第十一話 ママゴトハンター
「あったよお兄ちゃん! こっちー!!」
「またニーナに先を越されたかぁ。すっかり薬草探しの名人だな」
「観察力が優れているのでしょうね。見る目があるのは生きる上でも重要だと思います」
「えへへー♪」
ニーナの枷が外れてから一週間が経った。
あれから俺達は、ニーナの体力の回復と旅の支度、それから路銀稼ぎと割と多忙な日々を送っていた。
まずニーナの体調だが、やはり子供なだけあって沢山食べて沢山休んだおかげで見る間に良くなり、痩せぎすだった身体や頬はふっくらと柔らかさと瑞々しさを取り戻した。
そして保護した当初の印象通り、健康を取り戻したニーナはとても器量が良く、非常に将来有望といえる美少女へと変貌した。
元気になった姿を鍛冶屋のセルジオさんに見せに行ったら、まるで見違えたと驚愕に目を見開いていたな。
「よし、少し離れてろよー」
俺はニーナの頭を撫でてやってから後ろに下がらせる。そして魔力を放出して詠唱を開始した。
「大地よ、我が意に染まりて身を解せ――――【大地開墾】」
これは薬草の採取用に調整し直した土魔法だ。
前世の記憶にある〝ラノベ〟ではこうして土魔法で大地を耕し、農業や開拓の役に立てている描写があったからな。それをイメージして詠唱文を考えて、魔法の効果を改造したのだ。
俺の魔法によって薬草の周囲の土は耕したての畑のように柔らかく解れ、子供のニーナでも大した力を要さずに簡単に薬草を抜く事ができる。
「簡単に抜けちゃうね♪ お兄ちゃんすごい!」
「本来ならば防壁生成や礫弾の魔法である土魔法を、薬草採取になど……」
「堅いことを言うなよアンネ。ここは学院でもなければ軍でもないんだ。悪事を働くでもないんだし、魔法を有効活用したって良いじゃないか」
「まあ、それはそうですが……」
相変わらず無表情で抑揚に欠ける語りのアンネロッテが溜息を吐くが、それは彼女が未だ俺の事を公爵家の人間として認めてくれているからだ。
実際には家名は名乗らせてはもらえているものの、追放……放逐と変わらない処遇なのだけれどね。
「……うん! 十株一束で、これでちょうど十束分だねお兄ちゃん! まだ探す?」
「いや、じきに昼になる頃合だ。ちょうどいいし今日はもう街へ引き返そう。近くこの街を出るからな、ゆっくりと休んで英気を養おう」
「旅の支度の確認もしなければいけませんしね」
「はーい!」
素直で明るい良い子だな、ニーナは。
現在のニーナの服装は、普通の町の子供が着ている平服だ。ただこうして野外に出るので、ワンピースの下にズボンを履かせて、靴も旅用に見繕った丈夫で軽い革製の物だ。
彼女のチャームポイントであるアンバーの長髪は、動き易さを重視して後頭部のやや上で一本にまとめてリボンで縛ってある。
前世の記憶によれば〝馬の尻尾〟という髪型らしいな。
「さあ、それじゃ街へ帰ろう」
こうして俺達は三人で和気藹々と、朝早くから出た薬草採取からディーコンの街へと帰還したのだった。
「おっ、〝ママゴトハンター〟のご帰還だぜぇ!」
「パパぁ〜! 今日はどんな依頼受けたんでちゅかぁ〜?」
「バッカおめぇ、決まってんだろそんなモンよお!」
「「「薬草採取っ!!」」」
「「「ぎゃっはははははは!!」」」
ハンターギルド・ディーコン支部の扉を潜った俺達を迎えたのは、そんな俺達を揶揄する嘲笑だった。
コレにもだいぶ慣れたな。
この街でハンター登録してからこちら、俺は路銀稼ぎのために精力的に依頼をこなしてきた。
しかしニーナをあまり一人にはしておけず、かと言ってアンネ一人に危険な討伐依頼に向かわせる訳にも、俺が単独で討伐依頼を請け負うこともできなかった。
なので当初の予定通り、ニーナを同行させても危険の少ない採取系や奉仕系の依頼を中心に数をこなしてきたのだが……。
「本当に無礼な……! サイラス様、今日こそは無礼討ちの許可を――――」
「出すわけないだろうアンネ。落ち着け。彼らは揶揄っているだけだ。俺達が気にしなければ害はない」
「うぅ……! あの人たちこの前もお兄ちゃんのこと笑ってた……」
「ニーナも落ち着けよ。気にするなって」
「だって、あたしが居るからお兄ちゃんは――――」
「お前を連れて行くと決断したのは俺だ。お前を守ると誓ったのもな。そのための行動なんだから、恥じることは何も無い。だから気にするな」
「あぅ……」
そう言いながらニーナを抱える腕に少し力を込めて、安心させてやる。
ハンターって連中は腕っ節が売りな部分もあるだけに、粗野な人間が多いからな。ニーナが怯えてしまうので、ギルド内ではこうして抱いてあげているのだ。
既に一仕事終えたのか、ギルド併設の酒場で景気の良い笑い声を上げている連中を一瞥してから、ギルドの受付カウンターへと向かう。
「あら、サイラス様。それにアンネロッテ様に、ニーナさん。こんにちは」
登録当初から俺達の担当をしてくれている、このディーコン支部の受付課の課長を名乗る女性、セシリア嬢が、今日も笑顔で迎えてくれる。
「薬草の採取をして来た。常設依頼の物なので、買取を頼む」
「はい、承知しました。採取した薬草を検めさせていただきますので、こちらにお出しください」
「こちらです。本日は十株一束の物を十束採取して来ました」
アンネが今日の早朝から採取した薬草を全てカウンターへと置く。一束一束、薬草の大きさもできるだけ揃えて麻紐で束ねてある。このひと手間で随分と査定に違いが出ると、他ならぬセシリア嬢がコッソリ教えてくれたのだ。
「相変わらず根まで綺麗に採取されていますね。大きさもわざわざ揃えてくださり、助かります。計算に回しますので、お品物はこの場で引き取らせていただきますね」
「頼む。それと、セシリア嬢――――」
「サイラス様、いい加減そのセシリア嬢というのはやめませんか? 私はサイラス様のハンター活動のサポートをするために居ますが、それよりも良き相談相手として在りたいと思っています。貴族の令嬢でもないのですし、どうか気軽に、セシリアとお呼びください」
俺の言葉は、そんなセシリア嬢のお願いに遮られてしまった。
いや、だがなぁ……。うら若き女性を親しい間柄でもない俺が呼び捨てにするのも、如何なものだろうか……?
チラリと同行者であるアンネの顔を窺うと……いや、見なきゃ良かった……! アンネさん!? なんでそんな敵を見るような鋭い目でセシリア嬢を見てるの!?
暫しの逡巡の後。
「分かった。それじゃあ……セシリアさんと呼ばせてもらおう」
「あら、お堅いのですね? ですがまあ、それでも結構ですよ」
言ってから再びアンネを窺うと、何やら今度は勝ち誇ったような眼差しをセシリアさんに向けている。
いや、そんな気がするだけだ。アンネは基本的に無表情なんだしな。俺にたまたまそう見えただけだろう。そう思うことにしよう。
「それで、どうなさいましたか?」
「あ、ああ。俺達は、近い内にこの街を出ようと思っていてな。この一週間ほど、色々と有益な情報を教えてくれたし、一言礼をと思ってな」
「え、この街を出て行かれるのですか……? ニーナさんも居ることですし、私はてっきりこの街でアンネロッテ様と所帯を持って定住されるのかと……」
「んな!?」
「ふえっ!?」
いや、いやいやいや!? いきなり何を言い出すんだこの人は!?
突拍子もないそんな言葉に顔に熱が集まるのを感じる。横目で窺えば、アンネも顔を真っ赤にして、口をパクパク動かして絶句している。
そうだよな、この旅はそんな浮ついた目的のためにしてる訳じゃない。それを知っているアンネが顔を真っ赤にして怒るのも当たり前だ。
こんなことくらいで、少しでもそんなコトを想像した俺が恥ずかしいよ。
「そ、そんな訳ないじゃないか。俺にはあくまで旅をするという目的がある。ハンターになったのは、保護したニーナを同行させても路銀が稼げるようにと思ったからだしな」
「そうだったのですね。素晴らしいことだと思います。しかしそうですか……。いつも品質の良い薬草を納品してくださいますし、頼もしい新人さんだと期待していたのですが……寂しくなりますね……」
おいおい。たかが薬草取りくらいしかできないハンターにそこまで言ってくれるなんて。本当にセシリアさんは分け隔てなく優しい、まるで聖女のような女性だな。
……あの、ところでアンネさん? どうして恨めしそうな目で俺を睨んでいらっしゃるのでしょうか……? えぇ……? 俺なんかしたかな……??
「おいおいママゴトハンターさんよぉ! いつまで俺のセシリアちゃんの前を独占してるつもりだあ!?」
俺がアンネの謎の圧力に戦慄していると、突然そんな声が俺達の間に割り込んできた。
声のした後ろへ顔を向けると、そこには取り巻きを連れた体格の良い厳つい男が、こめかみに青筋を立てて酷く苛立った様子で立っていた。
「ブロスさん! サイラス様は大切なお仕事の相談をしてくださっているんです! 格上のDランクハンターといえども順番は守ってください!」
なるほど、コイツはブロスというのか。
筋骨隆々な身体に帷子を纏い、その上から胸鎧と肩当て、そして腰当てを着けている。装備は動き易さを重視して揃えているみたいだな。
「それと……。いつから私があなたのものになったのですか?」
そこは俺も引っ掛かっていたところだ。
セシリア嬢……セシリアさんが特定の男性と、それもハンターと親交があるなどという話は聞いた事が無い。貴族社会であれば、そんな虚偽を吹聴するのは侮辱として取られ、決闘を求められてもおかしくないぞ……?
「気に入らねぇなぁ……! どうしてDランクの俺様がブロスさんで、Fランクのド新人の、ママゴトハンターが様なんて呼ばれてんだあ!? テメェ俺のセシリアちゃんにナニか脅しでもしてんじゃねぇだろうなあ!?」
「ですから! いつ私があなたのものになったのですか!!」
「セシリアちゃんはいいから黙ってな!! おいママゴト野郎、訓練場にツラ貸せや。なぁにただの試合だ試合。先輩ハンターであるこの俺様が、女子供を連れてヘラヘラやってるテメェに戦闘訓練を付けてやるよ。逃げやしねぇだろうなぁ?」
「サイラス様! 受ける必要なんてありませんからね!?」
ブロスとやらの理不尽な物言いに、いつも穏やかなセシリアさんが初めて見るってくらい声を荒らげている。
「この者、不敬が過ぎます。サイラス様、粛清の許可を」
挙句の果てにはアンネまでもがお怒りの様子だ。
ニーナは抱いている俺の首にしがみついて、完全に怯えてしまっている。
だけど、待ってくれよ。
「……いいだろう」
「「サイラス様!?」」
俺の言葉に息ピッタリに驚きの声を上げるアンネとセシリアさん。まさか受けるとは思ってなかったんだろうな。
って、おいブロス? どうしてお前まで驚いてるんだ? 俺が受けたりせず、アンネに頼んだりもしくはセシリアさんに泣き付くとでも思ってたのか?
「お、お兄ちゃん……?」
「大丈夫だニーナ。少しの間だけ、アンネお姉ちゃんと一緒に居てくれ。お兄ちゃんはこのおじさんと戦ってくるから」
「サイラス様!? わざわざ貴方様が戦わずとも、私にご命令下されば直ちに――――」
「アンネ。これは、俺がやらなきゃならない事だ。ニーナを頼むぞ。セシリアさん、訓練場を借りるよ」
「サイラス様……!?」
有無を言わさずに。
心配してくれているアンネやニーナ、セシリアさんを押さえ込み、俺は顎でしゃくってブロスを訓練場へと促す。
「いい度胸じゃねぇか……! そのカッコイイ態度がハッタリじゃねぇことを祈るぞぉ、おい?」
やんややんやと野次と罵倒、そして嘲笑がギルド内に沸き上がる。
そういうことだろうさ。
とどのつまりここに居る皆、俺みたいな若造がアンネやニーナのような見目の良い女の子を侍らせて、尚且つ聖女のようなセシリアさんに目を掛けられているのが気に食わないんだろう。
気持ちは分からなくもないさ。俺だって一応は男だからな。だけどな。
「俺にだって譲れないものがある。俺のやっている事をママゴトだのと揶揄するなら勝手にすれば良い。だが……」
『ヘラヘラ』だと……?
慣れない初めての旅で。名誉と誇りを取り戻すためのこの旅で、アンネは一所懸命に俺を支えてくれている。ニーナは辛い事があったにも関わらず弱音も吐かず、頑張って同行しようと努力してくれている。
そして俺は……!
「懸命に考えて。この旅を完遂するために皆で努力をしているそれを、お気楽なものと捉えられるのは我慢できない。お前らにとってはママゴトみたいな依頼だろうが、俺にとってはニーナのために危険を避けるための大切な依頼だ。そしてそんな依頼にも、それを他者に頼まねばならない願いを込めた依頼人が居る。それを『ヘラヘラ』だと? 巫山戯るんじゃねぇよ……!」
今日も良い天気……だったのに。
何やら心の雲行きはおかしなことになってきたものだ。
俺はこうして、二階級も格上のDランクハンター、ブロス曰く〝戦闘訓練〟を受けることになったのだった。