第十二話 ママゴトハンターの本気と【土下座】
野次馬の嘲笑が満ちる訓練場。
ハンターギルドの裏庭に当たるそこには、多くの現役ハンター達が嘲りを浮かべ、ギルドの職員達が心配そうな顔で集まっていた。
そして俺の仲間であるアンネロッテは怒りを堪え、ニーナは怯えと心配のない混ぜとなった顔で俺を見詰めている。
「武器は貸し出しの木製武器を使うからな、好きなのを選びな! 木製だからって当たりゃケガするからよぉ、精々気を付けるんだなぁ!」
「魔法は使っても良いのか?」
「好きにしやがれ。Fランのママゴトハンター如きの魔法なんざ、役に立ちゃしねえだろうがなぁ!!」
俺と対峙する現役Dランクハンターのブロスが、ゴツイ長柄の木剣――グレイヴってやつだな――を膂力に任せて振り回している。
対する俺は、片手での取り回しの容易な短剣を選んだ。一般的な両刃のショートソードだ。
「明らかに死ぬような一撃を入れるか、降参を宣言したら終わりだ! 覚悟は良いなママゴトハンターさんよぉ!?」
「お前こそ、もし負けたら先程の侮辱の言葉を撤回し、謝罪してもらうぞ」
「おお怖い怖い! やれるもんならやってみやがれ!!」
視線で火花を散らす俺達に、観客の野次馬どもが一際大きな歓声を上げる。それを皮切りに、木製グレイヴを振りかぶりながらブロスが突進してくる。
俺はショートソードを構えながら魔力を放出し、すぐさま魔法の詠唱を開始した。
「地よ弾けろ、我が敵を穿て――――【岩の礫弾】!」
土属性の礫弾を飛ばす魔法が完成し、こちらに突っ込んでくるブロスへと殺到する。しかし――――
「こんな石ころで俺様が止まるかァ!!」
拳大程の十数個の石礫は、ブロスが振り回すグレイヴによって叩き落とされ、あるいは躱されてまるで効果が無い。
ブロスは多少勢いを減らしはしたが、弾幕を掻い潜って俺の目前に迫っていた。
「オラァ!!」
「ぐうっ!?」
上段に振りかぶりそのまま俺の頭を狙い振り下ろされるグレイヴを、俺はショートソードで斜めに受け、なんとか逸らし払う。
言うだけあって大した膂力だ。そう何度も短剣で受け止められるものでもないな。
長柄のグレイヴの利点はそのリーチと、槍と違って斬ることに適した大きな刃のその重さだ。リーチの短い短剣では不利なのは分かってはいたが、魔法も使う以上両手剣では立ち回りが難し過ぎる。
何とか距離を取り魔法を当てることに専念するか、それともせっかく縮まった間合いを捨てずにショートソードの回転力を活かして接近戦を挑むか。この期に及んで俺は決めあぐねていた。
「オラァどうしたママゴトハンター!? さっきまでの威勢はどこ行ったんだよォ!?」
「まだ始まったばかりだろうが……! それよりお前、さっきの上段……殺す気だっただろ?」
「俺様を差し置いてセシリアちゃんと楽しそうに喋りやがってよォ。前からテメェのことは気に入らなかったんだよォ」
「これだけの観衆が居るのに、事故で済ませられる訳がないだろうが。せっかくDランクに上がった実績を棒に振るつもりか?」
「うるせぇ! 本当ならC……いやBランクくらいの実力は軽く持ってるんだよ俺様は! それをなかなか昇格させやがらねえ連中の評価なんぞ、知ったことかよォ!!」
力任せのグレイヴの斬撃を身を屈めて躱し、短剣で受けて逸らし、柄を掴んでブロスに蹴りを見舞う。
上手いことみぞおちに刺さった俺の蹴りは、ブロスの勢いを殺し、手を止めさせることに成功した。
「ぐふっ、て、テメェクソガキがぁ……!」
殺意すら纏った剣呑な視線を俺に向け、長柄を杖代わりにして腹を抑え膝を着くブロス。
俺はこの好機をものにするために、バックステップで距離を取り初級ではなく中級の魔法を詠唱する。初級の【岩の礫弾】では通用しなかったから、念のためだ。
すぐにブロスは体勢を整え、俺に一撃を加えようと追いすがってくる。
「炎よ連なれ、その身を編み空を裂け――――【炎の鞭】!」
火の中級魔法。本来は形無き炎に形を与え、意のままに操る魔法だ。俺は炎で鞭を創り出して、迫り来るブロスに向けて振るう。
「ぐあっ!? こんの、クソガキゃああああッ!! ぶっ殺してやるぁあッ!!」
「はっ! 何が試合だ、何が戦闘訓練だ!? それがお前の本性だろう!?」
「黙れママゴト野郎があああーーーッッ!!!」
ブロスはもはや完全に理性が飛んでしまっている。その目は明確に俺を敵と認識し睨み付け、振るうグレイヴには間違いなく殺意が乗っている。
幾度となく炎の鞭で打撃と火傷を与えているが、防御も捨て俺に接近しようと我武者羅に武器を振り回し、突っ込んでくる。っていうか頑丈だなコイツ!?
「死ねぇええええええーーーッ!!!」
「しまっ……ぐあッ!?」
ブロスの太い腕に炎の鞭が絡め取られ、その隙を突いてグレイヴが振り抜かれる。なんとか短剣を身体との間に挟み込めたが、力任せに振られた威力に抗えず、俺は吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ……くっ! 風よ!」
俺は咄嗟に風魔法を発動し、起こした風で飛ばされた身体を受け止め、なんとか体勢を崩さずに着地する。
が、しかし――――
「ッツ!? クソっ!?」
防御自体はギリギリ間に合ったが、胸に走る痛みで思わず膝を着く。
受け止めきれていなかった……! 骨にヒビでも入ったかもしれないな……!
だが、今の一撃で明確に分かった。
奴は本気で俺を殺そうとしている。だったら俺も相応の覚悟を持つべきだ。俺を殺そうとする奴に、試合だからと加減をしている余裕はない……ッ!
「水よ集え、束ね凍てつき我が敵を貫け――――【氷の槍】!!」
胸の痛みを堪え詠唱を完成させる。水が凝縮され鋭く形作られた十数本の氷の槍が、俺の周囲に浮かび上がる。
「風よ掴め、纏い飛翔し疾く届けよ――――【疾風】! 行け!!」
更に魔法を詠唱する。ただ飛ばすだけでは【岩の礫弾】の時の二の舞になりそうだったからな。生成した氷の槍に風を纏わせ、投射速度を上乗せして解き放つ。
石礫など比較にもならない速度で飛ばされた鋭い氷の槍が、ブロスに殺到する。当たり所が悪ければ即死も免れないが、俺だって殺されたくはないからな!
「どらぁああああッッ!!!」
「なっ!?」
嘘だろ!? あれだけの速度と量の氷の槍を躱し、捌ききっただとッ!?
明らかに先程までのヤツの速度じゃない。まさか魔法で身体強化を……? いや、だがヤツは試合開始から一度も魔力を放出していない……ッ!?
「サイラス様ッ!!!」
「ハッ!? グガッ――――ッ!!??」
莫迦か俺は……! アンネの大声の警告がなければ確実に殺されていた……ッ! 戦いの最中にいくら想定外とはいえ、呆けるなんて……ッ!!
ブロスの横薙ぎに振るった一撃で、咄嗟に構えた木の短剣はへし折れ、俺の身体に多少は逸れはしたがグレイヴの柄が叩き込まれる。
俺はそのまま膂力で以て薙ぎ飛ばされ、今度は魔法で着地する間もなく訓練場の地面を二転、三転する。
そしてその時にチラリとだが、確かに視た。
ブロスは確かに魔力を纏って肉体を強化していて、その魔力は野次馬の中の一人、ブロスの取り巻きの内の一人の男がコソコソと構える杖から発せられているのを。
「がはッ!? く、クソが……ッ!」
悔しい。どうしようもなく悔しかった。
地面を転がり腕や顔を擦り剥いて、胸やたった今殴られた横腹の痛みに歯を食いしばり、ブロスを睨む。
一対一の戦いだろうが……! 野次馬どもも嬉しそうに騒いでんじゃねぇよ! 明らかに不正だろうが今のはッ!?
「こ……のッ、卑怯者が……!」
「おおん? 何のことかなァ!? 言い掛かりは良くないぜガキがァ!!」
「ガッ!?」
悔しい。正々堂々と戦って敗れるならまだ納得もできた。だけどこれは……あまりにも……ッ!!
治癒魔法は使えないが、俺は魔力を放出してダメージを受けた箇所に集め、少しでも支障なく動けるよう補強する。
「サイラス様!!」
「お兄ちゃんもうやめてぇ!!」
アンネとニーナの俺を心配する声が聴こえる。
あれだけ格好を付けたのに情けない……! せっかく明るさを取り戻したニーナに、俺をいつも支えてくれるアンネにあんな悲痛な声を上げさせるなんて……ッ!
視界の端でセシリア嬢……セシリアさんが止めに入ろうとして他の職員に抑えられているのが見えた。
それが悔しく、また情けなく、申し訳なく、そして腹が立った――――
「くっそが……ッ! 二人とも、セシリアさん……ごめん……!」
《心よりの誠意ある謝罪を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします。条件を満たしました。セカンドスキル【スライディング土下座】の上位スキル【ジャンピング土下座】をアクティベートします。身体状況をスキャン……状況イエロー。各種魔法とスキルの同期を開始。戦闘プログラムを試算……クリア。【C・D・P】をインストールします》
まただ。戦闘中に聞こえるこのアナウンスには正直良い思い出が無いのだが、とにかくまた、頭の中に例の無機質な声が響き渡った。
そしてまた新たな意味不明な言葉が羅列されている。【ジャンピング土下座】? 身体状況? 魔法と同期? 戦闘プログラムとは何だ? 【C・D・P】とかいう不穏極まりない単語は何なんだ!?
「おらァクソガキがァ! 俺様に舐めた口利いたツケは、まだこんなモンじゃねぇぞコラァ!!」
「もうやめなさいブロスさん!! やり過ぎですッ!!」
ブロスの怒声と、セシリアさんが必死に制止する声が聴こえる。そんな声を聞きながら俺はスキルによって起き上がり、自由を奪われた身体で以て今まさに突進してきているブロスへと向き直った。
《危険度を観測し対象を自動補正します。対象をブロスに指定。脅威度判定:A+。【C・D・P】をレベル2に設定しアクティベート。レディ――――》
ゆるゆると俺は前傾姿勢を取っていく。先程から放出していた魔力は全身を駆け巡り、スキルに支配されている俺からはまるで独りでに魔法が組み上げられているように感じる。
「おらァ死ねやぁああああーーーーーッッ!!」
《――――ゴー・ユア・ヘッド》
ブロスの雄叫びとアナウンスが重なった。
その瞬間、俺の身体は弾かれたようにブロスに向かって疾走を開始。前傾姿勢のままで鋭く地面を蹴り、ヤツとの距離が瞬く間に縮まっていく。
《脅威度判定:B。回避行動。攻撃防御》
グレイヴの袈裟の斬り下ろしを身体を捻り回避する。それを見越した返しの斬り上げを、先程折られてしまった木剣の柄を押し付けるようにして去なし、逸らす。グレイヴは空を切り、一瞬の無防備を晒すブロスの身体と対峙する。
《土魔法並びに風魔法を起動。【ジャンピング土下座】実行》
異なる魔法の並列起動!? 順番に効果を重ねるのであれば俺も先程やったようにできるが、同時に二種類をだって!? そして【ジャンピング土下座】からは不安しか感じないんだが!!??
俺の意思から離れた身体が魔法を放つ。詠唱することもなく放たれた風魔法は空気の塊りをブロスの上半身にぶつけ、土魔法はその足の下の地面を隆起させた。
結果ヤツは空振りで体勢を崩していたのもあり、勢い良く仰向けに転倒した。
《ゴー、ゴー、ゴー・ユア・ヘッド》
いや行けと言われても俺には何の自由も無いんだが!?
胸中で必死に突っ込むも俺の身体は魔力を素早く纏い、まるで重さなど感じずに天に舞い上がる。ああ……! なんか分かっちゃったかも……!?
「て、テメェ!? しゃらくせぇマネぐぼおっ!!??」
宙で身体を捻り回転し体勢を整えた俺はそのまま膝から落下し、ブロスが横に構えたグレイヴの柄を砕き折りながらヤツの腹部に突き刺さった。
いつもなら地面に着く両手は勢い良くヤツの両腕を弾き、その肩を押さえ付ける。そして――――
――――ゴシャァアアッッ!!!
あがああああああッッ!!?? 額じゃないのかよ!? 鼻かよ!? 額はともかく眉間にコイツの歯が刺さっていだいいいいいいいッッ!!??
それはもう勢いよく振り下ろされた俺の額は、ヤツの鼻を押し潰し、その下にある骨を砕き、ついでに前歯すら折って俺にその激痛を伝えてきた。
いやなんで!? ゴブリンの時は額だったじゃねぇかよぉ!? 歯ァ!? 刺さってるからぁ!!?
「あびゃ……こ、きょのやろほ……!!」
《脅威度判定:D。ノーサレンダー。ワンモアセット。ゴーユアヘッド》
ブロスの憎悪に満ちた声、そして無機質なアナウンス。それぞれが激痛に耐える俺に届く。そしてゆらりと持ち上げられる俺の頭。
ちょ、待って待って歯! せめて歯を抜いてそして避けてぇええええええ!!?? ブロスてめぇなんでそんなんなっても戦意残してんだ――――
――――ゴギャメキョオッッ!!
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!?? またっ、また歯がぁああああッ!!??
もうヤダこのスキル!? 特に戦闘用のヤツなんて大っ嫌いだァ!!
「ぶ……ぴぎぇ…………っ!」
《対象:ブロスの意識消失を確認。脅威度をDからFに変更。畏怖を検知。危険は確認されませんでした。解析報告を終了します》
「があ……ッ!!」
アナウンスのお決まりの終了の声と共に身体に自由が戻り、俺は転げ落ちるようにしてブロスの身体の上から降りる。大慌てで額を確認すると、そりゃ痛いわな、四本ものヤツの歯が折れて刺さっていた。
それを抜き去ると、憎らしいスキルの恩恵で即座に治癒が始まったのが分かった。ホントに何なんだよ、このスキルは……!
「「「うおおおおおおおおおおッッ!!!」」」
な、なんだぁ!?
額の調子を確かめている俺の背中に、突如大歓声が叩き付けられた。
慌てて振り返ると、先程まで散々に野次を飛ばしてきていた観衆が諸手を上げて雄叫びを上げていた。
そして俺に駆け寄ってくる、一人の少女と二人の女性。
「お兄ちゃあんッ!!!」
「サイラス様、お怪我は!? なんて無茶を……!!」
「まさかブロスさんを倒すなんて……! いえ、訓練と称したにも関わらず故意に殺害しようとしたのは明白です。サイラス様、ブロスからは即座にハンター資格を剥奪しますから!」
「ニーナ、アンネ……心配掛けたな。セシリアさん、ヤツは仲間の魔法の支援を受けていた。ヤツの取り巻きからも事情を聴いた方が良い」
「なんですって!? まさか不正まで……! 分かりました、早急に対処します!」
俺はニーナを抱き上げ、アンネの頭を軽く撫でてやってから、セシリアさんを加えて四人で訓練場の出口に向かう。
「やるじゃねえかママゴトハンター!」
「見直したぜ!!」
「最後のアレって何なんだい!?」
「魔法の腕も大したモンじゃねーか!!」
口々に俺を賞賛する声が上がる中、俺は胸と脇腹を痛めたことを仲間に悟らせないようにするので精一杯だった。額は相変わらずもう完治してるよクソッ!
そんな俺の意地も、口々に称え背中や肩を叩いてくるハンター達のせいで風前の灯火だ。
とにかく今は宿に帰って、ポーションを飲んで休みたい……!
痛い、痛いってば!? 何なんだよお前らのその掌返しはよ!?
まあこんな感じで、俺は俺達を侮辱してきた輩に対して、意地と本気を示すことができた……と思う。思い返せば今まで理不尽に苛立ちはしても、本気で怒ったことなんてこれが初めてかもしれない。
いや、あの時。母上が亡くなられたあの事故で、己自身に怒りを抱いてから、か。
そう考えると、俺はようやく俺の意思で、一歩を踏み出せたのかもしれないな。
そんな事を考えながら、俺は痛む身体に鞭を打って、アンネとニーナと共に宿へと引き返して行ったのだった。