第7話『明かされる真実! そして……』
魔王城と言えば、赤い空に禍々しく聳え立つ巨大なダンジョンというイメージがあるが、この世界における魔王城はとても質素なものだった。
というか、城ですらなかった。
広大な土地(と言ってもウェイン王国の城の中庭くらいだが)に点在する石造りの建物の1つ。4階建ての四角い建物が魔王様の住居だった。
その内部も、華美な装飾などはほとんどなく、すべての建設意図がシンプルな機能美の実現に集約されていた。
それはもはや、城というよりは砦だった。
でも、暖炉の前で高さの微妙に違うテーブルを並べて行われた魔王様との会食は、何だかホームパーティのようで実に楽しいものだった。
少なくとも、ウェイン王国での互いの腹の内を読み合うギスギスした雰囲気よりはずっと良かった。
魔王様――エルルル・ディアブララはその外見に違わず好奇心が旺盛で、俺たちの世界のことを何でも聞きたがった。興味のある話には分かりやすく瞳を輝かせて聞いてくれるのでこちらも話題を選びやすいし、相槌がうまく質問もどんどん入れてくるため、話下手な俺でも会話を弾ませることができた。
楽しい時間はあっという間に過ぎた。俺たちは簡素だが清潔な個室を与えられ、しばらくこの地に滞在することとなった。
「すまんのう」
魔王様は小さな体をさらに縮めるようにして、本当にすまなそうに言った。
「ピングー山脈からドラゴンがいなくなってしまったゆえ、国境の警備の強化が急務なのじゃ」
すでに領外から野盗が入り込んでおり、四天王改め五将軍が領内を駆け回って対応に追われている状態だという。ウルスラも魔王様の右腕として割と容赦なくこき使われている様子だった。
魔王領、正式な名称をクインゼル自治領は3方を険しい山脈に囲まれた盆地だった。そのため日の出が遅く、日の入りは早い。つまり、夜の長い土地だった。そのためか、今は春だというが非常に寒い。
魔王様はよくあんな水着みたいな姿で平気だな。
「あの方には炎のドラゴンの血が混じっているそうです」
そのためか、魔王様は他の種族に比べて体温が高いらしい。そう教えてくれたのは、ちょっと不貞腐れたせりなだった。腕には保護した子竜のうち、白い子の方(せりなはイルドゥンと名付けた)を抱いている。
茶色い子の方はすっかり魔王様の方に懐いてしまっていた。一方でイルドゥンは魔王様を怖がってしまい、こうして四六時中せりなにしがみついている。どうやらせりなの機嫌が悪いのは、フェルカドが寂しい思いをしているのではないかという心配と、彼に懐かれていながら多忙のため触れ合う時間が取れないでいる魔王様へのいら立ちがあるらしい。
結局、俺たちが再び魔王様と会食することができたのは2日後のことだった。魔王の側らにはウルスラもいる。だが、この日はさすがに前のように和気あいあいとした夕食会とはいかなかった。
「やはり、お主たちの使命は妾の討伐か」
「まあ、あっちの国王はそう言ってますね」
使命と言われると、どうにも反発したいものがある。まず、討伐対象がこの年端もゆかぬ少女であること。この世界での価値観はどうか知らないが、俺にとってはやはり大きな抵抗がある。
次に、このクインゼル自治領が教えられていたほどの強国ではなかったことがある。むしろ、この世界における魔王様の版図は弱小の部類だった。
「確かに、妾の魔王軍は強力じゃ」
一概には言えないが、魔王エルルル・ディアブララの立場は中央集権的な『王』というよりは国防軍の総指揮官という色合いが強いらしい。
クインゼル自治領は小鬼や豚鬼、獣人、魚人、吸血鬼、不死人といった多種多様な種族が混在する多民族国家であり、各種族はそれぞれで固まって集落を作っている。内政は各集落が独自に行っており、集落同士の摩擦や衝突にも魔王は干渉しない。
魔王の仕事は軍事費や食糧、兵士の徴収(それも何をどのくらい出すかは各集落が決める)とその編成、やりくりだけである。
また、この魔王軍が戦うのはあくまで外部からの侵略者であり、内部に対しては警察的な役割は一切持たない。たとえクーデターが起きたとしても、魔王軍は反乱軍に杖を向ける(魔法戦が主体の彼らにとって、武器は剣ではなく杖である)ことはしないという。
その一方で、魔王軍内における規律は非常に厳しく、結束は強固である。魔王と五将軍を頭脳とし、兵士たちは手足となってどんな命令も冷徹にこなす。
しかも兵士1人1人が人間よりもはるかに力が強く、魔力に至ってはけた違いに高いため周辺の国家からは恐れられているのは間違いなかった。
だが、と魔王様は言う。
「もともと、少数派、異端者として故郷を追われ、この痩せた土地に押し込められた者たちの末裔。それが妾たち魔族と呼ばれる者たちじゃ。自分たちの身を守るには、兵の強さをもって周辺を威嚇する以外になかった。本当は、ウェイン王国に数で圧倒されたらひとたまりもないのじゃ」
小さなフォークで固いイモを突き崩しながら、魔王と呼ばれる少女は自嘲した。
「質問です」
手を挙げたのはZZだった。
「ウェイン王国が魔王討伐にこだわるのはなぜでしょう?」
「向こうの王家の後ろ盾は聖ラザラス教会じゃ。彼奴等は我ら魔族を邪悪な者として迫害することで勢力を伸ばした。妾の討伐は彼奴等の悲願であり権力の基盤なのじゃ」
「それは厄介だな」
戦争に宗教が絡むのはどこの世界も変わらないらしい。
「国力において圧倒的優位に立つウェイン王国が、我々を招喚した理由は?」
「国力で言えば彼の国は確かに大国じゃが、内実は数多の小国を吸収してできた征服国家じゃ。兵のほとんどは各領地からの寄せ集めに過ぎん。各個の部隊が相手なら、妾の軍勢は負けはせぬ。問題は、かき集められた諸侯のうち、誰が我らの餌食となるかじゃ」
「なるほど、ウェイン王国全体でみれば勝利はする。だが領土の1つか2つは必ず滅びる、というわけか」
滅びを賭けたババ抜きだ。しかも勝ったところで手に入るのは険しい、暗い、クソ寒いの3K地である。確かに誰も参加したくないだろう。
「ラザラス教も今になって魔族と戦って死ねば神の祝福により魂は永遠の楽園に行けるなどと宣伝しておるが、我らの不死者隊を見ておる前線の者たちには、な……」
無理やり決戦に持ち込めば、領主たちの反感を買うのは目に見えている。だから、事情を知らないよそ者を勇者だ何だとおだて上げ、犠牲の貧乏くじを引かせようとしたのだという。
そのよそ者こそが俺たち招喚者というわけだった。くそ、バカにしやがって。
「最後に、ウェイン王国は魔王を討伐すれば我々を元の世界に戻すことができると説明しましたが、そのことについて魔王様の見解は?」
「偽りじゃ」
魔王は言下に切り捨てた。
「魔術に関しては他国より我らに一日の長がある。その我らが言うのじゃ。異界の者をこちらに招喚する術はあっても、元の世界に戻す術は存在せぬ」
「え……」
せりなの顔がすっと青ざめた。
一方、ウルスラは黙っている。彼女は事前に聞かされていたに違いない。彼女が魔王を信頼した理由、「会えばわかる」とは、こういうことだったのだ。
「招喚の術は、条件に見合う意識体――魂を検索し、それ自体に座標を合わせて発動させる。呼び出しはそれでよい。だが、帰す時はそうもいかぬ。問題は場所じゃ。我らが見たことのない異世界の、一体どこに座標を合わせる?」
元の世界に戻れたとして、その地点はどこか。そこはもしかしたら海底かも知れないし、溶岩の中かもしれない。
「お主たちの世界は、一日の時間も違うと言っておったな。ならば、場合によっては時間さえも異なっておるかもしれん」
「リアル浦島太郎か……」
せりなにだけは通じた。彼女の大きな目に、大粒の涙が浮かんだ。
俺の身体の奥に、怒りの炎がくすぶるのがわかる。
奴らは初めから、用が済んだら俺たちをさっさと別世界に追放するつもりだったのだ。
元の世界に戻れば、高い確率で俺たちは死ぬ。地球上で人間が安全に立てる場所は少ない。空の高さ、海の深さまで可能性に入るのなら、なおさらだ。いや、それどころか奴らにしてみれば、転送先が地球上である必要すらない。
「……すまぬ」
魔王は帽子を取り、深々と頭を下げた。
「我らのつまらぬゴタゴタに、無関係なお主たちを巻き込んでしまった」
「それは、魔王様のせいじゃ――」
「いや、招喚の術がラザラス教会に漏れていたのは、我らの術式管理の不行き届きの結果じゃ。あれは、門外不出の禁術のはずじゃった。その責任は我らクインゼルにある。すまぬ!」
幼い少女は椅子を降りると、床に手と額を床に付けた。
この世界にも土下座はあるんだな。
「やめてくれ」
許さざるを得ない空気を作るのは、卑怯だ。
「先ほど責任とおっしゃいましたが、魔王様は我々に対しどのように責任を取るおつもりですか?」
「ZZ?」
「まずは、ウェイン王国との停戦に全力を注ごう。その上で、国境の防衛に割いていた人材をすべて帰還の術の研究に充てる。これが、妾がお主たちにできるすべてだと思っておる」
幼い少女が、すがるような目を俺に向けた。
「頼む。虫のいい願いだということは承知しておる。だがどうか、クインゼルを滅ぼさんでくれ。妾はどうなってもよい。王国との停戦に妾の命が必要だというのなら喜んで差し出そう。だが、クインゼルの民だけは、頼む!」
何なのだろう。こんな年齢の少女に、こんな覚悟をさせるこの世界は?
「これはお主たちにとっても大事なことのはずじゃ。クインゼルの民ほどこの世界で魔術に通じたものはおらん! 妾に味方せよとは言わん。だがせめて、クインゼルの民を、どうか守ってくれ!」
「……わかった」
少女の涙が、俺がこの世界で為すべきことを教えてくれた気がした。
「俺は、ウェイン王国とクインゼル自治領が和平を結べるように努力する」
「刀夜殿!」
俺には何の力もない。でも、仲間を説得することはできる。
ここにいない者たち――グウェン、ユキレイ、バーバレラ姫、幡随院――彼女たちなら、きっとこの世界を動かすことができる。
そして、今この世界で、彼女たちを誰よりも識っているのは、この俺なのだ。
俺は魔王様の、エルルル嬢の小さな肩をつかみ、体を抱き起した。
「フフフフ……」
その時だった。ZZが不気味な笑みを浮かべたのは。
「魔王様のお考えは確かに承りました。では、マスターからの代替案を提出いたします」
マスター?
「幡随院!? まさかお前――」
「はい。これまでの会話はすべて、私を通してマスターに伝えております」
「通信機能を持っていたのか……」
「申し訳ございません。マスターから、このことは伏せておくよう言われておりました」
おかしいとは思っていた。突然この場を取り仕切り始めたZZの変化に。
「何を考えている!? 幡随院!」
ZZはそれには答えず、片手をすっと天井へ向けた。
「エルルル様!」
ウルスラが飛ぶ。少女の身体に覆いかぶさり、地面に伏せる。
そのただならぬ空気に、俺は考えるより前に体が反応した。
「せりな!」
俺は白い子竜を抱くせりなに駆け寄り、ウルスラに倣って1人と1匹に覆いかぶさった。
刹那、強烈な轟音と振動と共に、巨大な何かがこの建物に激突した。
天井を削り取り、鉄の塊が頭上を通過していく。
「うわあああああああ!」
叫ばずにはいられない。抗いようのない巨大な存在に頭上を取られることは、生物の根源的な部分に根差す絶対的な恐怖だった。
「これは……まさか!?」
屋根をはぎ取られ、むき出しになった灰色の空に、とてつもなく巨大な黒い蘭の花が咲いていた。
いや、花びらに見えるのは、流線形の装甲だ。よく見れば、それはかろうじて人型をしていた。異形の背中からは、緑色に輝く光の翼が生えていてる。
「人型光翼殺戮機巧、サイコ・キャナリー!」
サイコ・キャナリーが、まるで水をすくうように広げた両手に、2つの人影がある。ピンクのポニーテールを颯爽となびかせるバーバレラ姫と、白い学ランに身を包んだ幡随院だ。そこに、流体金属の腕を伸ばしたZZが合流する。
さらにその傍らにはサイコ・キャナリーの4分の1ほどの大きさをした、白と薄紫の装甲を纏った武骨な人型メカが2人を守るように浮遊している。
ユキレイ・水城! やはり霊気機関甲冑『魂狩』を隠し持っていたのだ。
『この世界に告げる。この世界に生きる、言葉を解するすべての者たちに告げる』
頭の中に響く、幡随院の声。彼女の手にはちょうどスマートフォンと同じくらいの大きさと形をした石板が握られていた。何かしらの魔術で声を流しているようだ。
『我々は招喚者。我々は八世界同盟! この世界のすべてを破壊し、侵略する者である!』
「何を言っているんだ、幡随院!」
『聞け! 我らが盟主、バーバレラ・カイン・バニシュウィンドの言葉を!』
盟主だと? じゃあこの騒ぎの首謀者はあのバーバレラ姫なのか!?
『皆さん。わたくし、バーバレラ・カイン・バニシュウィンドはここに宣言します。ウェイン王国の滅亡を! そして我々八世界同盟により支配された新国家、ウェイン隷属国の建国を!』
「バカな! では王都は!?」
『すでに王都は陥落、国王は囚われの身となり、我々の代弁者となることを条件に命を長らえる奴隷に堕ちました。同時に、王国に帰属していた周辺諸国はその独立を我々が保証します』
1度、バーバレラ姫は言葉を切った。人々が彼女の言葉をどれほど理解できたかはわからない。これは人々の心の奥に彼女の言葉が浸透するまでの時間だった。
そして、彼女の口から、恐るべき言葉が紡ぎ出される。
『これより、我々はひと月に1度、諸国の中から一国を選び、そこを焼き尽くします』
何を言っているんだ、この姫様は? これでは、彼女が止めようとしていた暗黒騎士以上の悪じゃないか!
『皆さんの生きる道は2つに1つ。自らウェイン隷属国に集い、奴隷として我々に尽くすか! 武器を取って抗い、無駄で無様な死を遂げるか!』
「バーバレラ! 幡随院! 何をバカなことを言っているんだ!?」
だが、そんな俺のそばを小さな影が駆け抜けた。
白い子竜を抱いたその影は、黄色の光に包まれると魔法少女へと変身した。
「バーバレラさん! 私も行きます! そちらに連れて行ってください!」
「ポラリス!? お前、自分が何を言っているのかわかっているのか?」
ポラリスは、俺の方を見なかった。
「わかっていますよ。私たちが元の世界に帰るには、戦争を終わらせて、帰還の術を完成させなきゃいけないんですよね?」
「ああ。それが、もっとも――」
「それ、何年かかるんですか?」
「え?」
「刀夜さん。私は、今すぐ帰りたいんです。帰らなければならないんです! 私の世界には、私でなければ戦えない敵がいて、私が支えてあげたい仲間がいて、私が守りたい大切な人たちがいるんです!」
振り返った少女の目は――
「私は、一刻も早く帰らなければならないんです!」
その、真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐな目は――
「みんなが待っているあの世界に帰るためなら、私は――!」
使命、想い、覚悟――。ディスプレイの向こうから俺の心を動かし、ふるわせてきた尊い意志が今、この世界に牙を剥こうとしていた。
意志を示したポラリスの前に、白と紫の人型兵器『魂刈』がゆっくりと降下してきた。ポラリスはふわりと跳躍し、機体の肩に腰掛ける。
「月代はん」
魂刈の中から、ユキレイの声が聞こえてきた。
「それと、ウルスラはん、やったな。気が変わったらいつでもおいでやす」
遠ざかっていく2つの巨影を、俺は呆然と見送るしかなかった。
☆ ☆ ☆
さて、お分かりいただけただろうか?
すたぁ☆ポラリスこと喜屋武 せりな、幡随院 望、バーバレラ・カイン・バニシュウィンド、グウェンドリン・ローリィ、ユキレイ・水城、そしてZZ。
俺とは異なる次元から招喚され、短い間だが俺と共に歩んできた少女たち。
でも、俺がこれまで語ってきたのはみな、『敵』の紹介なのである。
世界を救う力と覚悟を持った少女たちは今、それらと全く同じ質と量の情熱をもってこの世界を急激に変質させようとしている。
大破壊をもってあらゆる闘争を一掃し、この地に暮らすすべての人々の力を帰還の術の完成に収れんさせようとしているのである。
それはまさに、圧倒的な暴力と巨大なエゴに他ならない。
彼女たちが全身全霊で抗ってきた、邪悪な闇の存在に他ならない。
俺は、彼女たちを止めなければならない。
彼女たちの光に魅せられたきた者として、そして、1人の大人として、彼女たちを止めなければならない。
でも、できるだろうか?
その細い背中に大勢の命を背負って、強大な敵と戦ってきた彼女たち。無数の傷を刻みながら何度も立ち上がってきたその魂に、俺の声を届かせることができるだろうか?