第十話 Fランクハンターの【土下座】
き、昨日の分です……!<(_ _)>〈 ドゴン!〕
まさかこんな偶然があるものとは、思ってもいなかった。
まさかハンターのクエストの依頼主が、次の俺の謝罪する相手だとは。
俺はセルジオさんの鍛冶屋の工房で、店主であるセルジオさんによってニーナの手枷足枷が少しずつ分解される様を見物しながら、先ほどの出来事を思い返していた。
◆
時は二刻ほど遡り、ニーナを連れて宿から出て、枷の処置を頼む前に依頼を見てみようとハンターギルドに立ち寄った際のことだ。
運良く昨日俺達の登録をしてくれた受付嬢に当たり、ニーナの事を紹介しておいた。
もし俺達に何かがあったとしても、追々別れることになったとしても、こうしてちゃんとした知り合いを作っておけば将来何かの役に立つかもしれないからな。
「とても可愛らしいお嬢さんですね。申し遅れました、わたしはここ〝ハンターギルド・ディーコン支部〟受付課の課長、セシリアと申します。サイラス様、アンネロッテ様、そしてニーナさん。どうぞお見知り置きくださいね」
「こちらこそよろしく頼む。いつまでこの街に留まるかは正直分からないが、昨日話した通り俺達が受ける依頼には基本的にこの子……ニーナが同行する。だから極力危険が少ない依頼を紹介してもらいたい」
「かしこまりました。少々お待ちください」
そう言ってセシリア嬢は他の者に受付を交代してもらうと、掲示板から数枚の依頼書を剥がして手に持ち、俺達に手招きをしてくる。誘導された先は、ギルド内に併設された酒場のテーブルだった。
彼女は俺達を座席に座らせると、自身も対面に着席して持って来た依頼書をテーブルに置いて見せた。
「現在ご紹介できる比較的安全な依頼はコチラになります。その中でFランクのサイラス様方にお受け頂けるのは、この二件ですね。ポーションの素材となる〝ヒイル草〟の採取依頼か、市街の地下水道の調査依頼です」
「詳細を聞いても?」
「はい。まず採取依頼ですが、コチラは街の薬師様からのご依頼です。状態の良いヒイル草をできるだけ大量に。十株につき銀貨二枚の報酬となります。こちらは常設依頼となりますので、見付けられましたら採取していただければ常に買い取らせていただきます。ただし状態によっては買取不可となりますので、ご注意ください」
なるほど、薬師の求める素材か。確かに怪我の治療薬であるポーションは有れば有るだけ売れるだろう。薬師が素材を常に求めているとしても不思議ではないな。
「地下水道の調査というのは一体? とても危険の少ない印象は抱けませんが……」
もう一件の依頼について、アンネロッテが訊ねる。
確かに調査依頼など、駆け出しの新人ハンターが完遂できるとは思えないのだが。
「コチラは常設とは違い、定期的に行政から依頼される物ですね。地下水道の水量やゴミの溜まり具合を調べたり、鼠や蟲などの害獣害虫の分布調査が主になります。あとは前回調査との齟齬を発見し、それを報告するという依頼です」
「〝設備の保安点検〟というものか」
「はい。我が街の新人ハンターの名と実績を高めるための簡単な依頼です。何か異変があれば、魔物や害獣ならギルドに改めて依頼が出されますし、設備等の不備ならば専門の業者に対応をお願いします」
なるほどな。聞けばこの街の地下水道は広大な上、この街ができるずっと昔の遺跡の物をそのまま利用しているらしい。なので定期的にこうして調査をして、不具合が見付かれば即座に対応するらしいのだ。
「だが、地下水道の調査はどう考えても一日仕事だな。ここは常設依頼のヒイル草採取にしておくか。セルジオさんの鍛冶屋にも寄らないといけないからな」
「セルジオさんの所に? 装備の新調でもご依頼なさるのですか?」
「いや、この子……ニーナの枷を外すのをお願いしていたんだ。そのための道具を、今日までに用意してくれるらしくてな」
「そうでしたか。そういえば旅の方が盗賊を討伐されて、囚われていた子供を保護したと噂で耳にしましたが……」
「ああ、俺達だな。正確には討伐はアンネの手柄なんだけどな。で、捕まっていたニーナの枷を外すために、先日はセルジオさんの依頼を個人的に受けたんだ」
「なるほど。ハンター登録前のアンネロッテ様がギルドで情報収集をしたり、ゴブリンの魔石を売却に見えたのはそれで……」
「なんでも贔屓にしていたハンターが出世して、中々思うように依頼を受けてくれなくなったと話していたな」
「耳の痛いお話です。早急に上に報告し、対策を練りますね。貴重な市井のお声の報告を、ありがとうございます」
いや、そんな畏まられても困るんだけどな。そのおかげでセルジオさんにニーナの枷を外してもらえるのだから、俺としては渡りに船だったんだが。
だがまあ、こうして依頼を受けてもらえない人への対応策が整えば、長期的にはハンターの信用にも繋がるだろうし、俺も少しは稼ぎ易くなるのかな?
そういう意味であるならば、この礼の言葉は素直に受け取っておくべきだろう。
その後はヒイル草の採取の注意点や、多く自生している場所や外見特徴の詳細等を丁寧に教えてもらった。
常設依頼ならば買取は基本的にギルドが代行して薬師に納品するらしいが、今回は新人ハンターの初の受注依頼ということで、薬師への面通しと名売りも兼ねて紹介状を持たせてくれた。
昨日の登録の時も思ったが、このセシリアという受付嬢はまったく偉ぶることも無く、本当に丁寧に応対してくれる。仕事にも真摯だし、非常に好感が持てる女性だな。
「やはりサイラス様はあのような、外面の良い明るい女性の方がお好みなのですか……っ!」
ギルドを後にして、そうして無表情ながら明らかに不機嫌なアンネに詰め寄られたのは、最早お約束のようなものであった。
そうしてセルジオさんの所に行く前に、先に薬師に挨拶でもと思い店に立ち寄った俺だったのだが――――
「あ、〝暴れん坊サイラス〟……ッ!? ななな何故ここに……!?」
「あー。何となく判ったけど、説明を頼むアンネ」
「はい。こちらの薬師の店主は、領都にてサイラス様が『軟膏の傷薬が効かない』、『使ったら肌が荒れた』と言い掛かりを付けて追放された方です」
過去の俺よ、一体何をやってるんだお前は……!
治癒術士の数が少なく確保が難しい世の中で、治療薬を作れる薬師は厚く遇するべきなのに! それを難癖付けて追放するとか、完全に父親である公爵閣下の統治の邪魔をして乱してるじゃないか……っ!
「ま、また私を追放するのかッ!? 二年前にこの街に越して来て、ようやく馴染めて店も構えられたのにッ!!」
俺を恨みと恐怖の綯い交ぜとなった目で睨み付け、身体を震わせて身構えている常設依頼の依頼主である薬師。
一から別の街で店を構えるほどになるには、一体どれだけの苦労が有ったんだろうか。
いくら作れば作っただけ売れるポーションや薬の製作技能を持つと言っても、新しい土地では信頼関係から築かなくてはならないだろう。
そういったアレコレを想像することしかできない俺なんかがどんなに謝罪を重ねても、とても許しは得られないだろう。
だけど、それでも――――
「その節は、大変申し訳なかった……!」
「…………え?」
完全に身構えていた薬師の男性は、呆気に取られた声を出す。
それと同時に、いつもの、今回は戦闘用でないはずのアナウンスが頭に響く。
《心からの誠意ある謝罪を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします》
そのアナウンスが響いた瞬間、俺の身体はスキルによって主導権を奪われ、最早慣れも生じているその所作をなぞっていく。
背筋を伸ばし両脚を揃え、崩れ落ちるように床に膝を着く。毎度の事ながら、この膝を着く時も中々に痛いんだよなぁ。
背中を曲げずに腰から折り、両手を石の床に着く。そうだよな、薬とかが溢れたりするかもだもんな。そりゃあ掃除のし易い石の床だよな。
両手を着いたら肘を曲げ上体を更に倒し、額が床に吸い込まれるように――――
――――ゴヅンッ!!!
「なっ……!?」
「お兄ちゃんッ!?」
あ、があああああッ!! 痛い! 痛いッ!!
慣れも手伝ってか額の状態が手に取るように分かる。パックリと割れた俺の額から、石の床に擦り付けられる額から、俺の血が溢れ床と肌を濡らしているのが分かる。
初めて【土下座】を見たであろう薬師の男性や、何故俺が【土下座】をしているのか未だに理解していないであろうニーナが、戸惑いの声を上げたのが聴こえた。
アンネは流石にもう俺の【土下座】には慣れたようで、大人しく無言で見守ってくれているようだな。
「貴方の領都での生活を壊し、奪い、この街へと追いやった俺の過去の愚行、心から反省している。水に流してくれなどと都合の良いことは言わない。せめて俺の謝罪だけでも、受け取ってもらえないだろうか……!」
「な、何を……!?」
《ユニークスキル【土下座】の効果波及を確認。対象:シガーニーの敵愾心が24%低下、畏怖が46%上昇しました。危険は感知されていません。謝意を伝えるためには畏怖を取り除いてください》
ちょっと待て、畏怖が……!? これは初めて聴くパターンだぞ!?
……そうか! 元から俺を恐れていた人間が突然【土下座】をされても、意味が分からず却って恐怖を助長してしまうということか!!
「勘違いしないでくれ! 俺には貴方に危害を加えるつもりはないんだ! これは俺なりの、精一杯の謝罪の形なんだ!」
頭を動かせるようになった俺は、慌てて弁明する。顔を上げて薬師の男性……シガーニーさんの目を見て、俺に害意がないことを分かってもらうために言葉を放つ。
額から顔を血が流れていくのを感じる。
「聞いてくれ。俺は過去の行いを悔いている。心から反省し、家を出てこうして謝罪をして回っているんだ。自分の力で旅を成し遂げるためにハンターにもなった。頼む、恐れずに信じてくれ!」
簡潔に分かり易く、俺のとっている行動や旅の意図を伝える。すると再び身体がスキルに縛られ、俺の頭は石の床へ――――
――――ガヅンッ!!!
あっぎゃああああああああッッ!!??
油断してたッ!! まさかまた頭を振り下ろすことになるなんて!?
《ユニークスキル【土下座】の効果の追加波及を確認。対象:シガーニーの敵愾心が31%低下、畏怖が26%低下しました。危険は感知されていません。解析報告を終了します》
待って、ちょっと待って……ッ! 割れた額を更に打ち付けるとかなんなんだこのスキルはちくしょうッ!? あぐぁがががが……ッ!? 今までで一番痛い!? これ額だけじゃなくて頭骨にヒビでも入ってねぇか!?
「さ、サイラスさま……! ど、どうか頭を上げてください!? 充分、もう充分伝わりましたからぁッ!!??」
うん、それもちょっと待って……! 痛くて動けねぇんだよぉ……ッ!!
バタバタと、頭の上で薬師のシガーニーさんが慌てふためく気配を感じる。
スキルの拘束から解放された俺は、ゆっくりと、あまり傷を刺激しないようにソロリと頭を上げていく。
「も、もう気にしていませんから! 私もこの街に馴染みましたし、そのお言葉が聞けただけで充分ですっ! ですからどうか! 起きてくださいっ!!」
「お兄ちゃん、血がっ! 血がいっぱいだよぉーーッ!?」
◆
とまあ、そんな波乱に満ちた謝罪の一幕があった訳だ。
ちなみに俺の額は、スキルの効果でキレイサッパリ、憎らしいほど完璧に治癒している。薬師のシガーニーさんも目を丸くして驚いていたな。
――――ガチンッ! ガチャンッ!
セルジオさんの手によって、鋼の枷が音を立てて床に落ちた。
そこには両手も両足もようやく枷から解放された、俺の旅の仲間である少女が――本当の意味で自由となったニーナが、喜色満面といった様子で手足を動かしている。
「ふぃい〜っ! 久し振りに大仕事だったぜぇ……! どうだい嬢ちゃん?」
「軽い! 動きやすいよっ!」
「良かったな、ニーナ。これでようやく自由に走り回れるな!」
「おめでとうございます、ニーナ」
「ありがとうお兄ちゃん!! アンネお姉ちゃんもッ!!」
おっと! ははっ! ニーナめ、飛び付いてくるほど嬉しかったか!
俺の胸に飛び込んできたニーナを抱き上げてクルクルと回してやると、本当に、満面の笑みで笑い声を上げてくれる。
良かったなニーナ、本当に良かった……!
思わず緩む涙腺が決壊しないよう堪えながら、俺はしばらくそうして、ニーナと笑い合っていたのだった。
ちなみにだが。薬師のシガーニーさんには、これからこの街にしばらく滞在すること、そしてFランクハンターとして採取依頼を受けることもあることを伝え、了承してもらえた。
最初は半信半疑のようだった彼も、ギルドのセシリア嬢が持たせてくれた紹介状に目を通してからは、俺の言葉を信じてくれたようだったな。
だけどまだまだこれからだ。俺はまだ、謝ることができただけに過ぎない。俺が心を入れ替えたことを、これからの行動で示していかねば意味が無い。
ニーナも自由を取り戻せたことだし、装備を整えて早速採取依頼に向かうとしよう。