさんに、俺は何も言い返せなくなる。
口では敵わないと戦略的撤退を心に決め、諦めて採取品をカウンターに置く。
「随分と採取の効率が上がったようですね。〝ヒィル草〟に〝ワゼリン草〟、こちらは〝ケナル草〟ですね。あら? このケナル草は……」
「ああ、物は試しにと魔法で乾燥させてみた。ケナル草を薬にする工程で、一旦水分を抜き乾燥させると聞いたからな。調薬してしまうと足が早いらしいが、この状態なら長保ちするんじゃないかと思ってな」
「魔法で……どのようにですか……?」
「土魔法で陽の光を防ぐ箱を作って、風に当てる方法だな。温風と冷風を交互に当てることで、手早く乾燥させることができたよ。箱の中で葉を傷めずに風で踊らせるように乾かすのには、ちょっと慣れが必要だったけどな」
「…………なるほど。サイラスさん、これは私達ギルドでは判断が着きませんので、一緒にシガーニーさんの所へ行きましょう。もしかしたら、その手法も買い取って下さるかもしれません」
「そ、そうなのか? ただ思い付きでやってみただけなんだが……」
真剣な表情で席を立ち、いそいそと身支度を整え始めるセシリアさん。その間に、ケナル草以外の薬草類の買取額が運ばれてきた。
俺はそれを受け取ると、急かすセシリアさんと共に街へと繰り出したのだった。
◇
「これは……! 素晴らしいです! ケナル草は陽の光に弱く、乾燥の工程で一部は傷んだり枯れたりしてしまうんですが、これだけ乾いてこの量なら何人分もの薬が作れますよ! もちろんしっかり水分も抜けているので、保存も利くことは間違いないです!」
「やっぱり……! シガーニーさん、この乾燥の手法、買い取れますかっ?」
「というと……サイラス様が考えられたこの方法を買い取り、私が薬師学会に発表するということですか?」
「はい! そうなれば病で苦しむ人の必要とする薬の供給が増えるでしょう? ちょっとした革命ですよ、これは!」
俺を置いて何やらセシリアさんとシガーニーさんが盛り上がっている。
薬師学会というのは、錬金術ギルドが擁する調薬部門の学術組織の名だな。様々な薬の調合法や、新たな薬の開発研究を行っていると聞く。
「サイラス様、どのようにして乾燥させたのか、見せてもらえませんか?」
そしてこれまたセシリアさんと同じく真剣な顔で詰め寄られ、俺は否も応もなく裏庭へと連れ出された。
「まずは土魔法で、陽の光を遮る箱を作る。風が通り易いように小さな空気穴を開けるんだ」
裏庭の隅で、四角い箱を土を操り作り上げる。
「俺は面倒だったから葉を直接風で踊らせて乾かしたな。こんな風に」
その内部で風を操り、渡された生の薬草をクルクルと回転させる。火魔法と風魔法を合わせて温風で、水魔法と風魔法を合わせて冷風で交互に回転を繰り返す。
しばらくそれを繰り返していると、水分が抜けて若干色味が濃くなり、パリッと乾いた薬草が出来上がった。
「こんな感じだな。使えそうか?」
乾燥させた薬草を箱から取り出して、シガーニーさんに手渡す。
この人も再会当初こそ俺に怯えていたが、今ではすっかり打ち解けてくれたよな。本当にありがたいな。
「素晴らしいです! ちなみに、温かい風と冷たい風を交互に使ったのは何故なのですか?」
「あー、思い付きなんだがな? 人の肌も水で洗った時より、温かいお湯で洗った時の方が乾燥が早いだろ? そう思い立って温かい風ばかり当てていたら、すぐに枯れてボロボロになってしまったんだ。そこである程度温めと冷却を繰り返したら、キレイに水分が抜けたんだよ」
「……なるほど。まだ研究の余地がありますが、充分です! 魔導具と組み合わせれば魔法が使えなくても手早く乾燥が可能になりそうですね! サイラス様、是非私にこの手法、買い取らせて下さい! もちろん、先程の乾燥させたケナル草もです!」
現状俺達くらいしか薬草採取の依頼を受けていない中、特に世話になった鍛冶屋のセルジオさんのためにと思い付いたケナル草の乾燥保存だったのだが……なんだか大袈裟な話になってきてしまった。
俺はただ、これが上手く行けば彼と彼の母上殿のために、沢山ケナル草を備蓄しておけると思っただけなんだけどな。
「あ、ああ。もちろん構わないが、本当に良いのか?」
「もちろんですサイラス様! 発表の折には、考案者の名前としてサイラス様のことも書かせていただきますよ! 早速お金を支払いますので、中へどうぞ!」
「良かったですね、サイラスさん♪」
こうして俺は一日の稼ぎの最高額を更新して、セシリアさんと薬屋を後にした。
「ありがとうな、セシリアさん。おかげで目標の金も余剰付きで稼げたよ」
「サイラスさんの誠実さと努力の賜物ですよ。私はほんの少しだけ、それが向いている方向をズラしただけです」
ディーコンの街の市場通りを、セシリアさんと並んで歩く。まだ領都にほど近い都会の部類だからか、市に並ぶ品々は種類も豊富で、見ていて飽きさせない。
ふと、とある店で一つの品物が目に止まった。
「セシリアさん、ちょっと寄って行ってもいいかな?」
「はい? ……装飾店ですか? 私は構いませんが……」
同行者の許しも得たので、俺はその露店へと近付いて店主の男に声を掛ける。傷を付けなければ試着は構わないとのことだ。
「セシリアさん、ちょっとここに立って、じっとしててくれ」
「え? え?」
俺の意図が読めていないセシリアさんを傍らに立たせ、俺は目に止まった髪飾りを手に取り彼女の髪に挿し、柔らかなその髪を挟み込む。
「うん。思った通り、セシリアさんの空色の髪に良く似合うな。店主、これを買わせてもらう」
「あいよ、毎度あり」
「えっ? えええっ!?」
素材は薄く伸ばした真鍮だろう。よく磨かれていて銀にも等しい輝きのそれには、丁寧に彫刻が刻まれている。嵌め込まれた石の種類は分からないし、そんなに大きくも派手でもないけれど。
その髪飾りは、控え目で穏やかに微笑む彼女の柔らかな雰囲気に、良く似合っていた。
「さ、サイラス様!? ここ、これは一体どういう……!?」
「呼び方が様に戻ってるぞ? せっかく打ち解けられたと思ったのにな」
「うっ……! さ、サイラスさん……」
「ははっ。これは感謝の気持ちだよ。この街に来て、なんだかんだと穏やかに過ごせたのは、セシリアさんのおかげだからな。鑑定魔導具で、俺の素性を知っていたにも関わらず色々と便宜を図ってくれて、本当にありがとう」
「……っ!」
俺の言葉に目を見開くセシリアさん。
そう。彼女は俺が、領主家であるシャムール公爵家の三男、サイラス・ヴァン・シャムールである事を知っているのだ。そしてハンターギルドの関係者であるなら、俺の悪評も。
にも関わらず彼女は嫌な顔ひとつせずに、ギルド職員として俺を助け、導いてくれた。今回にしてもわざわざ同行までして、俺の思い付きを金に替えてくれた。
この髪飾りはそんな彼女への、ささやかながら俺なりの、せめてもの感謝の印だ。
「担当が貴女で良かった。おかげで俺は、仲間と共にまた旅に出られる。感謝してるよ、セシリア」
思い切って、彼女が求めたように呼び捨てで呼んでみる。なんだか改まってそう呼ぶと、結構気恥しいな……!
「……ズルいです、サイラスさん……」
「うん? ズルいって、何がだ?」
ポツリと彼女が零した言葉に聞き返す。
しかし彼女はゆっくりと首を横に振り、穏やかな微笑みを浮かべて俺の手を取った。
「何でもありませんっ。さあ、結構時間も掛かりましたし、急いでギルドに戻って依頼完了の処理をしましょう! アンネロッテさんやニーナさんを、あまり待たせてはいけませんしね?」
「あ、ああ。そうだな」
そうして俺は彼女に引かれるまま、手を繋いだままでギルドへの帰路を歩いて行った。
ギルドに帰還して男性ハンター達の殺気を大いに浴びたのは、言うまでもないな。
◇
良く晴れた早朝。
俺は荷物のバッグを肩に下げ、街の入場門から後ろを振り返った。
「若いの、膝当ての調子はどうだ?」
「申し分ないよ、セルジオさん。わざわざ作ってくれて、感謝する」
「なぁに。アンタがケナル草を上手いこと乾燥させて、保存が利くようにして大量に収めてくれたんだろ? その礼だから気にすんな」
膝を曲げ伸ばしして、強靭な革製の膝当ての調子を確かめながら、鍛冶屋の店主であるセルジオさんに礼を言う。
いつか彼の初めての依頼を受けた後、ビリビリに破けたズボンの膝を気にして、密かに作っていてくれたらしい。
まあアレは主に自分の……【スライディング土下座】のせいなんだけどな……。
でも確かに、薄い鉄板を強い革で包んだこの膝当てが有れば、【土下座】で勢いよく地面に膝を突いても痛みはだいぶマシになるはずだ。感謝してもしきれないな、本当に。
「サイラス様。多くの薬草の採取に、新たな技術研究の発想まで、本当にありがとうございます!」
「こちらこそ、シガーニーさん。俺の謝罪を受け入れてくれて、本当にありがとう」
「また来られた時には、研究の成果をしっかりとお伝えできるように頑張りますね!」
「ははっ、楽しみにしてるよ。だけど、あまり根を詰め過ぎないようにな?」
「はい!」
薬師のシガーニーさんとも、穏やかに別れの挨拶を済ませる。
彼には旅の道中で役立つだろうと、様々な薬草類の情報の載った本を頂いてしまった。これでちょっとした怪我や病気なんかは、素材となる薬草さえ採取できれば自分達で対応できそうだ。ありがたいことだ。
「サイラスさん。どうかご無事に、旅の目的を遂げてくださいね」
「セシリア、本当に色々と世話になった。また帰る時には是非この街に立ち寄って、声を掛けさせてくれ」
「ええ、もちろんです。いつまでもお待ちしていますね、サイラスさん。旅のご無事を、ここからお祈りしています」
「……本当に、みんなありがとう」
俺と、アンネロッテと、ニーナ。
三人となった俺達の、改めての旅立ちの朝。
俺はこの街で世話になり、わざわざ見送りにまで来てくれた彼らと挨拶を交わすと、街から出て行く人の列へと混ざって歩き始めた。
ニーナと手を繋いで。アンネには何故か睨まれて。
最初の街ディーコンから、俺達は次の街へと旅を再開したのだった。
これにて第一章を完結させていただきます。
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サイラスの旅はまだ始まったばかり。
これからも是非、応援をお願いします!




